カノントフミ その五
ゴシック・アンド・ロリータ、略してゴスロリなどとも呼ばれる装い。
その少女が身を包んでいた服はそれだった。
各所にレースやフリルがあしらわれ、膨らんだスカートの黒いワンピース。
黒いストッキングに黒い編み上げのブーツ。
フリルとリボンで飾られた頭飾りも黒だ。
髪型は肩先よりも少し長い姫カット。
青白いメイクに、唇は黒。
さらに、レースとフリルで飾られた黒いパラソルを差していた。
その格好は、事前に才華から聞いていた通りだ。
年齢は自分と同じ筈だ。
(……だよね?)
と、大輔は思った。
背後から近づく気配を察した仝香が振り向き、声をかける。
「名前ぐらい、名乗ったら?」
ひどく小さな低い声で少女は応えた。
「……カノン……ユーリィ・カノン」
ゆっくりと足を進めながら、相手に語りかけているとも、独り言ともつかない口調で、少女は言う。
「カノンは争い事が嫌い……でも……やると言うのなら……」
少女は差していたパラソルをたたむ。
「……カノンは……容赦……しない」
テコンドーは、その多彩な足技でよく知られている。
が、手を使う技がないわけではない。
拳を用いた突き、手刀、貫手や肘打ち、といった攻撃技や、手を使った受けや捌きも存在する。
だが、美横が今のところ使っているのは、ことごとく足技だけだ。
前蹴り、横蹴り、回し蹴り。
信が繰り出す半棒の打ち込みや突きを、威力が乗りきるその前に、巧みに足技で捌き、受け流す。
さらには、オーソドックスなテコンドーの蹴りだけでなく、膝から先の蹴り足の軌道を変化させる変則蹴り、ブラジリアンキックと呼ばれる蹴りまで混ぜて繰り出してくる。
一方で信も、美横が繰り出す蹴りを、紙一重の距離で見切り、躱し続けていた。
細い髪の毛を足場にしているとは思えない、巧みな動きだった。
(しかも、まだ余裕があるって顔してやがる……)
内心で美横は舌を巻く。
(もっとも、全力を出してないのは……あたしもだけどな!)
互いの棒と蹴りの応酬が、少しずつ激しさを増していく。
「……争い事が嫌いなのは、私も同じ」
カノンと名乗った少女の言葉に、仝香は笑みを返す。
「だからしばらく、大人しくしていて」
仝香はカノンの周囲へも髪の毛を伸ばす。
(このまま、絡め取る……!)
カノンは小さくため息をつく。
「能力には相性がある……カノンと貴女の相性は最悪……もちろん、貴女にとって」
カノンの周囲に、光が閃く。
(仕込み杖……いや、仕込みパラソルだ!)
大輔はかろうじて、カノンの稲妻のようなその動きを、自分の目で捉える事ができた。
カノンはパラソルの柄を引き抜くや否や、中に仕込まれていた極細の刃で、周囲の髪の毛を両断していた。
カノンは仝香へと向けて走り、距離を詰める。
「くっ……!」
仝香はさらにカノンに向けて髪を伸ばす。
だが、そのことごとくが、カノンの身体にたどり着く前に斬られてしまう。
ぴたり、と仝香の喉元に、カノンの剣先が突きつけられた。
独り言でもいうように、ぼそぼそとカノンは言う。
「使えるようになってから、まだ間もないのね……能力の使い方がまだ全然未熟……それに……名前を付けるのは良いけど……ぺらぺらと説明するのは駄目……どういう能力か分かっていれば……対処法もすぐに考えられてしまう……」
そう言い終えると、剣先を仝香の喉元から引っ込める。
カノンは最後に大きく、宙に∞の字を書くように刃を振ると、刃をゆっくりとパラソルの中に納めた。
「……ここまでね」
仝香は肩をすくめると、上空で信と戦っていた美横に声をかける。
「もう良いわ、降りて来て!」
仝香の脇に降り立った美横が言う。
「あちゃー、仝姉えでも、だめかー」
「……別に駄目じゃないけど? ……でも、これ以上やり合えばお互い、怪我じゃ済まなくなるわ、べつに、生命のやり取りをするつもりで来たわけじゃないし」
「……えーと、すみません、ほんとにただ話し合いに来たっていうんですか?」
「だから最初からそう言っているでしょう? お話がしたいって」
大輔の問いに、少し拗ねたように答える仝香の言葉に、大輔と荘と、地上に戻って来た信は顔を見合わせる。
「しっかし、ただのケンカに刃物とか、ひくわー」
と、美横が横から口を挟む。
ひゅん、と風を切る音を立て、美横の鼻先にカノンの剣先が突き付けられた。
「……よく見て」
「ありゃ、これ……刃付けがしてないや」
まったく動じた様子を見せずに美横が答えた。
「これで……どうやって私の髪を……?」
「それは秘密……」
仝香の疑問には答えることなく、カノンは再び、剣をパラソルの中に納める。
「……それで、話っていったい……」
大輔の言葉を途中で遮り、仝香が答える。
「私たちを、乾分にしてほしいんです……貴方の」
「ネットに出回ってた写真を一目見てさ、感じたわけ……運命ってやつを」
と、美横が自分のスマートフォンを見せてくる。
ご丁寧にも、先日晒された大輔の顔写真が待ち受け画面にされていた。
「美横も私も、突然おかしな能力に目覚めて、驚いたり不安になったり、そんなところに貴方の写真が流れて来て、閃いたんです……この能力は、貴方の為のものだって」
「なんとなーく、居る方向は分かったんで、仝姉えとあたしで、あちこちで聞き回ってさ、ようやく正確な場所を突き止めたってわけ」
「お役に立ちたいんです、貴方の」
「だからさー、お願い」
大輔に口を挟む間を与えず、一気にそう捲し立てた仝香と美横の二人は、揃って路上に膝をつく。
「わーっ、ちょっと、困ります! 立ってください! とりあえず!」
「やだ」
「嫌です」
「わかった! わかりましたから! とりあえず立って!」




