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003 第二王子との婚約と破棄

 

 ◇ ◇ ◇



 ルナリアが王都のデルカモンド侯爵家を出立してから四刻近くが過ぎた頃、鬱蒼と木々が生い茂る険しい山道に差し掛かった。

 地形の複雑さから、以前にこの付近で盗賊に襲われたという話を聞いている。警戒は充分にしていた、はずだった──。


 行く手を三頭の騎馬に阻まれ、後ろからも一頭の盗賊らしき仲間に挟み撃ちにされてしまっている。

「痛い目に遭いたくなければ金目のものを置いていきな!」

 全員がニヤニヤと舐めるような視線をルナリアの外套越しに向ける。

(ああ……女だと金目のものだけでなく、純潔まで奪われるのね……なんて下劣な……!)

 はっきり言って、騎馬戦は場数はおろか、練習も無いに等しくあまり自信がない。地上戦の方が幾らか勝機がある。

 手綱をぐっと握り締め、意を決して馬から飛び降りた。そのまま路傍の木々の木立の間を走り抜ける。

「──待て! 逃がすな!! 追えーー!!」


 ハッと一瞬、後ろを振り返ると四人の盗賊は私と同じように馬を乗り捨て、後を追いかけてきた。足元は散り積もった落ち葉で所々に伸びた木の根が埋もれ、躓いて転ぶ危険が孕む。


 木々の隙間を縫って逃げるうちに、木と木の間隔が広い間伐区域まで来てしまった。

(……よし! ここなら……!)

 後ろを振り返り、盗賊たちを待ち構え、先頭のひとりが間合いに入ったところで鞘から抜剣する──。


 ── 一閃!!


 鮮血が飛び散り、返り血を浴びる。

「ひぃ……っ!」

 先頭の者が私の薙ぎ払いを胸に受けて尻餅をついたことで、後の三人がたじろぎ、足を止めた。

「……ひ、怯むな!! 相手はたったひとりだ!!」

 最後尾に居るのがどうやら親玉らしい。

 手下の二人と対峙し、じりじりと距離を詰める。

 こちらから一気に駆けて接近する。

「うおおおおお!!」

「──っな……! 速いっ!」

 相手の間合いの懐に入ると、電光石火の如く剣を弾き飛ばす。弾いた剣は後方の親玉の寸分違わぬ地面に突き刺さった。

 もうひとりの手下が油断している隙を突いて間合いに入ると、素早く足元を蹴り上げる。相手はぐらりとバランスを崩し、身体が地面に転がった瞬間に、男が持っていた剣を取り上げた。その剣を、私はわざと上から思い切り振り下ろし、地面に張りつけるかのように男の右手に突き立てた。

「──ぎゃあぁぁぁあ……!!」

 鮮血が飛び散る。

 断末魔とでもいうような叫声が轟く。

 真後ろに、私が剣を弾き飛ばしたことで得物を持たない男が忍び寄ってきたことに気づき、威嚇で剣を振り下ろす。剣を持ち変えると柄頭(つかがしら)で相手の胸部の急所を強打する。瞬間、男は呻き声を上げ、背中からばたりと倒れた。

 鞘に剣を収める。



『殺らなければ、己が殺られる』


 ───師の教えに従ったまでだ。


 危険を察知して逃げ仰せようとした親玉の男の元へ駆けつける。男は案の定、木の根に足を取られ地面に転がり泥だらけになっていたところを捕まえ、持っていた縄で男の手足首を後ろ手に拘束し、大きな木の根元に転がしておいた。

 両手に付いた土汚れをパンパンと叩いて払う。

 木の根で転ばないよう足元に気をつけて悠然とその場から立ち去り、愛馬の待つ道まで戻った。

 愛馬の元へ戻ると、五頭の馬が放逐された状態のために道が通行できず、二台の馬車を立ち往生させてしまっている。馬車のうちの一台に、この地域の自警団か王国騎士団を呼ぶように依頼し、馬車を護衛していた騎士がその任務を受けて、単騎で駆けていった。



 半刻も経たず馬車を護衛していた騎士が地元の自警団を連れて現場に戻り、斯くして盗賊四名の身柄を引き渡すに至った。

「いやあ、お手柄です! この近くの村も被害に遭ってなかなかしっぽが掴めなかったものですから!」

 詰所で詳しくお話をお聞かせ頂いて褒賞を、と言い出されたので丁重にお断りし、

「先を急ぎますから!」と愛馬に乗って、その場から逃げるように離れた。

 暫く川の流れに沿った渓谷を駆け抜ける。

 日没が近づいている。

 目的地であるダラス辺境領へは入領したが、目指しているのは国境の城砦(じょうさい)にほど近い領主館である。

(日暮れまでには領主館に辿り着きたい……!!)

