[第4話] 選別式
おばちゃんに八百屋まで送りとどけられた僕たちは、そこからは道に迷うことなく、無事に学校にたどり着くことができた。
「マルス中央学校······」
僕たちが住んでいる街『マルス』のちょうど真ん中に建てられた、街の中で一番大きいことで有名な学校だった。
「一番大きい」と言われるだけあって、学校に入る前の門ですら巨大だった。
僕を十人横に並べてもまだ余裕でスペースがあるくらいには大きい。
その巨大な門の真ん中を堂々と通る。
門を抜けた先でまず目に入ったのは、これまた巨大な噴水だった。
天に昇って勢いよく吹き出す水が、太陽の光を反射してキラキラ輝いていた。
その両脇には、五人以上は座れそうななっがーいベンチがあった。
二人で使うにはだいぶぜいたくだ。
そのさらに両脇には、近所の公園の何十倍もある芝生があった。
石っぽいつくりの的のようなものや、四角く区切られたフィールドのようなものもある。
多分、ここで術の練習をするんだろう。
「すごい······すごいよここ······!!」
興奮をおさえきれなくなったアイが、猫耳をびょこびょこと動かし、しっぽを振って飛び跳ねている。
「ここが、学校······」
学校というところは、こんなにもすごいのか。
さっきまでなんのへんてつもない住宅地だったのに、門をくぐればまるで別世界だ。
[――まもなく、選別式を行います。生徒の皆様は、速やかに体育館に集合してください。]
「「!?」」
声が······『ふってきた』······?
「なに!?なにいまの!?」
「わ、わかんない······。魔術かな······?」
魔術は、こんなこともできるのか。
炎を出したり、物を凍らせたりするだけじゃないのか。······イメージと全然違う。
「ほらー皆さん!『選別式』開始までもう5分もないですよー!速やかに体育館に向かって下さーい!」
まだ『声が降ってきた』ことに混乱していると、噴水の奥からやってくる人影に声をかけられる。
膝よりも長い、青色と緑色のラインが入ったローブに身を包み、茶色の髪の毛を頭の後ろでまとめている若い女の人だ。
「ねぇ、あの人ってもしかして······」
「きっと先生だよ!」
イベントその1「大きすぎる学校」と、イベントその2「降ってくる声」の次は、イベントその3「先生」だ。
新しいことが多すぎて、頭が追いつかない。
「ほら、君たちも早く行きな」
「あっ、は、はいっ!」
大量のイベントに追いつかない頭を無理やり働かせて、ぼーっとした意識をはっきりさせる。
早く体育館に行かなければ、せっかくの選別式に出られなくなってしまう。
そんなことになっては大変なので、僕たちは小走りで体育館に向かった。
親切にも、いろんなところに「体育館はこちら」の文字と矢印がかかれた張り紙があったから、また迷うことはなかった。
「人がいっぱいいる······」
体育館に入って広がっていたのは、僕たちと同い年くらいのたくさんの人たちが、何列にも並んでいる光景だった。
列の一番後ろには、膝よりも長いローブを着ているたくさんの人――先生たちが、大きな看板を持って立っていた。
「自分の住んている区が書いてある列に並んでくださーい!」
「ええっと、私たちのおうちがあるのは東区だから······あ、一番右だ」
アイにつられて一番右を見ると、「東区」とかかれた看板を持っている先生がいた。
選別式ももうすぐ始まるので、急いで列に並ぶ。
――もうすぐ、僕たちの術がなんなのかわかる。
アイと同じ術になれれば、毎日同じクラスになれるかもしれない。
逆に同じ術になれなければ、六年間の学校生活の中でアイと同じクラスになることは絶対にない。
そう思うと、急にドキドキしてきた。
だいじょうぶ、だろうか······?
