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027 初めての護衛任務 6

 

 黒褐色の魔物は、突然上空を目指して銅体を持ち上げた。そして、高い位置から〝帰還の森〟を見下ろしている。

(まさか、私を……探しているの……?)

 味わったことのない恐怖を実感する。自分の存在ごと跡形もなく食べ尽くされるのではないか、と───。

 背筋を何かが走り抜けていった気がして、ぞくりとする。

 ダラス辺境に居た頃は、私の危険を察知したレアリーニがすぐに助けに来てくれた。でもここは、ダラス辺境ではなく王都だ。

「でかいムカデ……あれは変異種……? 確か、ムカデは頭部の顎に毒があるのだったか」

 ムカデの頭の位置を確認する。

(奴の興味を遠方に引き付けて、尾側から攻撃ができないだろうか……)

 背伸びして届く葉つきの枝を剣で切り落とし、遠方へ投げ込んだ。枝は地面の落ち葉と混じり、バサッと大きな音を立ててほぼ狙いどおりの位置に落下した。直後、ムカデの頭が瞬時に枝の落ちた地点に向けて視線を固定させると、獲物に食いつくが如く上空の高い位置から飛び出していき、激震とともに地面に激突していった。

(っ……速い! あんなに大きな体で、なんて素早い動き……!)

 ムカデは捕食した枝が生き物ではないと知ると、すぐに吐き出した。そしてゆっくりと頭をもたげ、周囲から獲物の気配を探ろうと、じっとしたまま静止する。

(……今だ!)

 ムカデの尾が私の居る場所から最短とも思える距離にあった。〝身体強化〟で脚力を底上げし、奴の尾の傍に行くと躊躇うことなく尾の部分を剣でぶった斬る。

 一瞬の油断だった。

 尾を斬られたムカデが残された胴体の部分で私の足元を攫っていく。

「っ……!!」

 バランスを崩した私はその場で尻餅をつき、咄嗟に左腕で受け身をとった。

(───しまった……っ!)

 ムカデの頭が私に向かって襲いかかる。

 先ほど奴に捕食されたダークサーベルのように、私も捕食されるのだと頭の中で想像が働き、身を強ばらせた。

(く……!)

 私は死を覚悟し、ぎゅっと目を(つむ)った。

 ───しかし、ムカデの顎肢が私の身体に刺さったという痛覚が起こらない。


(──あれ?)


 そうっと目を開けると、直前にまで接近した巨大なムカデが私の姿を捉えたまま動作を封じられているのか、微動だに出来ないように見えた。


「早くそいつを仕留めろ、ルナリア」


(この声……!)

 声がする方へさっと顔を向ける。

 深い森の濃い緑の中で、明るい朱の色が緩やかに波打つ長い髪が明瞭なコントラストを生んでいる。その人物が、すぐ傍の木の枝の上に立っていた───。

「……レアリーニ!」

「早くしろ!」

 無言で頷き、素早く立ち上がると鞘から剣を抜いた。

 攻撃をされる心配もなしに、標的が止まっているのは有難い。

 ムカデの傍まで瞬時に駆け寄ると、胴体と頭部の二ヶ所に対してスパッと水平に斬った。どろりとした体液が四方に飛び散る。

 途端にレアリーニの魔法が解除され、三等分に分かれた黒褐色の巨体がドスン、ドスンと地面にめり込む。暫くは無数の足が規則性もなしに、じたばたと足掻いていたが、次第に動きが鈍化し、遂には何ひとつ動かなくなった。

 ムカデの絶命を確認し〝身体強化〟を解除する。

「レアリーニ、どうしてここへ……?」

 刃に付いたムカデの体液を地面に振り落とし、剣を鞘に収めながらレアリーニに訊ねた。

「たまにお前の様子を覗き見しているからな」

「……なっ!? 覗き見!?」

「これでもお前の身を案じているのだ。その腕輪(リング)も壊れたようだしな」

「え……?」

 レアリーニに指摘され、左手首の腕輪(リング)を見ると魔石にヒビが入っていた。

「それくらい、あとで直してやる。もう一体仕留めてからな」

「もう一体?」


 ズズズズズ……

 ドオォォォーン……!


