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004 ダラス辺境伯家にて

 

 ◇ ◇ ◇



 馬車一台が通るだけしかない幅の山道をひたすら愛馬で駆け抜けて、ようやく目的のダラス辺境伯家の砦とも云える歴史を感じさせる、ひと際大きな洋館が目に飛び込んできた。

 日没までには何とか間に合い、ルナリアは胸をすかせる。

 山道で日暮れを迎えると、誤って崖から転落する恐れがあったからだ。

 喜び勇んでダラス辺境伯家の門を潜り、悠々と屋敷の玄関口までの手入れの行き届いた見事な庭を愛馬で闊歩する。

 庭に居たこの家の使用人がルナリアに気づき、早打ちの者なのかと問う。

 ルナリアは「突然訪問したので先触れは出していない」と詫びた。そして、ローズマリーの実の妹であると明かし、面会を依頼する。

 使用人はルナリアに玄関ポーチで待つように言い、ルナリアの馬を預かってくれた。

 次に玄関扉が開き、黒服の執事がルナリアの出で立ちに驚きと畏怖の混じった叫声を上げると、一時たくさんの執事や侍従が「何事か、襲撃か」と玄関ホールに私設騎士団たちも駆けつけ大騒ぎとなった。

 騒ぎを聞きつけて当代のダラス辺境伯やローズマリー夫妻も玄関ホールに顔を出した。


 ルナリアと同じ金色の髪をアップに整えたローズマリーが、ルナリアがこのダラス辺境領に居るということに驚愕する。

「──え? ……ちょ、ルナリア!? あなたルナリアなの!?」

「あっ! ローズ姉様!」

 やっと見知った顔を見つけて、ルナリアは安堵の溜め息を漏らす。そして外套のフードを脱いだ。

「きゃあああ!! その短い髪は何っ!? 何でそんなに血だらけ!!? 怪我でもしているのっ!? 王子殿下の婚約者なのにお供は……っ!?」

 ローズマリーが一気に捲し立て、話し終わるのを待ってから、ルナリアは一呼吸する。

「お供なんていないわ」

「え?」

「第二王子と婚約破棄したら実家のお兄様から出ていけと言われたので鞄ひとつで家出してきたの。暫くこちらでご厄介になるわ、ローズ姉様」

 王子妃教育で培った常に絶やさないルナリアの淑女の微笑みは、血に塗れていた───。

 あまりの情報量の多さに脳の処理が追い付かず失神したローズマリーは、背中から後ろへ卒倒してしまった。

「ローズマリー!!」「「ローズマリー様!?」」



 *



 湯浴みから出てきたルナリアは、ローズマリーから借りたドレスで夕食の席に着いた。

「もう大丈夫ですか? ローズ姉様」

「ええ……ルナリアの様子に少々──いえ、大いに驚いてしまっただけよ」

 ルナリアが湯浴みをしている間に意識をとり戻したローズマリーは片手で額を押さえ、俯きがちに弱々しく答える。


「一体何があったのか、僕たちに話してくれるかい?」

 ダラス辺境伯次期当主であるローズマリーの夫のクレイブは、ルナリアを見つめながら穏やかに問いかけた。ローズマリーの前では静かに微笑むこの人物は、父親の辺境伯同様に猛将として、この国の武の覚えのある者たちから恐れられる冷血漢らしいのだが。

 ルナリアは慎重に言葉を選んで、まずはここへやって来た理由を話し始める。

「──実は、前々から第二王子(あの朴念仁)には腹に据えかねることが多かったのですが、今度ばかりはもう、私の情は枯れ果ててしまいました。国王陛下にも婚約破棄を願い出て、王都の別邸に帰ったところ、兄から殿下と婚約破棄をするなら侯爵家を出ていけと言われ、そのままこちらへ来た次第です」

