[第8話] 二度目の誘拐
「おら起きろ。いつまでも寝てんじゃねぇよ」
「んん······」
暗闇の底に浮かんでいた意識が、その無粋な声の乱入によって叩き起こされる。
意識の目覚めを感じたけど、「起きたくない」とだだをこねる体に甘えたくなり、再び暗闇の底へと――
「おいこら、二度寝決め込むんじゃねぇよ!」
「あだっ!」
暗闇に沈むよりも早く、おでこに強烈な痛みが走る。多分でこぴんだ。
おかげで眠たかった意識は完全に目覚めてしまった。まぁこれ以上寝ようとすると今度はもっと痛いことされそうだし、起きるしかない。
「やっと起きたか」
体を起こし、まぶたの裏を見ていた目をこすりながら開けると、目の前にそっけない態度で出迎えてくれた人影がある。
僕の倍近くの身長で、ムキムキな上半身を漆黒の肌に包んだ、つい最近見たような姿······。
「うわぁぁ!!」
その人――否、大男のバグの存在に気づいた瞬間、さっきまで堂々と二度寝しようとしていたくらいの眠気が嘘だったみたいに体が跳ねた。
そのままの勢いで後ろに下がろう――としたけど、あいにくとすぐ後ろにあったのは壁だった。
足の裏には、ちょっと硬めなベッドの感触。
どうやらこの大男のバグは、丁寧にも僕をそこに寝かせてくれたらしい。
「おいおい、そんなにいきなり驚かれると、俺も傷ついちまうぜぇ」
やれやれ、というふうに手を上げる大男のバグ。
校長先生と戦っていた時と変わらない、余裕の態度に余裕の表情。
校長先生の攻撃を全部受けても無傷なままで、最後の最後にで超巨大な爆発を起こして全部めちゃくちゃにして、僕たちを、気絶させて······
「連れ去ったの······?」
「――大正解」
歯をむき出しにして凶悪に笑い、誘拐犯が正直に自白してくれる。
人類の街への侵入に成功、そして校長先生との戦いに勝利、それで手に入れた戦利品が僕たちというわけだ。
――と、そこまで考えたところで、一つの違和感に気づく。
「――そういえば、アイは?」
僕といっしょに連れ去られているはずのアイの姿がどこにもない。
――まさか、僕だけ連れ去られたの······?
「あい?あー、あのもう一人の女のガキか。そいつならお前よりもずっと早く起きて、今は外に木の実を取りに行ってるよ」
――どうやら、僕だけ連れ去られたというわけではないようだ。
ちょっと安心もしちゃったけど······アイだけでも、見逃してほしかったな。
「······まって。木の実って······ここ外なの······?」
「ああ、そうだが?」
部屋の中にいるもんだから、てっきり街の中のどこかだと思ってたけど、どうやら違うらしい。
まぁ、あんなに大暴れしたあとに街に残ったままっていうのもおかしな話だけど。
「外にお家······ってもしかして、ここってあなたのお家!?」
「なんだ、察しがいいじゃねぇか、お前」
バグがお家を建てるなんて聞いたことないけど、案外バグにも人と同じようなところがあるのだろうか。
素材は見た感じ全部木で、天井にはちゃんと照明もある。カーペットや机なんかもあって、意外としっかりした家だ。
――と、そんなこんなで大男のバグとの話し合いで、少しは今の状況を理解できた。
僕たちは再判定の直前、天井を突き破ってあらわれたこの大男のバグに襲われて連れ去られ、外にあるお家で寝かされていた、と。
器物破損に誘拐、その他にも、不法侵入に校長先生を瀕死にまで追いやった罪······とんでもない犯罪者である。
「あ!アオ起きてる!!」
「アイ!!」
――アイだ、アイが帰ってきた!
見たところこれといった怪我はないし、お日様のようなにこにこ顔。右手には、木の実でいっぱいになったかごをぶら下げている。
ひとまず、元気そうでなによりだ。
「もー!心配したんだから!アオ全然起きないんだから······」
「ごめんごめん。でもだいじょうぶだよ、全然元気だから」
「······うん!」
お互いに無事を確認し合い、とりあえず一段落つく。
――今日だけで、本当にいろんなことがあった。
黒魔術だと言われて捕まって、今度は半分バグだと言われて連れ去られて······。
ただ、アイとの学校生活を、これからの毎日を楽しみにしていただけなのに。
その幸せは、もうどこにもない。いつもの生活には戻れない。
「これから僕たち、どうすればいいの······?」
ここにはお父さんも、お母さんもいない。
あったかいお家も、美味しいご飯も、アイとよく一緒に遊んでいた公園も、ない。
あるのは今もなお感じてるアイの温もりと、ずっと胸に残り続ける不安。
そして、その不安の原因の一つ、ずっと余裕の表情を崩さない大男のバグ。
僕たちを連れ去って、いったいどんなひどいことをするのか、と身構えていたけれど――
「お前ら、ここに住め」
「「······え?」」
そんな予想もしてなかった提案を聞いて、僕たちはそろって目を丸くするのだった。