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ジュウトハチ ―少女舞闘綺伝―  作者: 柊 太郎


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アキラトリッカ その十

 閃光魔術シャイニング・ウィザード、片膝をつきしゃがんだ状態の相手に対し、その立てた方の膝を踏み台にして駆け上がりながらキックを見舞う技だ。

 新日本プロレスの武藤敬司が2001年の全日本プロレス東京ドーム大会に参戦し、太陽ケア相手に使ったのが嚆矢とされている。

 当初は相手の顔面に膝を叩き込む事が多かったが、鼻骨骨折などの過度のダメージを与えてしまうリスクを(かんが)みて、後には相手の側頭部に大腿部を当てる形に改良された。

 そして松凛が使ったのは、相手の顔面に膝を入れる、初期の過激な方の閃光魔術シャイニング・ウィザードだった。

犬飼(いぬかい)さんの決め技に触発されたんだな……。)

 松凛に聞こえるとは思わなかったが、大輔はあえて口には出さず、心の中だけで思うことにした。


 リーダー格の二人の女が倒され、男たちの間に目に見えて動揺が(はし)る。

 武藤(むとう)松凛(まつり)犬飼(いぬかい)(あきら)、二人が残りを片付けるべく、男たちへ向かって一歩を踏み出した。

 その時、大輔が背にしている館の壁から、六本の腕が飛び出した。

「!?」

 声を上げる暇もなく、六本の腕はそれぞれ、大輔の口をを塞ぎ、両手と両足を押さえつけ、大輔を壁の中に引きずり込んだ。


 不思議な感覚だった。

 大輔の身体は、しっかりとした実体であるはずの建物の壁を、まるで水か何かのように通り抜けていた。

 全身に感じる独特の浮遊感、周囲の音が遠く、こもったように聞こえる感じは、まさに水の中にいるようだったが、呼吸は普通にできた。

 大輔を捕らえた六本の腕の持ち主、三人の女たちは、泳ぐような動きで空間を移動している。

 そしてそれぞれの顔には見覚えがあった。

(……あの時の……公園の……!)

 公園でトレーニングをしていた大輔たちを襲った、そっくりの姿をした三人。

 確かファイブとかセブンとか呼びあっていたな、大輔はそこまで思い出した。

(あの三人が公園で見せた能力、つまりは、こういうことだったのか……)

 大輔の中では、捕らえられたことへの恐怖よりも、彼女たちの能力に対する好奇心の方が(まさ)っていた。

 さながら水の中に潜るように、異空間へと潜り込み、自由にその中を移動できる。

 “潜って”いる間は、固体をすり抜ける事もできるし、上下の移動もできる。

 さらには、通常の空間にいる人間からは認識されなくなる。

 そう大輔は推測した。

(なるほど、便利な能力だな……)

 

 館の中の一室、部屋の中央まで来た所で、大輔を抱えた三人は元の空間へと戻った。

 水中のような浮遊感は消え、周囲の音も普通に聞こえるようになる。

「あなたたちは……」

 問いかけようとした大輔の口に、人さし指が当てられる。 

「静かに……大きな声は出さないで……ようやくちゃんとお会いできましたね、私はヴェロニカ、ヴェロニカ・エンギュイエン、通称リル・ツー」

 と、精悍に日焼けした顔に向日葵のような笑顔を浮かべたリル・ツーが大輔に挨拶をする。

 東洋系の顔立ち、エンギュイエンってことは、ベトナム系なのかな、大輔はそんなことを思った。

「へええ、どんな男かと思ってたけど、まだ子供じゃん、意外と可愛いね、あたしはセシリア・エンギュイエン、リル・ファイブ」

 と、同じく笑顔のリル・ファイブが言う。

「あたしルーシー! リル・セブン、よろしくね!」

 言うなりセブンは大輔に抱きついた。

「あっこら、抜け駆けすんな」

 ファイブが二人を引き剥がす。

「ちぇー、いいじゃんこれぐらいー」

 なんだか今日はよく抱きしめられる日だな、大輔はそんなことを思った。

 大輔の目を見つめながら、リル・ツーが言う。

「あなたをお迎えにあがりました、これから私たちと一緒に来て頂きます」


 館の屋根に降り立った霧隠(きりがくれ)才華(さいか)犬塚(いぬづか)(しのぶ)犬山(いぬやま)(せつ)の三人は、二階のベランダから館の内部へと入り込んだ。

「私は一階へ向かいます、お二人は手分けして二階を」

 才華が信と節に言う。

「わかりました!」

 と信が。

「委細承知!」

 と節が。

 二人が答えると同時に、それぞれ三方へと分かれて走り出す。


 犬川(いぬかわ)(そう)は正面玄関から館の中へと入り込んだ。

 倒れていた人達が気にならない訳ではなかったが、ここはまず、大輔を最優先に探さなければ。

 それに三好(みよし)伊三美(いさみ)は、“ここは任せろ”と言っていた。

 時には大雑把なところはあるが、口に出した言葉は(たが)えない、三好伊三美はそうした信頼に足る女だ。

「大輔さん! いらっしゃいますか!」

 荘は大輔の名を呼びながら、広い玄関ホールを駆け抜ける。

 

「外の騒ぎも、貴女(あなた)たちの……?」

 大輔の問いに、リル・ツーが苦笑を浮かべながら答える。

「いいえ、私たちは騒ぎに乗じただけです……どうやら他にも、貴方を手中に収めたい者がいるようですね」

貴女(あなた)たち三人は、ご姉妹(きょうだい)なんですか?」

「そうです……細かい話はまた後で」

 大輔との会話を打ち切ると、リル・ツーは二人の妹に声をかける。

「外の車まで、“潜って”移動するぞ」

「車まで、となると一気には無理だね」

 ファイブが答える。

「ああ、途中何度か顔を出す必要があるな……二回といったところか」

(そうか、“潜る”のには、何らかの制限もあるのか、距離か……時間かな……?)

 三姉妹の能力の推測に(ふけ)る大輔の耳に、聞き覚えのある声が飛び込んで来た。

「……大輔さま! 大輔さま!」

(才華さんの声だ!)

 顔をあげた大輔の唇に、再び人さし指が当てられた。

「騒がずに、大人しくしていてください、あなたに手荒な真似はしたくない」

 リル・ツーの言葉は、命令というよりは懇願に近い響きだった。

「それに、潜っている間は、大きな声を出しても無駄です」

 そういうことか、と大輔は思った。

 今大声を出して才華に知らせても、駆けつけて来るまでの間に潜られてしまえばどうしようもない。

 何か知らせる方法を考えなければ。

「あたしが先行する、ファイブ、セブン、真田氏をお連れしろ」

「了解」

 ファイブとセブンは大輔の両側に立ち、それぞれが大輔の腕を押さえる。

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