「アオ、アオ」
「?」
「――絶対、おんなじクラスになろうね!」
······きっと、だいじょうぶだろう。
こんなに明るい笑顔を見てしまったら、ついそう思ってしまった。確信してしまった。
「······うん!」
絶対に、アイと同じクラスになれる――
『生徒諸君!!』
「――ッ!」
突如、重々しい声が体育館の中に響く。
その直後に僕を襲ったのは、肩に重りを乗っけられたかのような感覚だった。
誰がそんなことをしたのか、なんてすぐにわかった。
体育館の一番前にあるステージの真ん中、白いひげを首の下まで立派にたくわえたおじいさんが、おじいさんとは思えないほどの存在感で立っていたのだから。
「うむ、すぐに静かになってくれてありがとう。 生徒諸君!まずは入学おめでとう。君達はもう、この学園の一員だ。そして、ここで互いに学び合い、高め合い、立派な大人へと成長できることを心から願っている。······おっと、自己紹介が遅れてしまったね。私はこのマルス中央学校の校長、ジーク・ディナスだ。以後、お見知り置きを。」
この圧倒的な存在感を放つおじいさんの正体は校長先生だった。
背筋はピンと伸び、声にはまだハリがある。
その立ち振る舞い一つ一つには、子どもの僕でもわかるほどの威厳があった。
「前座は以上。本命の選別式······の前に、選別式の説明を行う。一度しか言わないので、よく聞くように。」
ついに来た、運命の時。
直前のアイの笑顔を思い出す。だいじょうぶ、同じクラスになれる。
「君達の前には、『魔力水晶』という魔具がある。それに手をかざす事で、自分の術が何かを判定する事が出来る。『魔術』なら青、『武術』なら赤、『精霊術』なら白に輝く。そして、同じ術の中からクラスを作らせてもらう。魔力水晶は、一つの列に二つ置いてあるため、二人同時に行う。術の判定を終えたら、速やかに下校すること。――話すことは以上!ではこれより、第七十三回、選別式を行う!!」
始まった。
ついにこのときがやってきた。
ずっとずっと、憧れてきた学校生活。
それが今、ここから始まるんだ――!
「判定結果、魔術!!」
すでに判定が始まり、いろんなところから術の名前が聞こえる。
「やばいよ!やばいよ!私すっごいドキドキしてきちゃった!!」
完全に興奮状態なアイが、学校に入ったとき以上に猫耳をぴょこぴょこと動かし、しっぽを振って目を輝かせている。
「僕も······ずっごいドキドキ······!」
僕たちは遅くに来たから、判定まではまだ時間がある。
もどかしい······!
「判定結果、精霊術!!」
「「「おぉぉぉぉ!!!」」」
精霊術、500人に1人いるかいないかと言われてるくらい、珍しい術だ。
だから、先生にも生徒にもどよめきが走っていた。
「すごい!精霊術だって!」
「うわーいいなー!うらやましー!」
「くそー!おれも絶対、精霊術使いになってやる!!」
「精霊術って、やっぱ人気なんだね」
「そーっぽいね〜。私も精霊術になるのかなー?ママもパパも精霊術だし」
そう、アイのお母さんとお父さんはどっちも精霊術使いなのだ。
術は遺伝の影響を受けるから、もしかしたらアイも精霊術使いになるかもしれない。
「アイが精霊術だと、僕も精霊術にならないとだね」
「あ、そっか」
ちなみに、僕のお父さんとお母さんの術はどっちも魔術だ。
「でも、アイとおんなじクラスになりたいもん。アイが精霊術なら、僕も精霊術になってやる!」
「ふふっ、ありがと!」
周りの人たちの盛り上がりにまぎれて、アイとの雑談で時間をつぶす。
その間も、運命の時は刻一刻と迫ってきている。
二人減る、二歩前に進む。更に二人減る、更に二歩前に進む。
そして――
「次、アオキ・アルメリア、アイ・ミール」
「は、はい!」「きたー!」
ついに、僕たちの番がやってきた。
魔力水晶の目の前に立つ。自分の顔がはっきりと見えるほどきれいだ。
右を見る。まだ猫耳をぴょこぴょこと動かし、しっぽを振っている親友がいる。
アイもこっちを見た。目が合った。
「ねぇねぇ、アオ。せーのでやろ!」
「······うん、わかった!」
さぁ、運命の時だ――!
「せーの!」
アイのかけごえで魔力水晶に手をかざす。
少し光った、と思った瞬間、魔力水晶がいきなり眩い光を放つ。
光に包まれる。その眩しさに、思わず目をつむる。
――眩しさが落ち着いてきた。目を開く。
「――えっ······?」
その色は、探しても探しても、不純物なんて見当たらないだろうと思わせるほど明るく輝く、白色――
そして、魔力水晶の半分だけ輝いている白色の代わりに反対側を担当する、白とは正反対に輝く、〈黒色〉――。
サーッ、と血の気が引くのを感じる。
校長先生の説明にはなかった、それに黒色······。
そこから考えられるのなんて、一つしかない。
「くろ、まじゅ――」
「捕らえろ!!!」
――大きな声が聞こえた。
誰が言ったか、なんて言ったかを脳が理解するよりも先に、首の後ろを強い衝撃が襲う。
「かは――」
僕は、状況をまったく飲み込めないまま、気を失った。