 立っている地面が大きく揺れたかと思えば、新たなムカデの魔物が地中から飛び出し、周辺の木々を薙ぎ倒しながら遥か高い上空へ登っていった。

 立っていた地面が突如、盛り上がったかと思えば大きく陥没した。

「うわっ!」

 〝身体強化〟で脚力を上げて陥没していない地面に高跳びして逃げ、レアリーニの隣の木の枝の上に跳び移り〝身体強化〟を解除した。

 先ほど倒したムカデは黒に近い色をしていたが、二体目は赤黒い色をしている。一体目と同じく、巨体を上空から見下ろして、動くものを捕らえる〝狩り〟の方法が用いられる。


「ルナリア、そいつは(つがい)だ」

(つがい)!?」

「そうだ。相方の体液の匂いで土の中から出てきたのさ。ところでお前、せっかく授かった聖力を何故使わんのだ?」

「聖力? あ……」

 私自身、聖力が使えることをすっかり忘れていた。

 ダラス辺境はレアリーニが結界を張ってくれているから魔物の討伐なんて殆ど必要が無くなったし、あれから災害級の被害がないので平和そのものだったのだ。

「わ、私が聖力を持ってることは内緒なの!」

「なら今使え。今なら私以外には周りに居ないだろう?」


 遠くから「おーい!」と呼ぶ数名の声が聴こえる。

「え? 誰が来たの?」

「ルナリア、女の姿のお前は見られても問題ないのか?」

「大いに問題ありよ! 私は王国騎士のルシウス・ウェグナーなんだから!」

 私の声を察知してムカデが私の上空から襲い掛かる。

 〝身体強化〟で脚力を上げ、レアリーニの居る木の別の枝に跳び移り、難を逃れた。同時に、私が先ほどまで立っていた枝は、ムカデとともに激しい轟音を立てながら地面の奥深くに潜って消えた。

「……間一髪」

「何が『間一髪』だ! 声が大きい! アレは目がない代わりに空気の振動で位置を読んでいるんだ」


「ルシウスー!」


 私の捜索に来た一行の姿が朧気(おぼろげ)に見えてくる。

 さっと顔色を変え、一も二もなく私はありったけの声で「来るなーーー!!」と一行に向かって叫び、地面に飛び降りた。

「……この馬鹿! アレがくるぞ」

 枝の上からレアリーニが悪態をつく。

「迎え撃つしかないでしょう? このままだと被害者が出るわ!」

 私を捜索に来た一行から離れるように、反対方向の森の奥に向かって走り出す。

 奴はすぐに勘づいた。

 突如として、走っている私の目の前の地面が陥没し、周りの木々とともに呑み込まれる。

「……あっ!」

 地中の奥深くで、赤黒い大きなムカデが私を捕食しようと口を開けていた。

「食べられて……堪るかーーっ!」

 鞘からすらりと剣を抜き、落下の速度を借りて真っ向から斬りつけた。

 ガッ……ギィィィン!!

「硬……!」

 ムカデの頭部の甲殻に刃が刺さった途端、ビリビリと両手が痺れた。でも、剣から手を放すことは出来ない。

 ピシピシピシッという嫌な音が振動となって伝わる。

 頭頂部から口まで奴を縦半分に斬り割いたが、顎のところで刃がめり込んだまま、落下の勢いは途絶えてしまった。

 しかし、尚もムカデは動き続ける。

(コイツ……何故まだ生きながらえているんだ!?)

 焦る私の隙をつき、ムカデは余力を使って頭をぶんぶんと振り回し、私を落とそうとする。そのやりとりも、私が握っていた剣の刃が根元からバキッと折れた瞬間に片がつき、空中へ放り投げられてしまった。

(──しま……っ!)

 その瞬間、ムカデの尾に勢いよく(はた)かれ、私は一気に地上へ弾き飛ばされると、背中から地面に(たた)き落とされた。

「う゛あああ!!」

 刃が折れた柄を握ったままの私は無力で、起き上がることもままならず、為す術もなかった。


「ルナリア!」

 誰かが私の名を呼んだ。

(……ああ、そうか……これはレアリーニね……)

「リア、リア!」

(……おかしいな……レアリーニじゃない……これは、誰……?)

 背中に受けた衝撃と激痛で、どうやら意識が混濁しているみたいだと自己分析する。

「ルナリア!」

(この声はローレン……私の……好きだった(、、、)人……)

 そのまま、私の意識は遠退いていった。


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