 ルナリアは気ばかりが焦ってしまっていた。



 *



 ルナリアの二番目の姉であるローズマリーがダラス辺境伯家の長男に嫁いだのは、今からおよそ六年前になる。

 家同士の政略結婚であったが、初見でお互いを好ましく思い、後に恋愛感情が芽生えたのだと姉本人に聞いてから、ルナリアは幼い頃から想いを寄せる幼馴染み──ローレンス・フロンターレといつかは結婚したいと夢見るようになった。

 しかし、運命とは時に残酷である。


 ローズマリーが嫁いでいった頃と時を同じくして、ルナリアは王宮で開かれた同じ年頃の子女だけを集められたお茶会で第二王子であるエリクフォードに見初められ、両親の勧めもありトントン拍子にエリクフォードの婚約者に内定した。それはルナリアが十二歳の時のこと。

 王族の婚約者になるにあたり、待っていたのは王子妃教育である。

 ルナリアは元々、侯爵令嬢としての嗜みや振る舞い、礼儀作法は問題なく備わっていたが、王族に嫁ぐともなると訳が違う。

 この国の淑女のお手本になるべく振る舞えと、エリクフォードから圧力を掛けられる。

 それに加え、王家の歴史、隣国や周辺各国の言語の習得、各国からの来賓の顔と名前と嗜好品、特産品などを覚え、自国の紹介も出来るように各所領の特産物を把握することも必要となった。

 更には王妃様とのお茶の時間を設けられたり、孤児院や教会併設の救貧院への慰問。何故か帝王学まで叩きこまれた。毎日の王宮通い、その中でエリクフォードと顔を合わせることは殆どと言ってもいいほど無いに等しかった。

 では、その間、彼は一体何をしていたのか──?

 国のために政務をこなしていた?

 勉学に勤しんでいた?

 体力をつけるべく鍛練に取り組んでいた?


 ───否。


 〝運命の番〟だという恋人を市井(しせい)で見つけたらしく、恋人とお忍びでの城下町視察や観劇、他家が主催するお茶会やガーデンパーティーへはその恋人のエスコートに徹していたと、かなりの時間が経ってから耳にした。

 私の顔を知らない者たちが、ガーデンパーティーでエリクフォードとともに現れた恋人を婚約者である私だと思ったのだという。しかし、王子殿下の婚約者にしては非常識さが目立ち、令嬢たちから蔑まれる始末。

 例えば、挨拶は上位貴族から名乗ることを知らず、エリクフォードよりも先に名乗ってしまったと。まずは王族のエリクフォードに紹介して貰ってからが原則なのに、だ。

 その後の会話で、相手の話に割り込んだり、自分の話にすり替えたり、異性へのボディータッチもあったのだと噂で聞き及んでいる。


 エリクフォードは私に責任を擦りつけようとしたものの、出席もしていない、ましてや恋人の存在を知らない私に当て擦るのは愚策と判断して、恋人を華やかな場に連れていくことを諦めたらしい。

 まったく以て愚かとしか言いようがない。

 しかしながら、エリクフォードの思惑どおりに私は一部の貴族から〝貴族教育すら満足に受けていない侯爵令嬢が第二王子の婚約者〟だとして侮られ批判を浴びせられ続けたようである。

 時折エリクフォードが私に王宮へ宿泊していくようにと強制した。そのような日は翌日までメイドに見張られながら部屋から出してもらえず軟禁されたのは、彼なりに私を護ってくれているのだと思うようになった。

 実はそれが、彼の女好きを助長させていただけだったと知るまでは……。


 その後、〝運命の番〟とロマンス劇のようにお別れした悲劇の主人公のエリクフォードは、私という婚約者がいたことを思い出し、私にまとわりつくようになった。しかしながら、

「長年リアを放置しておいて何を今更!」

と実兄のジルフォード王太子殿下から特大の釘を刺されたようだと城のメイドに教えてもらった。

 当時、ジルフォード──ジルは私の風避け然り、壁になってくれていた。


 ある時、人払いをしたジルの執務室に呼ばれ、家族以外の、異性として初めてジルにぎゅうと抱きしめられ、甘言を囁かれた。

愚弟(アレ)はもう駄目だ。リア、私と結婚しよう。私はリアに寂しい思いをさせたりなどしない」

 単純にジルからの気持ちは涙が出るくらいに、とても嬉しかった。そのまま、うん、と頷いてしまいそうになるほどに。

 

(ジルが私の婚約者だったら良かったのに……)


 何度そう思ったか。だけど、ジルには婚約中の他国の王女がいる。輿入りされるのも間近だった。

 大丈夫、とジルの胸を押し返し、その時は強がりを言ったけれど、ジルの言葉だけを心の支えにして王宮で頑張ってきた。


 けれども、エリクフォード(あの大馬鹿野郎)に改善の兆しは見られない。そして、

『お前はそんなに俺をコケにしたいのか』の発言。

 私、こんな人のために帝王学まで学ばされたの──?


 ──ああ……国王として、ジルの補佐役としても色々足りないあの人に代わって、私があの人の影武者になれということ───。


 ただの王子妃なのに帝王学の必要性を理解した私は、僅かに残っていた情も、この瞬間にすべて砕け散った。

 後には何も残らない。

 私はその日のうちに国王陛下へエリクフォードとの婚約破棄を願い出た。


(厄介者を押し付けられるのだけは御免被りたいわ……!)


 尊敬出来ない相手と一生を添い遂げる(棒に振る)覚悟は私にはなかった。


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