[第7話] か弱い子供の奪い合い
「狙いは、僕たち·······?」
天井を突き破り、豪快にあらわれた漆黒の生物······本物の、バグ。
彼は「殺すつもりはない」と言っていた。でも、バグが殺す以外に人類に何の用が······?
「――『超防御』」
重々しい声に詠唱が乗せられ、僕たちの足下で魔法陣がきらめく。
瞬間、僕たちを囲むように光の壁があらわれ、敵とみなされた者からの全力防御が行われる。
たった今、校長先生の魔術が発動された。
「二つ、質問させて頂こう」
そのまま、詠唱の時と同じ重々しい声に敵意をまぜ、部外者へと声を投げかける。
「へへっ、どーぞ」
背中越しでも伝わる校長先生の圧倒的なまでの存在感をバカにするかのように、目の前の、大男のバグが余裕の笑みを見せる。
「······まず一つ。どうやってこの街に入った?」
この世界はどの街にも、バグが街に入ってこないように『バリア』が張られている。
昔のバリアは精度が悪く、よく壊されていたそうだが、たび重なる研究と改良のすえ超強力なバリアが作られ、ここ数十年では一度もバリアは壊されてないらしい。
まさかここにいる大男のバグが、たった一人で誰も成し遂げられなかったバリアの破壊をやってのけたというのか。
「簡単さ」
簡単······?バリアを割ることが、いったいどれだけ難しいか――
「「!?」」「なっ······!」
大男のバグが僕たちの街に侵入した方法、それはバリアの破壊······ではなかった。
大男バグの周りを、淡く輝く黒い光が取り巻く。
黒い光をまとった瞬間、大男のバグの姿が変化する。
お腹の下の方から、おへそ、胸、首、そして顔へと、その肌の色が、僕たちが見慣れている肌色へと変化した。
それだけではない。人にしては大きすぎる身長は、人の中でも大きい位にまで縮み、露出された上半身には服が着られている。
――その姿は、人間だった。
「こうやって、お前らの街に堂々と侵入してたってわけさ」
――今、僕たちの学校生活を、幸せを壊した力を目の当たりにしている。
街の外にしかなく、絵本の中でしか見たことなかったけど、僕たちの体の中にたしかに存在している黒魔術が、目の前にある。
その力は、姿さえも変えられるすごいものだった。ただビームとかをだして人を傷つけるだけの力じゃなかった。
――でも、現実は違う。
そのすごい力は、人を傷つけるために使われる。
――そんなの、いやだ。
「ね、ねぇ!」
そう思ったときには、すでに声が出ていた。
「お?」
人類の敵と言われ、誰からも好かれず、誰もが敵だと疑ってこなかった存在、それが今、僕を見ている。
正直怖い。すごく怖い。足だって震えてる。声だって震えてる。アイに抱きつく力が強くなる。
――でも、僕を見るその顔には、目には、敵意なんてものはないように見えた。
「なんであなたたちは、人と戦うの······?なんで、人もあなたたちも、傷つけあってるの······?」
聞いた。聞いてしまった。
今までずっと不思議でいたことを、本物のバグに。
「あー、そうだなー」
僕の質問を聞いても、大男のバグは軽い感じを貫く。
正直、質問の内容が気に食わなくて、すごく怒って急に攻撃してくるとも思っていたから、ちょっと安心した。
「俺らバグにとって人を襲うことは、お前らが毎日飯食ってるのと同じようなもんさ。それがお前ら人にとっての当たり前のように、人を襲うことはバグにとっては当たり前なんだよ」
「······あ、ありがとう、ございます······」
襲うことが当たり前······それが、バグの存在意義であり、バグという存在を形作っているのだろうか。
だれかを襲うことが当たり前だなんて、僕には理解できない。
「それで爺さん、二つ目の質問ってのはなんなんだ?」
「――なぜ、この子達を狙う?」
校長先生が、今回の事件の核心を突く。
たった一人で、それにリスクを背負ってまで僕たちを狙う理由――
「簡単な話さ。半分人で半分バグなお前らに、単純に興味が湧いたからだよ」
「――は」「えっ······」
――今、なんて言った?
