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ジュウトハチ ―少女舞闘綺伝―  作者: 柊 太郎


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アキラトリッカ その十三

 トルベリーナの館での戦いから、時は少しだけ(さかのば)る。

 ここはインドネシア、バリ島。

 「神々の住まう島」とも呼ばれるこの島は、イスラム教徒が大半を占めるインドネシアの中で唯一、ヒンドゥー教徒が多数を占める島だ。

 島で信仰されるヒンドゥーは、長い年月を経て発祥の地であるインドとは異なる進化を遂げ、バリ・ヒンドゥーと呼ばれる独特の世界観を持った宗教となっていた。

 そしていくつもの美しいビーチと、緑あふれる棚田や森といった風景にも恵まれたこの島は、アジアでも指折りのリゾート地の一つとなっている。


 島の南端には、一般の観光客にはその存在すら知られていない、会員制の高級リゾートホテルがあった。

 断崖の上に立つそのホテルの、インド洋が一望できるプールサイドに、コペル・アルバとウーの姿があった。

 南国らしく日差しは強いが、二人がいる東屋(カバナ)には屋根があり、涼しい海風もあって快適だった。

「良いんですかー、こんなトコでのんびりしていて」

 まっすぐに林が占拠したアンダマン諸島の拠点へ向かうものとウーは思っていたが、アルバがまず向かったのはこのホテルだった。

「良い仕事のためには良い休息が必要だよ、それに観光の名目でこの国に入国した以上、それらしいことも一応はやっておかないとね」

 ビーチベッドの脇の小テーブルに置かれたトロピカルカクテルを一口、口にしたアルバはウーに話し続ける。

「じきにミス・コールソンとヴァイス、それに林さんもここに合流してくるはずだよ、特に林さんには、ゆっくり休んで英気を養ってもらわないと――」

 その時、ウーの傍らに置かれたスマートフォンが振動した。


 短い会話を終えたウーは、アルバに告げる。

「エンギュイエン姉妹とジェーン・ドゥが、勝手に目標(ターゲット)の確保に動いたらしいです」

「なんでまた――」

 監視だけを命じておいた三姉妹が勝手に動くことは、アルバにとっても想定外だった。

「どうやら目標(ターゲット)の――ダイスケ・サナダが、十勇士と八犬士の監視下から逃げ出すハプニングがあったようですねー、それを絶好の機会と捉えたようで」

「ああ、それは無理もないね……ついてないなぁ、僕が日本を離れている時に限って、そんな面白いことが」

「だけど、四人では戦力的にいささか不利ですねー」 

「それについては、一応の保険はかけておいたよ」

「保険?」

「レイラを日本に送り込んである」

「レイラを……日本に? ……なら、戦力的には問題なさそうですが……」

「うーん、どうかな、彼女、強いのは強いんだけどさ」

 アルバも自分の脇に置かれたスマートフォンに手を伸ばしながら言う。

「“殺さない”仕事は苦手なんだよね、彼女」

 自分のスマートフォンに登録された番号を呼び出しながらアルバは、万人を魅了せずにはおかない、とびきりの笑顔をウーに向けた。

 

 日本、トルベリーナの館の玄関前。

 そこでは、伊三美いさみたちによる、張の毒に倒れた者たちへの手当てが続いていた。

 伊三美の手から解毒剤を飲み下したトルベリーナが(つぶや)く。

「なるほど、ジョガクセイにボーソーゾクにメイドか……、ダイスケの言った通りだね……」

「ここにいるんだね? 真田大輔は?」

 伊三美の問いにトルベリーナは(うなず)く。

「澁谷の道端でうずくまってたんで、見かねて拾ってきた……雨も降ってたしね……おかしな連中が……あんたらが追っ払ってくれた連中が押しかけて来たんで、うちの用心棒の一人に言って、裏から逃がした……はずだったんだけど、さっき感じた気配は……」

「ああ、まだ建物の中にいるね、まあ心配すんな、うちらの仲間が中を探してる、じき見つかるよ」

清海せいかさん! 伊三美さん! あれ!」

 二人の会話に、望月もちづき六花りっかの声が割って入る。

 伊三美が六花の指さす方を見ると、二人が駆けて来る姿が見えた。

 中心まなか千通ちずるだ。


 伊三美たちの元へと駆け寄って来た二人は、真っ青な顔色で、かちかちと歯を鳴らすほどに震えている。

「何かが来るッス! ヤバいのが!」

「来るの! すごく恐い何かが!」

「おいおい、お前ら少し――」

 怯えすぎだぜ、伊三美はそう言おうとした言葉を途中で飲み込む。

 正門より向こう、まだ姿も見えないうちから、とてつもない殺気が奔流のように流れて来るのを感じた。

「姉貴! すまねえ! 二人を頼む!」

 これだけの殺気に見合う奴が来るなら、二人を護りながら戦うことは無理だ――少なくとも自分には。

 伊三美は咄嗟にそう判断した。

「大丈夫、もう心配ありませんよ」

 清海せいかに抱きしめられながらもなお、中心と千通の二人は、歯の根が合わないほどに震え、怯えている。

 清海は無言で伊三美にうなずいた。

「望月!」

「――いつでも」

 伊三美の呼びかけに、六花が伊三美の隣に並んで立つ。

 多少の修羅場はくぐってきたつもりの六花だったが、ここまでの殺気と相対するのは初めてだった。

 間の悪いことに、館の外での闘いは一段落したと見たかけいは、新たな射座へと移動中だ。

(まあ良いさ、生きるは一度、死ぬも一度だ――!)


 館の中での闘いは続いていた。

 エンギュイエン三姉妹も犬川荘も、互いに目まぐるしく消えては現れ、相手の隙をうかがい、背後を突こうとする。

(……あれ? なんだか一人足りない……?)

 激しい攻防の中、大輔は、セブンの姿がいつの間にかなくなっている事に気づいた。

(……!!)

 大輔が背にした部屋の壁から手が伸び、口が塞がれる。

 その時、どこからか飛来した一本の棒手裏剣がセブンの右手に突き刺さった。

「ぐっ……!」

「我が(あるじ)をどうする気だ? 泥棒猫!」

 声とともに、部屋の戸口から霧隠きりがくれ才華さいかが飛び込んで来る。


 館の裏庭では、闘いの決着がついていた。

 犬飼いぬかいあきら武藤むとう松凛まつりによって気絶させられた者を除き、侵入者たちは雪崩を打って逃げ出していた。

「よっしゃ! ここは片付いたな……あれ、どうしたの?」

 最後の一人に肘打ちを見舞って昏倒させたあきらが、松凛の様子がおかしい事に気づき、尋ねる。

「ヤバい、飲む量を間違えた……あんたの手助けはありがたかったん()けど、全部一人で片付けるつもりで飲ん()から……」

 喋りながら、松凛の呂律ろれつがだんだん怪しくなってくる。

「飲ん()分は、れんぶ(全部)あわれて(暴れて)しょーひ(消費)しないと……もーらめ」

松凛はばったりと倒れると、そのまま気持ち良さげに大きないびきをかきながら眠り込む。

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