カノントフミ その七
自らの能力の“弱点”について、伊三美は話し始める。
「金剛身――三好の家系に伝わるそれは、肉体の硬度と強度を上げるってだけの、単純な能力だ……単純なだけにめっちゃ強ぇえ……けどな、アタシと姉貴の“金剛身”には、性質に差があるんだ」
「差っていったい……?」
「姉貴の金剛身は肉体の一部だけを変えられる、例えば前腕だけを硬くして、防御したり、拳だけを硬くして攻撃したり、な」
「あ、はい、見たことがあります、修道女のルーさんとの戦いで」
大輔の頭に、三好清海とシスター・ルーの凄まじい殴り合いの情景の記憶が呼び起こされる。
「んで、アタシの方はな、それができねーんだよ」
「できないって……?」
「アタシの金剛身は全身が丸ごと硬くなる、つまり、使ってる間は身動きができねーんだ」
「あ! それであんな危険な戦い方を……」
大輔は、伊三美と初めて会った公園での、楊との戦いの様子を思い出した。
あの時、伊三美は、楊と絡み合った状態で、自ら高所へ駆け登り、落下していた。
「そ、落ちる瞬間に金剛身で身を硬くすれば、自分の方だけノーダメージで済むからな」
「あれ? でも、公衆トイレの陶製の洗面器を、パンチで粉々に砕いてましたけど……?」
「あー、あれは自力だよ、三好の家系は元々、筋力も人並み外れて強いからな」
「そうなんだ……」
大輔が引きつった笑いを浮かべる。
「いずれにしても、だ、身体の強度を変えながら自由に動き回れる姉貴の方を甲とすれば、アタシの方は乙ってところだな」
『甲乙付け難い』、という慣用句がある。
優れている方が甲で、劣るほうが乙。
伊三美は、姉である清海の方よりも自分の能力の方が劣っていると言っているわけだ。
「まあ身体の硬化も、それを解除するのも、訓練したおかげで一瞬でやれるんだけどな……なんかの折にこの弱点を突かれないとも限らねーし……まあ、覚えておいてくれ」
「……わかりました、ところで、銃弾も平気って、本当なんですか?」
「ああ、これまでに試した限りじゃ、5.56ミリの小銃弾までイケたぜ」
「5.56ミリって……米軍のM16とか、陸自の20式で使われてるやつですか!?」
「お、よく知ってるな、その通りだよ」
ある程度の銃の知識がある人間にとっては常識だが、一般人があまり知らないことの一つに、銃弾の威力がある。
小銃で使われる弾は、拳銃で使われるそれよりも、遥かに威力が大きい。
単純に運動エネルギー量だけで比較しても、小銃弾と拳銃弾では、3倍以上の差がある。
つまり、伊三美の金剛身は、拳銃弾程度なら余裕で防げるということだ。
「ところでさ……さっき『自分にそれだけの価値があるか』って言ったよな?」
「あ、はい」
「今の自分に、それだけの貫目が足りねぇってんなら、なりゃ良いんだよ、それだけの価値のある男にさ」
「なれる……でしょうか」
「なれるさ、お前さんなら……少なくとも、アタシはそう思ってるよ……なってくれないか、アタシの為に、相応しい男に」
「え?」
また何かの冗談かな、そう思いつつ大輔は目を上げた。
大輔を見つめる伊三美と、大輔の目が合う。
伊三美の目に、大輔をからかうような色は浮かんでいなかった。
「ずるいわよ、伊三美ちゃん!」
唐突に大輔の部屋のドアが開き、清海が入ってくる。
「だーっ! 姉貴! なんだよ! 聞いてたのかよ!」
顔を赤らめながら慌てる伊三美を尻目に、清海は大輔の前に流れるような動きで正座すると、三つ指をつく。
「いろいろあって遅くなりましたけど……貴方が私の為に、その身を投げ出してくれた時から、私の心は決まっていました……十勇士、三好清海いつでも、いつまでも御身元に……よろしくお願いいたします」
清海はそう言いながら、深々と頭を下げる。
「清海さん……」
照れを隠す為か、伊三美が饒舌にまくしたてる。
「はーやれやれだ……こっから先、万が一お前が悪堕ちなんかしたら、才蔵さんも大変だぜ? なんせ十勇士切っての怪力と防御力、その一番手と二番手を、まず相手にしなきゃならねーんだからな」
「そういうことです、くれぐれも頑張って」
頑張ってどうにかなるもんなのかな、内心ではそう思いつつも、大輔は返事を返す。
「……はい」
翌日、十勇士と八犬士が共同で借りているマンション。
「……意外と普通」
「うん、意外と普通ッス」
大輔を前にして、周千通と木子中心の二人が発した第一声はそれだった。
トルベリーナ邸での一件の直後には、顔合わせをする時間が取れなかったため、大輔とこの二人が顔合わせをするのは、これが初めてになる。
拍子抜けしたような二人に、伊三美がツッコむ。
「なんだよ、あれだけ会わせろ会わせろって騒いでたのに」
「はは……すいません、ご期待に添えなくて……」
すまなそうに言う大輔に、すぐさま中心が応える。
「あ、いや、でもそこが良いんでヤンス、ね、ちずちゃん」
「うん、すごく安心する……それに懐かしい……不思議」
そう言うと千通は一粒、涙をこぼした。
「あっ、ごめんなさい……なんでかな」
「ちずちゃん……」
つられて中心までが涙ぐむ。
伊三美がぱんぱん、と手を叩き、言った。
「はいはい、再会の感動にひたってるところ、悪いんだけどな、お二人さん、本日はまたもや、協力してほしい事があるんだわ」




