[第2話] 登校
いつも通っている街のはずなのに、いつもよりも輝いて見える。
朝の新鮮な空気、空を飛ぶ鳥の群れ、「おはようさん!」と声をかけてくれる八百屋のおばちゃん、それら全てが、僕たちを送り出してくれている気がして。
そしてそれは、ごきげんな様子で鼻歌を歌いながら歩く親友、アイ・ミールも同じなようだった。
「私、アオと同じクラスがいいなー!」
意気揚々と声をかける彼女は、ワクワクが抑えられないのか、僕の少し先を歩いている。
「そのためには、おんなじ『術』にならないとだね」
「え〜っと、今日の『せんべつしき』ってやつで、私とアオの『術』がなんなのかわかるんだっけ?」
「うん、そう」
今日は初めて学校に行く日だが、授業はまだ数日先だ。
今日学校に行くのは、『選別式』という、自分の『術』がなんなのかを測る式をするためだ。
でも、自分の『術』がなんなのか、なんてのはさほど重要ではない。
それよりも――
「僕も、アイと同じクラスになりたいな」
僕にとっては、アイと同じクラスになる方が重要だ。
「きっとなれるよ!」
まだ僕の少し先を歩いているアイが、後ろで手を握って振り返る。
その顔は、いつも以上に輝く、お日様もびっくりするくらいの笑顔だった。
――この笑顔を、毎日学校でも見たい。
だってこの笑顔が、『あの日』の僕を救ってくれたから。
「うん!そうだね!」
今の僕が笑っていられるのは、きみのおかげなのだから――。
あの日、一人で公園に遊びに行っていた帰り、僕は『何か』に掴まれ、『暗いところ』へと引きずり込まれた。
右も左もわからず、叫んでいるはずなのに、自分の声すら聞こえない、『自分』がなくなっていくような感覚――。
あの時僕を襲ったのは、そんなどうしようもない『喪失感』だった。
まだ夕方だったこともあってか、外には、ランニング中の男の人、お買い物袋を持った女の人、木の棒を振り回してはしゃぐお兄ちゃんたちと、たくさんの人がいた。
それなのに、誰も僕には気づいてくれなかった。
このまま誰にも気づいてもらえず、助けてもらえず、消えちゃうんじゃないかと思っていた。
――でも、アイだけは僕を見つけてくれた。
冷たい暗闇の中に侵入してきたアイの手だけは、お日様のように温かかった。
そのまま僕はアイに手を引かれ、少し前に見た夕日の下へと戻ってきていた。
あの時、僕には彼女のことが〈ヒーロー〉に見えた。
自分だってすごく怖かったはずなのに、僕を元気付けようと、強がって笑ってくれた。
顔を引きつらせて、目に涙を浮かべた笑顔だった。
だけどその笑顔は、後ろで輝く夕日よりも輝いて見えて――
「···あれ?」
そんな僕の先を行く〈ヒーロー〉は、急に足を止めてしまった。
そして今度は、口の前で手をいじくりながら振り返り、上目遣いで僕を見る。
「ねぇ、ここらへん、どこかわかる···?」
「え?」
あたりを見渡せば、この街では珍しい3階建ての家に、うちの周りにはないお花屋さん、それに、まだ行ったことがない大きな公園があった。
見たことない光景だ。
「えぇっと、わかんない、かな···」
「それじゃあ、私たちもしかして···」
あの日、僕は〈ヒーロー〉に助けられ、そのあと二人で散々泣きじゃくった後、「これもなにかのえん!」と言われ、友達になった。
それから、家がとなりだったことを知り、毎日のように遊ぶようになって、気づいたことがある。
「迷っちゃった···ってこと···?」
〈ヒーロー〉だと思っていた彼女は、僕と同い年のおっちょこちょいで元気な、〈アイ・ミール〉というただの女の子でもあるということを。