アキラトリッカ その十一
リル・ツーが、二人の妹たちに、手を挙げて方向を指し示しながら言う。
「途中までは館の中を突っ切ろう、私たちが今いる所は東西に伸びた建物の東の端の方だ、まずは西側の端まで行く、そこで一度“浮上”する、そこで外の様子を確認し、再度“潜る”、敷地の外に出たところで再度“浮上”、そこから車までは、潜るか走るか、状況次第だな」
「「了解」」
と、ファイブとセブンが、声を揃えて答える。
「よし、行くぞ」
再び水の中にいるような感覚が大輔を包んだ。
宙に浮いた状態で、エンギュイエン三姉妹は部屋の中を泳いで行く。
大輔は特に自らの身体を動かすこともなく、両腕を掴まれ、ファイブとセブンに引っ張られるままになっている。
(さすがにこの状況じゃ、せっかく習った隠行術も役に立たないな……いや、まてよ?)
隠行術の手ほどきを受けた時、才華が言っていた言葉が、大輔の記憶によみがえってきた。
(……はっきりと気配を示すことも可能なら、逆に気配を抑えることもできるわけです……)
そうだ、気配を消すことができるなら、逆に気配を“示す”こともできるんじゃないか?
(思い切り、気配を外に出してみたら……)
駄目で元々だ、やってみよう、大輔は決意した。
(……とはいえ、どうやれば良いんだ?)
館の表側の戦いは、ほぼ趨勢が決していた。
三好姉妹の怪力と望月六花の爆発する菓子、そしてどこからともなく飛来する筧の銃弾に散々にやられた男たちは、恐慌状態となり、我先に正門から逃げ出し始めていた。
ちなみに、筧が狙撃に使っていた弾は、殺傷力を抑えた特殊プラスチック製の弾頭だ。
逃げだそうとする男たちに立ち塞がることができる位置にいた三好伊三美も、もはやあえて手は出さず、男たちが逃げるにまかせている。
やがて侵入者達は、ほとんどが逃げ去り、気絶したままの孫と数名の男、そして呆然とした張が残された。
「あとはお前さんだけみたいだけど、どうする?」
伊三美の問いかけに、張は卑屈な笑いを浮かべると、揉み手をしながら三人に語りかける。
「……すみません、なにやら大きな行き違いがあったみたいですねー……あー、ここはひとつ、穏便に話し合いと行きませんか?」
六花は取り合わず、宙に向かってくんくんと鼻をうごめかせると言った。
「……これ、毒じゃね?」
「毒だな」
「毒ですねぇ」
腕組みをした伊三美と、穏やかな笑みを浮かべた清海も同意する。
激しく目を泳がせながら張が言う。
「ははは、はーて? ななな、何のことでしょうか?」
張に顔を近づけながら、伊三美が言う。
「あのな、舐めんのも大概にしとけよ? あたしら全員、毒物に関しちゃ、多少の心得があるんだよ」
「刺激臭が少ないのでおそらくは植物毒、周囲の匂いに紛れ込んで察知されづらいとなると、花粉か何か、かしら?」
と、清海が推測を口にした。
「ははは、お見事です……」
引きつった笑いを浮かべる張に、伊三美が言う。
「ここでおめーに二つ、選択肢をやる、動けなくなるまでボコられて、解毒剤を奪われるか、それとも進んで解毒剤を差し出して、軽〜くボコられるか……言っとくけど時間稼ぎは無駄だぞ、あたしら全員毒には耐性があるから、効いてくる前にお前をボコるぐらいは余裕だからな」
「ボコられるのは確定なんですね……」
「そ、違いは重いが軽いかだけ」
「……軽い方でお願いします!」
張は着ていた白衣のボタンを外し、前をはだける。
服の内側には錠剤が入っていると思しきピルケースがいくつも付けられていた。
「どれだ?」
「あああ、青いやつです」
「嘘じゃねーだろうな?」
「神様に誓って!」
