アキラトリッカ その十五
半棒でリル・ツーの打撃を受け止めた信は、そのまま流れるような動きで反撃の打突を繰り出す。
リル・ツーは際どいところでその一撃を躱した。
さらに信は間を置かずに、連続して打ち込みを繰り出す。長さのない半棒は、攻撃できる間合いは短いが、その分、切り返しの速度は速い。信の身体能力も相まって、雷光が閃く如きの速さだ。
リル・ツーは異空間に潜るタイミングすら見出せず、打ち込みを受け止め、躱すだけで精一杯だった。
リル・セブンはぎりぎりのところで才華の苦無を捌きつつ、敵の隙を窺う。
才華の左手首を――自分の右手をずっと掴んでいる才華のそれを狙うことも考えたが、罠の匂いがした。
(迂闊に手を出せば、どんなエグい返し技があるか、分かりゃしねえ……シールズの近接戦闘訓練を思い出すぜ)
あの教官も、わざと隙を見せて誘ってからの、えげつない返し技が得意だったな。
互いに二手三手先を読む超高速の切り合いを繰り広げながら、そんなことを思い出している自分が可笑しかった。
(やはり、そう簡単には誘いに乗らないか……)
セブンの読み通り、才華は何度か掴んでいる手の方に隙を作って見せていた。
が、敵も簡単には乗ってこない。
(少しばかり面倒ではあるが……)
だが、勝つのは私だ。才華の自信に揺るぎはない。
才華とセブン、両者とも気づいてはいなかったが、いつしか二人の顔には微かな笑みが浮かんでいた。
リル・ツーと犬塚信、リル・ファイブと犬川荘、そしてリル・セブンと霧隠才華、三つの闘いは佳境を迎えつつあった。
その時。
「犬塚! 何か来る!」
信に続いて部屋の中の闘いに加わろうとしていた犬山節が、廊下から迫りくる殺気を感じ、警告の声を上げる。
轟、という音と共に、黒い旋風が節を襲った。
部屋にいた全員が、周囲を満たす凶猛な殺気に動きを止める。
黒い布に全身を包んだ女が、ぐったりした節の胸ぐらを掴み、片手で吊り上げていた。
黒い女は、エンギュイエン三姉妹へ向けて告げる。
「今日はもう、引き上げろ、コペルの命令だ……他の奴は動くな」
「あたしに……構うな……こいつはあたしが……相手する……」
節は自分を吊り上げている黒い女の腕を掴み、引き剥がそうとする。
黒い女は節を床へと叩きつけた。
「ぐっ!!」
節の胸に片足を乗せ、じわじわと体重をかける。
「『今日は殺すな』、そう命じられてはいるが、下手な動きをすれば殺す、まずはこいつから」
黒い女は部屋の中を一瞥すると、信と才華を順に指さしながら言う。
「お前と……お前は、面白そうだな」
黒い女は、立ち尽くしているエンギュイエン三姉妹に再度促す。
「何をしている、早く引き上げろ」
三姉妹は不承不承、といった様子でそれぞれ姿を消す。
「レイラ、それが私の名だ……いずれまた、会う機会もあるだろう、その時を楽しみにしている」
黒い女は再び一陣の黒い旋風となり、消えた。
「節ちゃん!」
「犬山!」
「犬山さん!」
部屋に残された者たちが、口々に名を呼びながら犬山へと駆け寄る。
「大丈夫だ……生きてるよ……大輔さんも……ご無事で……なにより……」
掠れた声でそこまで喋ると、犬山節は気を失った。
翌日、大輔の部屋。
昨日は眠ったままの武藤松凛の傍らで、トルベリーナに再度の分かれを告げ、重症を負った犬山節を病院へ送り、そして大輔たちは家へと戻った。
ちなみに乱闘で荒れた部屋と、才華たちが邸内に入る時に割った二階の窓ガラスなどは(トルベリーナは固辞したが)、十勇士と八犬士の予算から弁済することになった。
才華の取り成しで両親からの説教も最小限で済み、その日は眠りについた。
そして明けて翌日、学校を終えた大輔は、自室にて才華と向き合っていた。
気まずい沈黙の時が流れる。
何か話を切り出さなければ、大輔は必死で考える。
「……あの」
「はい?」
「凄かったです、あの闘い、あの武器、クナイって言うんでしたっけ?」
「……お気づきになられましたか」
才華の目の色が変わる。
大輔は間違ったスイッチを押してしまったことに気がついた。
苦無という道具の歴史に始まり、素材、焼き入れ、刃付け、表面仕上げ、などなど、才華の小半時に及ぶ苦無に対するこだわりの長広舌を聞き終えた後、大輔はようやく本題を切り出すことができた。
「……すみませんでした!!」
大輔は頭を下げる。
「どこまで……聞かれたのですか? 私と……清海の会話を……」
「最悪の場合、僕を除かねばならない……ってな辺りまで……」
才華は思わず小さなため息を漏らす。それは安堵のため息だった。
(そこから先は、聞かれていなかった……)
才華は目を伏せながら大輔に話す。
「私の方にも、いえ、むしろ私の方に落ち度はあります……きちんとお伝えしておくべきでした……私の危惧していることについて」
「それについて、僕もじっくり考えたんですが――」
大輔はそこで、僅かに言い淀む。
「――僕の中にも魔星が宿っている、しかもそれは」
才華は目線を上げ、大輔の目を見つめながら言った。
「天魁星、呼保義の宋江、かって百八の魔星を率いた男」




