アキラトリッカ その六
大輔と松凛、二人が館の外から聞こえてくる騒ぎに耳を澄ました、その時。
大輔のいる部屋のドアが慌ただしくノックされ、ドアの向こうからトルベリーナの声が問いかける。
「ダイスケ!いるかい?」
大輔と松凛は顔を見合わせ、互いにうなずくと、ドアへと向かった。
「ピーニャ、なんであんたまで……まあ良い、呼びに行く手間が省けた」
トルベリーナは警備員風の制服を身に着けていた。
おそらくさっきの会話で言っていた、自分が経営している警備保障会社の制服なのだろう。
「何か、あったんですか?」
大輔はトルベリーナに問いかけた。
「ガラの悪い連中が押しかけて来た、どうやら目当てはダイスケ、あんたらしい」
「ガラの悪いって……もしかして、女子学生や暴走族やメイドの格好をした女の人たちですか?」
こいつ、頭は大丈夫か?という顔でトルベリーナが答える。
「違うよ……女は二人いたけど、他は全員男だ、ざっと三十ってとこかな……どいつも、カタギじゃなさそうだ……ダイスケ、あんたを拐おうとしてる奴らがいるって言ってたね、多分、そいつらの方だよ」
松凛が会話に割って入る。
「門衛は?何してたの?」
「わからない、二人いたけど、どっちも不審な連中をみすみす通すようなやつじゃない、おそらく、無力化されちまった、今はウチの連中と睨み合ってるが、すぐに荒っぽい事になりそうだ、ピーニャ、あんたはその子を連れて、どこか安全な所へ」
「待ってください!」
大輔が言う。
「狙いが僕なら、これ以上のご迷惑はかけられません、僕が行きます!」
トルベリーナは大輔の頭に手を伸ばし、大輔の髪をくしゃくしゃにしながら頭を撫でる。
「良い子だね、でもダメ、アンタはまだ子供でアタシらは大人、それにアンタを拾って来たのもアタシ、だから最後まで面倒を見る義務がある……ゆっくりしてけとか言ったのに、ごめんね、ゴタゴタが片付いたら、また遊びにおいで」
そう言うとトルベリーナは大輔を抱きしめた。
「……ピーニャ、この子を頼んだよ!」
身を翻し、トルベリーナは玄関の方へ向かおうとする。
「待ってくれ!」
行こうとするトルベリーナを松凛が引き止めた。
「酒だ、酒が要る、万が一に備えて」
トルベリーナは手を顎に当て、軽く下唇を噛み、わずかの間、考え込む。
そして腰につけたキーホルダーから鍵を一つ外すと、松凛へと放ってよこした。
松凛を指差しながら、釘を刺すように言う。
「黒いボトルのクラセアスール・ウルトラは絶対にだめ!それからラドガのウオツカもだめ!それ以外だったら何を飲んでも良い、わかったね!」
「わかった!」
トルベリーナ邸の豪奢な玄関先では、屈強そうな男達が睨み合っていた、どちらも一触即発といった雰囲気だ。
門を抜けて玄関先まで押し入ってきた男たちは、だいたい三十名といったところだ。
いずれも刃物や棒状の武器を手にし、カタギではない雰囲気をまとっている。
その先頭に立つのは二人の女、どちらも東洋系だが、かたや長身で浅黒く、かたや小柄で色白と対照的なコンビだ。
「……めんどくせぇな、とっととやっちまおうぜ」
と浅黒く長身の女が言う。
「だーめですよ、雇われ仕事なんだから、できるだけ楽しないと」
と色白で小柄な女が応えた。
「日本の警察も馬鹿じゃねえ、もたついてると、じきにやってくんぜ」
「だーからなおさら、騒がず静かに事を進めないと……大丈夫、すぐに効きます」
睨み合っているトルベリーナの配下は十人程度だ、普段は警備保障の仕事に就いているだけの事はあり、いずれも屈強そうだが、手にしているのは警棒だけで、数的な不利は否めない。
睨み合いの中、玄関の扉が開き、トルベリーナが現れた。
「アタシがこの館の主人、マリア・アデラ・バウティスタ・ラミータだ、せめてあんたら二人だけでも名乗ったらどうだい?」
「これはどうも、お騒がせして申し訳ありません、私は張、こちらは相方の孫と申します」
トルベリーナはにべもなく言う。
「それで、その張三李四がなんの用だい?」
張も李も、中華圏では非常にありふれた姓だ。
張家の三男に李家の四男、すなわちこの場合は、相手をどこにでもいる有象無象のモブキャラ扱いしたことになる。
要するに、馬鹿にしたのだ。
浅黒い方の女・孫の顔に怒りの色が浮かぶ。
前に出ようとするのを色白の方の女・張が片手を挙げて制する。
張は笑顔を浮かべ、言った。
「こちらで、私共が探している男の子を保護していただいたという話を耳にいたししまして、それでお迎えに来たという次第です、つきましては、速やかにその子をお引渡しいただけたらと、もちろん、いくばくかのお礼を……」
トルベリーナが張の言葉を途中で遮り、言う。
「知らないね、おとといおいで、唔好再嚟喇」
張は大きくため息をつく。
張はポケットから懐中時計を取り出し、時間を確かめながら言った。
「やれやれ、仕方がないですねえ……うん、そろそろかな」
トルベリーナの背後に控えていた部下達が、声も立てずに次々と倒れ始めた。
「おー、さっすがの品揃え……」
トルベリーナから渡された鍵は、彼女の私室にある洋酒棚の鍵だった。
棚の見える場所に並んでいる酒もそれなりに高価そうな物ばかりだが、鍵の掛かっている扉を開くと、そこにはさらに高級そうなボトルが並んでいた。
「なんでお酒選びなんかしてるんですか?!この非常時に?!」
「おっ、クエルボのレゼルヴァ・デ・ラ・ファミリアのエクストラ・アネホがあるじゃん、これにしよっと」
松凛はいつの間にか身に着けていたバッグ――肩に斜め掛けするタイプのボディバッグに、酒のボトルをねじ込みながら言った。
「非常時だから要るの、まあ安い酒でも良いっちゃ良いんだけど、せっかくの機会だし……何に使うかは見てりゃ分かるから、詳しい説明は抜き、よし行こう!裏口からあんたを逃がすよ!」