伊三美は青いピルケースを服から外し、蓋を開けて中身を確かめる。
「一人何錠だ?」
「二錠です!」
伊三美は、館の玄関前で倒れている警備員風の男たちの人数と、手元の錠剤の数を見比べながら言う。
「……どうやら人数分はありそうだな……んじゃ六花ちゃん、やっちゃってー♡」
「りょ♡」
六花は子熊の形をしたグミを一つ取り出すと、張の頭の上に乗せた。
「ほぇ?」
三好姉妹と六花が一斉に後に下がる。
激しい音を立て、グミは爆発した。
(えーと、問題はイメージだ)
エンギュイエン姉妹たちに連行されながら、大輔は必死で思考を巡らせる。
(気配を限界まで小さく圧縮して、爆発させる、このイメージでやってみよう)
大輔は目を閉じた。
頭の中で、小さな小さな一点を思い描く。
その小さな一点に、自らの意識を注ぎ込み、圧縮してゆく。
(……もっとだ、もっと……)
絶え間なく、淀みなく、意識を一点に集中し、注ぎ込みながら、さらにその一点を小さく凝縮させてゆく。
(……もっと……)
大輔は無意識のうちに呼吸を止めていた。
だが息の苦しさに構うことなく、さらに意識を一点に集中していく。
(……もっとだ!)
遂に限界が訪れた。
大輔は目を見開き、大きく息を吸い込むと、気配を爆発させる。
三姉妹と大輔の身体が床に投げ出された。
「……一体……何が……?!」
リル・ツーが最初に疑ったのは、何らかの爆発物だった。
それほどまでに凄まじい衝撃だった。
素早く全身を見渡し、動かし、触ってダメージをチェックする。
(……なんともない!?)
肉体的なダメージが無いことが信じられない、では、あの衝撃は何だったのだ?
素早く意識を切り替え、二人の妹と大輔の様子を確認する。
大輔が頭を振りながら起き上がる。
傍らには、呆然と座り込むファイブと、意識を失っているセブン。
全員、出血は無し。
外傷を負っている様子もない。
玄関ホールに近い所から、順番に部屋を改めていた犬川荘にもそれは感じられた。
激しく頭を揺さぶられるような衝撃。
「……あっちか!」
再び、荘の姿が消える。
同じく一階の部屋を改めていた霧隠才華もそれを感じ、振り向く。
強い衝撃ではあったが、それ以上に喜びの方が強い。
「見つけた!」
間髪をいれずに部屋を飛び出す。
二階の部屋を捜索していた信もそれを感じ、廊下へ飛び出す。
同様に部屋から飛び出してきた犬山節と目が合った。
「一階です!」
「行こう!」
二人は並んで廊下を駆け出す。
裏庭、残った侵入者達を相手に大暴れしていた犬飼現と武藤松凛にもそれは届いた。
二人ははっとして、館の方を振り向く。
「あーっ!!」
「しまった!!」
二人はそこで初めて、大輔が居ないことに気づいた。
「どうする!?」
松凛が現に問う。
「大輔はうちの仲間も探してる! まずはコイツらを!」
「わかった!」
侵入者たちにとって災難な事に、二人の暴れる勢いが更に増していく。
「……!」
玄関前で、トルベリーナとその部下たちの手当てをしていた伊三美もそれに気づき、顔を上げる。
同じく解毒剤を配っていた清海や六花とも顔を見合わせる。
「どうします?」
六花が二人に問いかける。
「……中に入ってる連中に任せよう」
伊三美が答える。
「……良いんですか?」
「才蔵さんは言うまでもなく、中にいる八犬士はどいつも信頼に足る女だよ、いいんちょ――犬川荘も、犬塚信も、犬山節もな」
「……まあ、伊三美さんがそこまで言うんなら」
「それに、一箇所に戦力が集中しすぎても、思わぬ隙ができたりしますからねえ」
と、清海が伊三美の後に続けて言う。




