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007 第三騎士隊ヴェリデウス・バートン 1

 

 ◇ ◇ ◇



 ここ数年の間、王都は平和そのものだ。特に凶悪犯罪や組織的な犯罪も含め、目立った被害は聞かない。自分たちが把握していないだけで、水面下では何らかの動きがあるかもしれないが、現況は何も問題はない。

 いや、犯罪はないに越したことはない、とヴェリデウス・バートンは警戒を怠ることはせず、いつもの平和な城下町の様子に目を配る。

 今朝は夜中に王都の宝飾品店で盗難被害があり、うちの隊員が被害状況などの検分に当たっていた。犯人と被害総額およそ七百万ディルの盗品は未だに見つかっていない。


「今のところは何も問題はなさそうっスね、バートン隊長」

 部下のハンクス・ランジェットがへらりと気の抜けた顔で俺に話し掛ける。

「ハンクス! 民の前で気を抜くな」

「相変わらず隊長はお堅いっスね。それだから三十歳を目前にして恋人も婚約者もできないんっスよ」

「大きなお世話だ! それに俺はまだ二十六だ!」


 俺には過去に婚約者という存在が居るには居たが、元婚約者は伯爵家を継いだ俺の弟にあっさり乗り換えるような女だった。

 最近届いた弟からの手紙には、『二人目は男児が産まれたから、折を見て領地へ帰ってこい』と書かれていた。『忙しいから当分の間は帰れない』と返事を出しておいたが、本当はそれほど忙しい訳でもない。調整すれば休暇をとるのはそう難しくはなかった。

 〝婚約者に捨てられた〟という事実は、自分自身が思っているよりも深く心に傷を負っていたようで、未だに城下町の警ら中に元婚約者に似た風貌の女性を見つけると目だけが追ってしまう。

 婚約解消をされたのはもう何年も前だというのに───。


 ここ、セルディア王国の貴族家の家督は男児しか継げない。だからどこの家も子どもを複数人出産可能で健康な女性を娶りたいと願い、青田買いよろしく女性がまだ幼いうちから婚約して囲ってしまう。

 蝶よ花よと周りから大事に育てられた女性は、結婚適齢期には高慢ちきな令嬢に変貌を遂げてしまっている。ここまで来るともう修正は不可能だ。


「……ふん! 女はもう懲り懲りだ」

「ははあ、隊長は相当拗らせていますね。そもそも女性との出会いの場にも積極的に顔を出さないからっスよ」

「貴族の腹の探り合いなんぞ俺の性分に合わん!」

「だったら! 俺の馴染みの娼館(みせ)へ今晩にでもご一緒に───」


 ピィーーー! ピィーーー! ピィーーー! ピィーーー!


 城下町に三拍子ほどの長さの笛の音が鳴り響く。

「──応援要請だ!! 行くぞ、ハンクス!!」

「……っあ、はい!」

 笛の音がする方へ俺は走り出し、ほんの僅かに遅れてハンクスも俺の後を追いかける。

 街の警らに当たる時には二人一組を鉄則にして笛をひとつ持たせている。ひとりが笛を鳴らすことで二人で処理ができない事案が発生しているのだと近くを警ら中の他の隊員へ知らせ、克つ協力を求めるのが目的だ。

 笛の音は狭い裏通りから尚も聴こえる。まだ応援の隊員が駆けつけていないらしい。建物の角を曲がるとより一層笛の音が大きくなった。

「バートンだ!! 何があった!!」

 狭い路地で大声を出す。高いレンガ造りの建物の壁によって声が遮蔽され、反響してこの道の先へ届いているだろう。

「バートン隊長! それが……!」

「隊長!! 早く来てください!」

 笛の音が止み、同じ第三騎士隊の部下のスレン・クロノスとヒューゴ・ウォルナートの声が細い通路に響き渡る。二人の姿をやっと捉えるほど近づくと、異様な雰囲気に呑まれる。