僕たちが······バグ······?
「そうか」
僕たちの同様が冷めきる前に、短く言い切った校長先生の雰囲気が急変する。
鉛のような重々しい気配から一変、切り裂くような敵意を全身から放ち、魔法陣を展開する。
戦闘態勢に入った。
「やめとけやめとけ、あんたじゃ俺には勝てねぇよ」
その気配に応えるように、大男バグの姿が漆黒の姿へと戻り、もはや痛みすら感じさせる程の激しい気配を全身から放つ。
これが、人類とバグの戦い。自分の正義を信じ、相手を悪だと決めつけ、命を賭けた殺し合い。
それが今、目の前で始まろうとしている。
「『裁きの光』!!」
詠唱と共に放たれた莫大な光を合図に、戦いの火蓋が切って落とされる。
校長先生が放った光の束、進行方向にあるものを例外なく焼き尽くすその光を、大男のバグが無防備に浴びる。
しかし······
「弱い」
その光を一瞬で払い除け、大男のバグが無傷での生還に成功する。
だが、攻撃の手は止まらない。
「これならどうだ!『暴風刃!!』
光の次は風だ。目に見えない程高速な風の刃が、何十何百と大男のバグにせまる。
しかし、いまだにその姿は無防備そのもの。
同様すら見せずに、大男バグが全ての風の刃を受け切る。またもや無傷だ。
「アオ!建物が!」
大男のバグは無傷だが、建物の方は無傷ではない。
莫大な光と強靭な風の刃にさらされ、壁には大穴が空き、天井は次々に崩れ、ボロボロの状態になっていた。
このままでは、この建物は崩壊する。
「やめて――!」
最大限張り上げたその声は、崩れ行く建物と激しい攻撃の嵐によってかき消される。
非力な僕の力だけでは、この強者二人には届かない。
「やめてよ!二人が戦っても、二人が傷ついちゃうだけだよ――!」
アイも声を張り上げてくれる。でも届かない。
水が、氷が、岩が、雷が、自然が、爆発が、砲撃が、大男のバグを襲う。
そしてその全てから、無傷での生還を果たす。
「はぁ、はぁ」
連続攻撃を仕掛けた老人は、その年らしく息を荒げる。
ついに、攻撃の手が止まった。
「お?もう終わりか?――なら、次はこっちの番だ」
大男のバグが手を伸ばすと、その先に黒い光が集中し始める。
――そしてまばたきの内に、建物ごと余裕で消し飛ばしそうな超巨大な光の玉が完成する。
······早すぎる。
「『邪玉』」
一瞬にして完成した破壊兵器が、一直線に校長先生を襲う。
「だめ――!!」
「超防御ォォォ!」
破壊兵器が到達するよりもほんの少しだけ早く、校長先生が光の壁を展開し、自分を守ろうと試みる。
そのまま、黒い光が校長先生を飲み込み――
ドォォォォォォォン!!!
「「――!!!」」
目の前で大爆発かおき、世界が白一色に染まった。
その明るすぎる白い世界の中で、僕たちは悲鳴すら上げれず、ただ世界が元に戻るのを願うしかできない。
パリィィィン!!
その圧倒的な火力に耐えきれず、僕たちを守ってくれていた光の壁が音を立てて崩れ落ちる。
しかし、白い世界から脱出できるまでは持ちこたえてくれた。おかげで僕たちはほぼ無傷······。
「「――!?校長先生ぇっ!!」」
しかし、攻撃を正面から食らった校長先生は、無傷では済まされなかった。
服はボロボロに破れ、体一面やけどだらけ。血だって大量に出ている。
死ん、じゃうの······?
「安心しろ、殺さないように調整してあるからよ」
校長先生をあんな目にした張本人が彼の死を否定する。
そのまま、一瞬にして建物を全壊させた張本人でもある大男のバグがこちらに歩み寄ってくる。
「こ、こないで······!」
もう校長先生の守りはない。でも、アイだけでも――!
「ちょいと失礼」
「ゔっ――!!」「あうっ――!!」
ビリッときた。そう思った時には、もう僕の意識はなかった。