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006 ダラス辺境領私設騎士団の洗礼

 

 〝至高(シュプリーム)〟の魔法使いの腕輪(リング)を装着したまま領主館の門扉前まで戻った私は、私設騎士団の面々から武器を向けられ、取り囲まれる事態になることを想定して、腕輪を外して玄関扉から領主館へ入った。

 声が低音になる薬を買いに出掛けたけれど、あまりにも高額だったので薬を買わなかったとローズ姉様に報告する。


「三十日分で十二万ディルと言われたのよ? そんな大金を毎月投じるなら街道の整備や辺境領の商店街づくりに寄与するわ!」

「まあ……!」

 ローズ姉様はくすくすと朗らかに笑う。


 ローズ姉様の部屋でローズ姉様と侍女のヴィラの二人に、改めてレアリーニの店で起こった事のあらましを掻い摘まんで説明する。その上で、薬ではなく『本来の性別と逆に見える腕輪』を購入したと言って、実際に腕輪を装着した状態の外見をローズ姉様とヴィラに見てもらった。


「どう? ローズ姉様から見て私は男性に見えるかしら?」


 ローズ姉様が頬を染め、ぽーっと惚けて私を見る。

「……姉様?」

 堪らず声を掛けるとローズ姉様は私の声にハッとし、私に抱きついた。

「ローズ姉様!?」

「ルナリア! あなたがもしも私の弟に生まれていたら、こんなにも異性を惑わす綺麗なお顔の殿方になっていたのね……!! お父様やお兄様に似なくて、ほんっっっとうに良かったわ!!」

 ローズ姉様は私から離れると、ハンカチで目元を押さえる。どうやら私が男になると、姉様の溺愛モードスイッチを入れてしまうらしいことが判明した。

 確かに、ローズ姉様の言う通り、お父様とお兄様は騎士家系のデルカモンド侯爵家の遺伝とも云うべき雄々しく精悍な顔立ちを継承している。それは、デルカモンド侯爵領の本邸に飾られた代々の当主の肖像画を見れば一目瞭然だった。


(お母様は無骨なお父様の一体どこが良かったのかしら?)


 ルナリアは両親の若い頃のロマンス話を聞いたことはない。物心がついた頃には『どうしてこんなに美人なお母様と粗暴で獣のようなお父様が結婚したの?』と漠然とした考えはいつも頭の片隅にあった。

 絵本であるような両親の素敵なお話がいつか聞けるかもしれないと思っていたけれど、ローズ姉様の結婚直後にお母様は体調を崩し、療養のため領地の本邸で暮らすようになり、家族と離れて久しい。


(もう私は王都の別邸に住む必要はなくなったのだもの。今度、私からお母様に会いに行こう!)

 私は決意を固める。


 ふと、もうひとりの人物の動きがないことに気づき、部屋を見渡すとヴィラは片手で顔を押さえ、肩を震わせ俯いていた。

「ヴィラ……?」

「……ルナリア様、今後はあなた様のことを〝神様〟とお呼びしても、よろしいでしょうか?」

「……はい?」

「分かるわ、ヴィラ!」

 ローズ姉様が拳を握りしめ、鼻息を荒くしてヴィラに同意する。

 顔を上げたヴィラが、顔を覆っていた手を下ろした途端に片方の鼻の穴から鼻血がたらりと流れ滴る。そして、ヴィラは熱のこもった瞳でうっとりと私を見つめ、「カミオシ……」と呟いた。

「…………!?」

 私は視界の端に腕輪が目に入ると、慌てて左手首から腕輪を外した。

 ハッと我に返ったヴィラは顔面蒼白になり、私に平身低頭で謝辞を述べる。

「───ルナリア様!! し、ししし失礼を致しました!! 大変な無礼を……!!」

「大丈夫よ、ヴィラ。腕輪の効果を確かめたかっただけだから」

 ───本当は心の中では全くもって大丈夫とは言えない。

 必死に平静を装うも、私の中で酷く動揺している。


 ヴィラが私を〝神様〟と崇拝しだすとか、どれだけこの腕輪の魔石に込められた魔法は強力なの……!?