「───な……何だこれは……!!」


 狭い通路の足元に数人の男たちが手は後ろ手に、手首足首を縄で拘束され地面に横たわっていた。

「意識のある者はいるか?」

 側に立っていたスレンに尋ねると「いいえ」と言い、首を横に振る。

「全部で七人か」

 護送するための馬車を手配し、陣頭指揮を執る。人手が足りないため続けて部下に笛を鳴らしてもらい、応援を呼んだ。

解決者(リゾルバー)、の仕業……でしょうか?」

「ああ、そうだな」

 拘束された縄の結び方を見て、断言とも取れる言い方をする。

「──この数ヶ月の間は、何の動きもなかったのにな」

 ぼそりと呟いたひと言をハンクスが拾い上げる。

「おや? 隊長も解決者(リゾルバー)が気になるっスか?」

「……本来なら騎士団がせねばならぬ仕事を解決者(リゾルバー)が担っているんだ。気にもなるだろう」

 護送用の馬車が近くに到着したと報告され、地面に転がっている男たちの足首の縄だけを外し、逃げられないよう、ひとりずつ連行しては馬車に乗せていった。



 *



「隊長ー! 調書取り終わりましたー」

 日暮れ頃、ハンクスが気怠(けだる)そうに第三騎士隊の執務室へ入るなり報告する。

「ハンクス! ノックぐらいしろ! ……ったく、お前は侯爵家の次男なら礼儀作法など身に付いているだろうに……」

 俺はハンクスを見て、ぐちぐちと文句を垂れる。

「隊長、うちの家令と同じことを言わなくても良くないっスか?」

「お、ま、え、な~! 言わせているのはお前だ!」

 恐ろしく低い声を出すことで怒りを抑えているのだと強調する。

 さらにハンクスの不遜な態度に日頃の鬱憤も相まって、俺の両手はハンクスの両頬を摘まみ上げ、外側へぐいぐいと強く引っ張る。

「痛い痛い痛い! バートン隊長勘弁してください!」

 俺たち二人のやりとりを見て、とある人物が応接セットの長ソファで長い脚を組み大笑いする。

「お前たちは相変わらず仲がいいんだな」

「オリバー……これのどこをどう見て仲がいいと言うんだ?」

 第一騎士隊隊長のオリバー・デルカモンドを前にしたハンクスは目を輝かせながら、

()はバートン隊長に愛されているんです」

 と、のたまう。

「ハンクスお前、オリバーと俺の前とじゃ随分と態度が違うじゃないか」

 呆れた口調で指摘してやると、

「それは嫉妬ですか? そもそもオリバー隊長をバートン隊長と同列で見る方が失礼ってなものっスからね!」

 と、顔を上気させ、意気揚々とハンクスは答えた。

 明らかに上司を貶める発言をするので、今度は両手で作った握り拳をハンクスの両耳の上で「コノヤロウ」と思いながら、グリグリゴリゴリと強く押しつける。

「イダダダ!! 何するんスか!?」

「これはだな、愛する部下への『()の鉄槌』だ」

「何が『愛の鉄槌』っスか! 滅茶苦茶恨み込めているのは分かっているっスよ!」

 俺は心の中で「チッ、バレてたか」と舌打ちする。


「──と、ところで、オリバー隊長が第三(ここ)へ来るのは珍しいっスね。何か変わったことでもあったんスか?」

 ハンクスは俺が拳でグリグリした箇所を手でさすりながら興味を覗かせる。

 オリバーは自身に水を向けられた途端、手に持っていたティーカップの中身をぐいと飲み干し、空になったカップをテーブルに戻すなり、話を切り出した。


「昨日、騎士団の入隊希望者の二次試験があったのは知っているだろう? 筆記問題で史上初の全問正解者が出た。驚くのはそれだけではない」


 オリバーがいうには、試験問題を作った者が同時に模範解答を記した用紙を作成し、それを元に他の試験管理官が採点を行ったのだが、その全問正解者の解答用紙は、問題作成者の模範解答よりもさらに懇切丁寧に書き記されていたらしい。


「……まさか、あの最後の五問を正解したのか……?」

「ああ、そのまさかだよ」

 オリバーの暗い顔から鋭い眼だけが光っているように見える。

「信じられないな。だが、カンニングをした訳ではないのだろう? 何にしろ、ひとりだけ全問正解だしな……最後の五問は王族のことを理解していないと解けない問題だ。その者は王族関係者なのか?」

 立ったままの俺は顎に手をやり、オリバーに訊きたいことを並べ立て、問いかける。


「平民だ」


「──は? はぁぁぁあ!? 平民だと!?」

 俺の驚きようにオリバーが面食らった顔をする。

「ヴェリデが驚くのも分かる。平民だとまず読み書きができない者が多いだろう。そこをクリアしてきている」

「オリバー隊長、発言してもよろしいっスか?」

 ハンクスが恐る恐る尋ねる。

「何だ? 発言を許可する」

「他国で廃嫡され追放された王族の可能性はありませんか?」

「……なるほど、無きにしも(あら)ずだな」

 ハンクスにしてはいい着眼点を持っているな、と俺も感心する。


「その平民はダラス辺境領の私設騎士団が出自とのことだ」

 オリバーが当該の受験者が記入した身上書に目を落としながら読み上げる。

「名はルシウス・ウェグナー。辺境領出身であるなら先ほどハンクスが言った『他国の王族』の可能性も充分ある」

「ダラス辺境領……隣国キザス皇国との国境か」

「もしも隣国出身の者であるなら、角が立たないよう不合格にできないか? ヴェリデたちの知恵を貸して欲しい」


 (……そういうことか)

 オリバーがわざわざ第三(ここ)へ出向いた真意を知り、合点がいく。

 平民とはいえ、扱い難い厄介な奴が王国騎士団に入隊を希望してきたものだ、と心の中で悪態をついた。

 ルシウス・ウェグナー、か───。



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