アキラトリッカ その十二
「セブン! しっかりしろ! セブン!」
リル・ツーの呼びかけに、セブンが意識を取り戻した。
「姉さん……ここは?」
「任務中だ! しっかりしろ! ファイブ! お前もだ!」
セブンの意識が戻ったことを見定めたリル・ツーは、ファイブにも呼びかける。
「何があったんだ……姉さん?」
衝撃から覚めたファイブが、リル・ツーへ問いかける。
「判らん……だが衝撃はあたしの真後ろから来た……中心にいたのは……」
エンギュイエン三姉妹の視線が、真田大輔に集まる。
「……すみません、まさかこれほどとは」
大輔自身が受けたのは、落下の衝撃だけで、自身の発した“気配”によるダメージはない。
だが、三姉妹の様子から、自分の発した“気配”が周囲の人間に大きな衝撃を与えたことは察していた。
三姉妹が顔を見合わせる。
その時、大きな音を立てて部屋のドアが開け放たれた。
「もしもーし?」
最初に大輔のいる部屋に到達したのは、犬川荘だった。
瞬時に三姉妹の姿を見て取った荘は、腰の後ろのホルダーから二本の特殊警棒を抜きながら言う。
「速やかに立ち去るなら、見逃す、歯向かうなら、容赦はしない」
リル・セブンが立ち上がりながら答える。
「おいおいおい、舐められたもんだな、単純戦力比は三対一、それにあたしら三人とも、元ネイビー・シールズだぜ」
荘の口元に猛禽の笑みが浮かぶ。
「シールズか、朝食には丁度良い」
そういうと荘は、両手に持った特殊警棒を振る。
鋭い金属音を立てて特殊警棒が伸びた。
リル・ツーとリル・ファイブが無言で左右に分かれる。
リル・セブンを一番奥に、三角形の陣形を組んだ。
「大輔さん、部屋の隅へ」
荘の助言に従い、大輔は部屋の隅まで後退りする。
エンギュイエン三姉妹の姿が一斉に消える。
異空間へと“潜った”のだ。
荘は微動だにせず立ったままだ。
三姉妹が姿を現し、三方向から同時に荘へ打ちかかる。
手にしているのは先日の公園の時と同じ武器、革製のスラッパーだ。
「あ……!」
危ない、大輔がそう警告しようとした、その瞬間、今度は荘の姿が消えた。
三姉妹の打撃が空を切る。
同時に荘がファイブの背後に姿を現し、手にした警棒で背中に一撃を加える。
「ぐっ!」
苦痛の声を上げ、動きを止めたファイブをすかさずリル・ツーがフォローし、二人は異空間へと潜り込む。
返す刀で、荘はそのままセブンに打ちかかる。
セブンは際どい所で荘の一撃を受け止めた。
即座にセブンも異空間へ潜り込み、荘との間合いを取り直す。
「いきなり腎臓狙いとは、おっそろしい女学生だな」
背中を打たれたファイブがつぶやく。
腎臓打ち、比較的筋肉の薄い背中側からの腎臓への打撃は、まともに当たれば大男でも悶絶させるほどの苦痛を相手に与えることができる。
場合によっては、腎臓の機能障害を引き起こす可能性もあり、ボクシングを始め、多くの格闘技で禁止されている危険な技だ。
ファイブはぎりぎりの所で身をひねり、腎臓への直撃だけはかろうじて避けていた。
「公園での襲撃で、気づいた事がある」
荘は間合いを取り直した三姉妹に語りかける。
「貴様らが姿を消してから現れるまでの時間は、距離に比例して概ね一定、つまり姿を消す原理が何であれ、次に現れる地点を予測すれば、現れるタイミングも読めるという事だ」
(……そうか!)
荘の言葉で大輔も理解した。
三姉妹は異空間へと“潜った”際に、泳ぐようにして移動する。
無論、常人が泳ぐよりも遥かに速いスピードだが、それでもある程度の距離を移動する為には、距離に見合った時間がかかる。
「秒速換算で約8メートル、それが貴様らのトップスピードだ、それさえ分かれば現れるタイミングを予測するのも、さほど難しくはない」
荘がゆっくりと前に踏み出しながら言う。
「その点私は――」
荘の姿が消えた。
直感的に危機を察した三姉妹は、それぞれ別々の方向に身を投げ出す。
ほんの一瞬の差で、リル・ツーの身体が有った場所を、荘の警棒が貫く。
「もっと速いぞ」
「……瞬間移動か」
体勢を立て直したリル・ツーが呟く。
「私は縮地と呼んでいる、公園では下手に動けば防護の陣形を崩すので自重したが……」
荘はリル・ツーの方へ向き直る。
「……ここなら遠慮は要らないな」
部屋の中で、嵐のような闘いが始まった。
荘も三姉妹も、互いに消えては現れ、相手の隙を突き、背後を取ろうとする。
荘の“縮地”の恐るべき速さは、三対一の戦力差をものともしていない。
それどころか、大輔の目には、徐々に三姉妹を圧倒し始めているようにすら見えた。
「ねえ、良いのかなあ、このままここにじっとしてて」
周千通の問いかけに、木子中心が答える。
「さっきのすごい気配は気になるっスけど、三好の姉さんからは、ここで待ってろって言われたし……第一、うちらが行っても足手まといになるだけっスよ、中から逃げてきた連中、見たでしょ?」
館の正門側から逃げ出した男たちは、停めてあるバイクとその傍らにいた中心と千通の二人には目もくれず、一目散に逃げ去って行った。
ただ、まだあんな感じの屈強そうな連中が中に残っているとすれば、日の浅い中心や千通の技でどうにかできるとは思えなかった。
「確かにそうだけど……」
千通は不満そうに黙り込む。
中心も千通の気持ちはよくわかった、すぐ近くに居ながら何の手助けもできない自分が歯痒くて仕方がない。
「まなちゃん……!」
「やっぱり駄目っスよ、ここで待ってないと……」
「違うの!」
千通の声には、先程までとは異なる緊張があった。
道路の彼方を見据えながら言う。
「何かが来る……すごく恐い何かが……」
言われて、中心も千通の見ている方向へ意識を集中する。
「ひっ!」
一瞬で中心の全身の肌が粟立つ。
その気配は、すごい速さで近づきつつあった。
「行こう……三好さんたちに、知らせに行くっス!!」