 〝至高〟と云われる魔法使いレアリーニの魔力の高さが証明されてしまった訳だけれど。



 *



 その日の午後、クレイブ義兄様がこの城砦(じょうさい)内の修練場を案内してくれた。


「───今日から国境警備として、我がダラス辺境領の私設騎士団に入ったルシウスだ! 皆、仲良くしてやってくれ」

 クレイブ義兄様の案で、腕輪を装着している時の私は()()()()と偽名を名乗ることになった。

 三十名程の団員が集まる前で、クレイブ義兄様が団員たちに向けて私を紹介する。


「団長! そんな顔だけのナヨナヨした奴、女を引っ掛ける以外に戦場で役に立つのか!?」

 二人分の体格程の図体の男が野次を飛ばすと、その男の周りの者たちからも、どっと笑いが沸き起こる。

 クレイブ義兄様は野次を飛ばした団員を冷徹な眼差しで見据え腕を組み、同調することなく「ルシウスと手合わせしてみろ」と言い放った。

 修練場にはこれまで以上の爆笑が起こり、大盛り上がりになる。

「そんな細腕の軟弱そうな兄ちゃんが!」

「ダフネさんの相手にもならねえや!」

「身の程知らずにも程がある!」

 団員たちは揃って私を嘲笑する。

「ルシウス、お前の剣技を見せてやれ」

 私を馬鹿にした笑いが絶えない中、クレイブ義兄様は私を見て口角を上げる。私は無言で頷いた。

 胴体に借りた防具を着け、訓練用の剣を携える。剣の刃と先端は怪我をしないように潰されていたが、それでも怪我をしないとも限らない。

 床に円形で描かれた枠内の中央付近の開始線まで移動し、最初に私に対して野次を飛ばしたダフネとかいう大男と対峙する。

「逃げるなら今のうちでちゅよ~」

 ダフネの物言いに他の団員も私を見くびって(そし)り合う。今、この場で私の味方なのはクレイブ義兄様だけだ。


(───いや、クレイブ義兄様の納得する技量を見せられなければ私の味方は誰ひとりとしていないということになる)


 目の前のダフネがガハハと下品な笑い声で私を品定めでもするかのように、意地悪い顔つきをする。

「その綺麗な顔に箔がつくように傷つけてやんよ」

 ダフネの言葉に、ぞわりと身体が拒否反応を示す。


「両者ともに構えて……始め!!」

 クレイブ義兄様が模擬戦の開始の合図を掛ける。相手の出方を見るために、私は剣を構えて防御の型をとる。

「こっちから行くぜ! 色男!」

 言うが早いか、ダフネが開始線から飛び出した。

 大きな図体の割にはダフネの動きは俊敏で、大股の三歩で私の射程距離に入ると、右手に持った剣を大きく振り降ろす。私は二歩後退してダフネの大振りを避け、体勢を整えた。ダフネは振り降ろした剣を引き上げ、私の左側を狙いに来る。それを身体の前で構えた剣で凌ぐ。

 ガッ……ギイイン!!

 ダフネの剣をこの時に初めて受ける。巨漢なダフネの体重を載せた剣は確かに重い。大見得を切るだけはある。じりじりと少しずつ押しやられ、剣を持つ手が痺れる。ダフネの剣を振り払い、こちらからも攻撃を仕掛ける。


(分かっていたが、やはり力では押し負ける! だが……)


「はーーーーーっ!!」

 ギィィン!!

 幾度もダフネと斬り結ぶ。

 試合を観ていた者たちは、いつの間にか私に野次を飛ばすことも忘れ、体格差のある私とダフネの対戦を黙って見守っていた。

 修練場内はダフネの荒い息遣いと斬り結ぶ鋼の接する音だけが静寂の中に響く。

 決着がつかないまま、かれこれ十分近く経とうとしている。ダフネの巨漢はどうやら長時間の戦闘には耐えられないのか、足元が覚束なくなってきている。

「──ちょこまかと……!」

 ダフネが剣を大きく振り被った瞬間、胴体が無防備になる。

 咄嗟にダフネの利き足の靴を思いきり踏み、剣の柄頭でダフネの腹部を力の限り突き入れた。

 私に利き足を踏まれ動きを制限されたダフネの握っていた得物は手から離れ、背中から後ろに向けて巨体が地面に沈む。

 ───ダアン!! ガラン……


 ダフネから僅かに遅れて得物が地面に転がる。

 一瞬の静寂の後、火がついたかのようにどよめきが沸き起こった。

「や……やりやがった……」

「あの細っこい(あん)ちゃんが……」


「──そこまで! この勝負、ルシウスの勝利だ」

 クレイブ義兄様が終了の声を掛ける。

 荒い息遣いのダフネは身体を大の字にしたまま、何もない真上の空だけを見続ける。

「……空が、青い」

 負けたというのに、ダフネは微かに笑みを浮かべる。まるでルシウスに負けたことで何かが吹っ切れたかのように───。


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