 ローズマリーとクレイブは黙って聞いていた。

「ルナリアあなた、さっきまでのあの血塗れの様相は、一体……?」

「ああ、あれはここへ来る途中に賊に襲われまして──」

「ええっ!?」

 ルナリアはしれっと何でもなかったかのように言ったが、ローズマリーは顔を青くして驚愕したまま椅子から立ち上がる。

「ルナリア! あなたは淑女なのよ!?」

「姉様、私は侯爵家から追い出された時点で淑女ではなくなったのです」

 ローズマリーに向けて毅然と返答して、ふふ、と微笑む。

 二人の様子を見て、クレイブがとあることを切り出した。

「──実は先ほど、近くの峠で盗賊四名が自警団に引き渡されたそうだ。捕えた者は名乗らずに血塗れで我がダラス辺境領の方角へ馬で立ち去ったと──」

 ルナリアはクレイブから意図的に目を逸らしていた。クレイブはそんな義妹の様子に、ふっ、と鼻を鳴らす。


「ローズマリー、お前の妹は随分と跳ねっ返りなのだな……!」

 くっくっくと愉快に笑うクレイブに、ローズマリーは「ええ、本当に!」と語気を強調して同意する。

 二人の様子にルナリアはクスリ、と微笑む。そっと椅子から立ち上がり、「暫く、お世話になります」と二人に頭を下げた。

 ローズマリーとクレイブは顔を見合わせる。

「クレイブ、ルナリアを暫くこのお屋敷に置いてあげてもいいかしら?」

「……盗賊の一味をひとりで伸せるほど剣の腕が立つのだろう? うちの私設騎士団のいい練習相手になってくれるようだな」

 クレイブはルナリアを見て、にやりと口角を上げる。ルナリアも負けじと含みを持たせた笑みを浮かべ、口角を上げた。

「ありがとうございます! クレイブ義兄様」



 ◇ ◇ ◇



 ルナリアがダラス辺境領へ来て翌日のこと。それは、ローズマリーの言葉が端を発する。


「ルナリアあなた、騎士として剣を振るうなら女騎士ではなく、どうせなら男に見える様相に変えない? 男社会では女なんて軽く見られがちよ! 幸いにもあなたは男性並みに上背はあるし!」


 それもそうだ、とルナリアはローズマリーの言葉に一も二もなく同意する。

 貴族令嬢でもなくなった自分は、平民の女となれば立場が著しく底辺でしかない。女というだけで侮辱、蔑みの対象であるのなら、騎士職も男である方が有利に決まっている。


「ルナリアは長い間、前髪と後ろ髪が同じ長さだったから、この際、前髪を作らない? ねえ、そうしましょう! ヴィラもそう思うわよね?」

 ローズマリーの提案を元に、侍女のヴィラが私の髪を綺麗に鋏で切り揃えていく。前髪は横一線にならないよう、極めて自然に見えるように鋏を巧みに操るヴィラにルナリアは舌を巻いた。

「素晴らしいわ、ヴィラ! これほどの腕前なら自分のお店が持てるのではないかしら?」

「畏れ多いことでございますわ。でも、そう言って頂けるのでしたら、素直にお受け取り致します。ふふ」

 目の前の鏡に映るルナリアの前髪は、右側から左へ流され、左目が僅かに隠れるように整えられている。


(ヴィラってば天才だわ……! 髪型ひとつで女の私から見ても自分が男のように見えるなんて!)


 ローズマリーが顎に手を当て、眉根を寄せる。

「後は……そうね、胸は(さらし)で抑え……る必要あるかしら?」

 姉であるローズマリーの視線は、ほぼ真っ平らと言っても過言ではない私の胸に注がれる。

「……ローズ姉様、私は成長がとても遅いだけです」

 ローズマリーの豊かな胸を見ながら悔し紛れに言う。

「その次は、女性らしいルナリアの高い声を男性らしく低くしましょう」

「声を低く? どうやって?」

「あら、ルナリアはこの国の〝三傑士〟はご存知?」

「〝三傑士〟?」


 誰が最初に言い出したのかは分からない。

 その剣技の前ではどんな相手も赤子にも等しいとされる剣士〝剣聖(ソーディア)〟。

 あらゆる難事件も真の犯人を捕らえ、解決に導く密偵〝解決者(リゾルバー)〟。

 そして〝三傑士〟のひとり〝至高(シュプリーム)〟──この世に作れない薬など皆無と云われる、この国最高峰の魔法使いであり薬師──らしい。


「……ええ、噂だけは存じております」

「実は私がクレイブと婚約してこの辺境で暮らし始めた頃に〝至高(シュプリーム)〟もこの辺境の地を住まいに定めたのよ」


 そうして私は、ローズ姉様に〝至高(シュプリーム)〟の大まかな住まいの場所だけを教えてもらい、ひとりで歩いてやって来た。


『ルナリア、〝至高(シュプリーム)〟に会うには資格が要るのよ。〝至高(シュプリーム)〟は気に入った相手(、、、、、、、)にしか薬を売ってくれないの』


 資格──?

 それがどういったものなのかは分からないという。

 脇に差した剣に時折手を触れながら、慎重にダラス辺境領の街道をひたすら歩くしかなかった。


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