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ジュウトハチ ―少女舞闘綺伝―  作者: 柊 太郎


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カノントフミ その二

 リビングルームの入り口には、いつの間にか霧隠(きりがくれ)才華(さいか)が立っていた。

「野暮用を思い出しましたっ! お先に失礼しまっす!!」

 三好(みよし)伊三美(いさみ)はそう言いながら跳ねるように立ち上がり、窓を開け、外へと飛び出す。

「伊三美さん、すっげー……今の動き、3フレームぐらいじゃね?」

 望月(もちづき)六花(りっか)が感心して(つぶや)く。

「……伝えなければならない事項がある、誰か連れ戻して来てくれ」

 才華は目元を押さえながら言った。

「あ、私が」

 犬川(いぬかわ)(そう)が立ち上がる。

「すまない、よろしく頼む……大輔さま、こちらへ」

 才華に(うなが)され、大輔もリビングへと入ってくる。

「どうかしたんですか? 伊三美さん……」

「何か急用を思い出したようです……皆、聞いてくれ、先日の襲撃犯の身元が判明した、とりあえず、この場にいる全員に共有しておきたい」

 才華がそう告げると、場の空気が一瞬で引き締まった。


 翌日の午後、仲野区、東京警察病院。

 当初は公務で負傷したり罹患した警視庁職員の治療をするための職域医療施設として開設されたこの病院は、第二次世界大戦後は一般の患者も受け入れ、地域の医療施設の役割も兼ねるようになっている。

 その病院の中にある入院用病棟の個室の一つを、犬山節は割り当てられていた。

 病室のドアがノックされ、赤いジャージを着た長身の女がスライド式の扉を開けて入ってくる。

 三好伊三美だ。

「……んだよ、オメーか、メスゴリラ」

 そう毒づく節の身体には、あちこちに包帯が巻かれ、左目には眼帯が着けられていた。腕には点滴も付けられている。

「思ったよりも元気そうじゃねぇか」

 言いながら伊三美はベッドの脇に置かれた椅子を引き寄せ腰を下ろす。

「……ああ、ちょっとばかし肋骨が折れて右腕(うわん)尺骨(しゃっこつ)(ひだり)眼窩底(がんかてい)にヒビが入って、頚椎(けいつい)も捻挫してて、あとは十だか二十だかの打撲があるだけだ、すぐに治るさ……見舞い、ってんなら花の一つも持って来いや」

「ちょっとばかし伝えなきゃならない事があったもんでさ、花は次来る時に持ってきてやるよ、鉢植えのシクラメンとか」

「その(つら)は何度も見たくねえよ、傷の治りが悪くならぁ……で? 伝えたい事って?」

「昨日のトルベリーナ邸襲撃犯の背後(バック)が割れた……九龍会、覚えてるか?」

「……信とオメーが初日にやり合った香港マフィアだな、昨日の連中もそうなのか?」

「ああ、そのうち魔星持ちは四人だった、色白と色黒のコンビと、包丁持ちとサーベル持ちのコンビ、どいつも館の外でやられた連中な、木子(きね)中心(まなか)に協力してもらって、マジックミラー越しに面通しして確認した、もっとも、四人とも正規の構成員じゃなくて(やと)われ(もん)らしいけどな」

「あの三姉妹も?」

「いや、そっちはまた別勢力らしい、大ちゃんにそうはっきりと告げたってよ、おめぇをやった黒づくめも、おそらくはそっちの所属だ」

「三つ巴か……」

「今ん所はそんな感じだ……なあ、とっとと治して出てこいよ、でねえとあの黒づくめの女、あたしがやっちまうぞ」

「なんでオメーがしゃしゃり出て来んだよ」

「んー、お互い元ヤン同士だろ? 相手に値踏みされんのも舐められんのも、まあ慣れっこだけどな……生憎(あいにく)と、友達ダチをボコられて落ち着いてられるほど、人間が出来ちゃいねぇんだよ」

「はぁあ!? 誰が友達(ダチ)だよ!? 気色(きしょく)わりぃ」

「んだよ、つれねぇなぁ、ことわざにもあるだろ? 『タイマン張ったらダチ』ってな」

「どこのことわざだよ!? ()っ……たく、オメーと話してると傷に響くわ」

(わり)いねぇ、んじゃ帰るとすっかな」

「おう、帰れ帰れ」

 伊三美は椅子から立ち上がり、ドアへと向かう。

「三好ぃ」

 出ていこうとする伊三美を、節が呼び止めた。

「何でぇ」

 節に背を向けたまま、伊三美は応える。

「あの黒い旋風(かぜ)に気をつけろ、巻き込まれたら、訳がわからねぇうちにやられるぞ」

「……心得た、ありがとよ」

 ドアを開け、伊三美は入院室を出ていった。

 足音が完全に遠くまで去った事を確認したうえで、節はベッドから起き上がり、パジャマを脱ぎ始める。

()つつ……」

 脱いだ拍子に折れた肋骨が痛み、節は顔を苦痛に歪ませる。

「無理は良くないのです」

「分かっちゃいるが、あのバカ、放っといたら、一人でもやりかねねぇからな、まったく、おちおち寝ても居られねえ……ってお前、いつの間に!?」

 痛みで動きを止めたまま立ち尽くす節の傍らに、もう一人、少女の姿があった。

 顔は逆光ではっきりとは見えないが、全体的な印象は、えらく幼く見える。

「話は聞いているのです……だいぶ手(ひど)くやられたみたいですね……そこで八犬士の秘蔵っ子、可愛い♡賢い♡わたしの出番、というわけなのです」

「ありがてぇ、恩に着るぜ」

「礼には及ばないのです、さて、ちゃっちゃとやってしまうのです」


 翌日、大輔の護衛の担当時間前に、マンションで待機していた才華のスマートフォンに着信が入る。

「私だ」

「才華さん、こちら穴山です、緊急事態です、大至急、今から送るアドレスの確認を、あ、セキュリティ対策済みの機材で」

「了解した」

 才華は任務用のノートパソコンを取り出し、穴山は」


 いわゆるダークウェブ、闇サイトなどと呼称されるサイトの類いだろう、黒い背景の真ん中には見慣れた顔の大きな写真があった。

 才華は写真の下に大きな文字で書かれた一文に目を通す。

「氏名:真田大輔 賞金一億円 なお、賞金は対象が生存の場合のみ支払われる」

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