[第5話] かけ離れた幸せ
「――」
頭が、やけに重々しい。
それは、僕のお尻の下で冷たさを主張する、ただの石づくりの床の上で寝ていたからか。
それとも、選別式の結果のショックが大きいからなのか。
「――」
あたりを見渡す。薄暗くて狭く、目の前には鉄格子がはまっている。
誰が見ても、ここは牢屋の中だった。
「······!?」
ぼやけていた意識もようやく晴れてきた時、ふと目に入ってきたもの――人かいた。
見間違うはずはない。その顔、その体は、もう何百回も見てきた。
「アイ!」
でもなぜ、アイがここに······?
僕が牢屋に入れられるのには身に覚えがある。選別式、僕の魔力水晶は、精霊術を表す白い光、そして、おそらく『黒魔術』を表す黒い光を放った。
でもアイには、牢屋に入れられる理由なんてないはず······。
「ん······んぅ······」
「――!アイ!」
ゆっくりと目を開け、アイが僕の顔をのぞきこむ。
不安と疲れのある顔をしている。いつもにこにこしているアイが中々しない顔だ。
「ア、アオ······?ここは······?」
「ここは······牢屋の中、だよ」
その言葉を聞いて、目が覚めたばかりのアイもあたりを見渡す。
きょろきょろと首を回し、最後に僕の顔の前で止まった。
「そっか、選別式のとき······白い光といっしょに黒い光もあって······そしたら······そこからは、覚えてないや······」
「アイにも、黒い光かあったの!?」
「······もしかして、アオも······?」
「うん······」
アイの魔力水晶も黒い光を放っていたなら、一緒に牢屋に入れられてるのも納得できる。
「ねぇ、あれってたぶん、黒魔術······だよね?」
「うん······僕も、そう思ってる」
黒魔術、人類の敵――バグだけが持っている、バクにしか使えない術、のはずなのに······。
「なんで、僕たちにも黒魔術が······?」
僕たちはバグでもなんでもない、ただの人間と猫人族だ。黒魔術を持つなんて、絶対にありえない。
「魔力水晶の故障······とか?」
「そう······だよね。きっとそうだよ!」
僕たちは人間と猫人族、なら、僕たちの魔力水晶だけたまたま壊れてたんだ。
だってそうじゃないと、この世界の当たり前が当たり前じゃなくなってしまう。
なら、もう一度判定してもらえれば――
「では、もう一度判定を行ってみるとしよう」
「「――ッ!」」
二人だけだと思っていた牢屋に、重々しい声がかかる。
ついさっきも聞いた、威厳と存在感たっぷりで、一言声をかけられただけで肩を重くさせてしまう声。
それだけでなく、今の声には、ついさっき聞いた声にはなかった『怖さ』があった。
それだけで、肩に乗せられた重りがもっと重くなる。
「こ、校長先生······?」
鉄格子の横から姿を見せたのは、マルス中央学校校長、ジーク・ディナスだ。
威厳のあるその顔には、怒りと敵意が宿っていた。
その怒りと敵意が向かう先は、もちろん僕たちだ。
「アオキ・アルメリア、アイ・ミール。先程の選別式において、君達の魔力水晶は黒魔術を表す黒色の光を放った。黒魔術の光が黒色だということは、実際のバグを使った実験で証明されている。君達が言っていた通り、魔力水晶の故障の可能性もある。それ故、先程とは別の魔力水晶を使って、もう一度判定を行う。出てきたまえ。」
そう言った校長先生が、牢屋の鍵を外す。
――こわい。こわいけど、今は従うしかない。
アイの手を握る。ふるえている。ぼくもだ。
はやく、いこう。おそくなってしまっては、校長先生におこられてしまう。
「······いい子だ」
「――」
今の校長先生は、すごくこわい。僕たちをバグだと疑ってるし、判定の結果によっては、僕たちに攻撃してくるかもしれない。
でも······こわいだけじゃ、なかったみたい······。この人はまだ、僕たちのことを『生徒』として見てくれている······、見たいと、思ってくれている······。
「うっ······うぅ······」
あれ、なんか、しかいがぼやけて······目からなみだが······
「あ、あお······」
アイにこえをかけられる。アイの目に、おおつぶのなみだがうかんでいる。
「うぅ······うぅぅ······!」
だれだ、アイにこんなかおをさせるやつは。だってこの子のかおは、もっとあったかくて、かわいくて、お日様のような笑顔でつつまれているのに······。
こんなに、かなしいかおをさせて、なかせて······
「······すまない」
大きいからだにつつまれる。
あんなにこわいと思っていたのに。もしかしたらこうげきされるかも、なんて思っていたのに。
なのになんで、こんなにもあったかいんだろう。
「「うわぁぁぁぁぁん!!」」
たえられない。だって、しあわせだとおもったのに。これからまいにち、たのしくなるとおもったのに。でもこんなにかなしくて、つらくて――
結局僕たちは、こわいと思っていた人のうでの中で、大きな声をあげて泣いてしまった。