026 初めての護衛任務 5
◇ ◇ ◇
俺たち三人を護るために、ルシウスは囮となって森の奥へ走っていった。目ざとく三匹の魔獣がルシウスを追いかけていくのを横目に、俺とヒューイットは二人がかりでアレンを抱え、森の入口を目指した。
俺たちでは太刀打ちできなかった魔獣を、ルシウスは労なく一匹ずつ、合わせて三匹を倒していた。だから、ルシウスの言葉を信じられる。
「アレン! 何でもいいから喋るんだ!」
ヒューイットを護っていた俺とアレンは魔獣の攻撃をまともに食らい、重傷を負ってしまっている。
今度は動けるようになったヒューイットが俺よりもやや深手を負ったアレンに肩を貸し、俺たちはルシウスの言う通りにネイヴ隊長のいるであろう方向へ逃げた。
「ルシウスは……俺たちなんかじゃ、到底…足元にも、及ばない……悔しい…な…」
アレンが辿々しく気持ちを打ち明ける。
「ああ……早く戻って……助けを、呼…ぼう」
ルシウスを巻き込んでしまったことに、俺は自分の実力不足を悔いていた。
(ルシウスの実力なら間違いなく、この王国騎士団のトップに入る。俺たちは、ルシウスの足を引っ張っただけだ──!)
俺自身の身体の裂傷が自分で思うよりも深く、体力の限界も近い。アレンを支えることすらも出来なくなってきていた。アレンはすでに意識を失ってしまい、肩にのし掛かるアレンの体重が鉛のように重く感じる。
踏み出す次の足を捌くことが適わず、足が縺れ、アレンとともに地面に倒れ込んだ。
「……ヒューイット、すまない……お前だけでも走って……助けを呼んできてくれ……頼…む…」
「わ、分かった……! 待ってろよ、ブレンダン!」
ヒューイットの走る後ろ姿を、俺は朦朧としながら眺めていた。だが、俺の意識も次第に遠退き、この時の記憶を最後に、次に目覚めるのが翌日の昼過ぎになるとは予想だにしなかったのだった。
◇ ◇ ◇
やっとのことで、大勢の新人騎士たちが集まっている場所に出た。
俺の隊服や顔が血だらけだったことで、配属先が違う新人隊員たちからは遠巻きにされたが、第一騎士隊の同期からは次々に声を掛けられた。
「ヒューイット! 一体どうしたんだよ? その顔! 血だらけのその格好は?」
俺は情けないことに、魔獣に襲われかけた恐怖心がよみがえり、膝がガクガクと鳴り出し、その場から動くことが出来なくなってしまった。
「ネ……ネイヴ隊長を……呼んで、欲しい……」
「ネイヴ隊長!? 誰か! ネイヴ隊長を呼んできてくれないか!?」
間もなく俺の前にネイヴ隊長が現れると、当然ながら俺の姿を見たネイヴ隊長は只事ではないと察知し、俺から情報を引き出していく。
「お前自身、怪我をしているのか? グループの他のメンバーはどうした?」
「……俺はまったくの無傷です。ダークサーベルとの戦闘でブレンダンとアレンが重傷で動けなくなったので、まだ走れる俺がここまで助けを呼びに……」
「ダークサーベル!? グループは四人以上で組めと言った筈だ! あとは誰が居るんだ!?」
「ルシウスです。あいつは、俺たちを逃がすために囮になって森の奥へ走っていって……」
「何だって!?」
俺の話を聞いたネイヴ隊長の行動は早かった。
ネイヴ隊長は第四騎士隊のメンバーで捜索隊を編成し、ルシウスとブレンダンとアレンの三人を捜しに行ってくれることになった。
「この騒ぎは一体何だ!! 何があったのか説明しろ、ネイヴ!!」
その場にいた全員が、声の主へ向かって一斉に振り返る。
ジルフォード王太子殿下のご尊顔が、そこにあった。
「殿下! 何故ここに!?」
ネイヴ隊長が驚愕している。ということは、殿下がここに来ることをネイヴ隊長は本当に知らなかったのだ。
「今日は新人が〝帰還の森〟で合同演習をしていると聞いて見に来ただけだ。だが──」
殿下の一歩後ろに、我が第一騎士隊副隊長のローレンス副隊長が控える。話の出所はこの人か、と咄嗟に俺は悟る。
「───ネイヴ! お前が付いていながら、何をしている!!」
「はっ! 申し訳ございません!! しかしながら今は緊急を要する事態が……!」
「何だ?」
「怪我人の救助と隊員の一人が森の奥へ入っていったとの報告により只今から捜索に出発します!!」
ズズズズ……
「……何の音だ?」
地響きとともに森の中心付近から噴煙が立ち上る。
ドオォォーーーン!!
先ほど噴煙が上がった場所で、森の木々よりも大きい黒褐色の巨大なムカデが、空に向かって巨体をくねらせる。
「何だ、あれは!?」
「オオムカデだ……!!」
「ここにいる新人隊員は全員ただちに王都に戻れーー!!」
新人隊員たちに混乱が起こる。
隊員同士、我先にと森から逃げようとする者たちが王都に続く小道に向かってなだれ込む。
他人を蹴落としてでも、自分だけは助かりたいと思う者ばかりだ。転ばされた者は誰からも助けられず踏まれていく。
これが人間の本性だ。
ルシウス……あいつがおかしいだけだ。
「行くぞ!」
ネイヴ隊長率いる第四騎士隊の捜索隊が、駆け足で森の中へ入っていった。
「殿下! 危険ですから王都へお戻りください!! 殿下!!」
ローレンス副隊長がジルフォード王太子殿下に退却を促すが、殿下はオオムカデが現れた地点をじっと見つめ、目を離すことも動じることもないままだ。
「───いる! ルシウスが……! ルシウスが戦闘中だ!」
ズウウゥゥゥン……!
ドオォォォーン……!
赤褐色のオオムカデの頭が先ほどと同じく、空を仰ぐように巨体をくねらせ出現する。
「色が違う……!? あんなデカブツがもう一体いるのか!! くそ……っ! 王宮魔術師を大至急要請しろ!! ローレンス! 護衛なら俺を護れ!! 行くぞ!」
「殿下! ……私の命に代えても御身を御守り致します」
ローレンス副隊長が苦渋の表情を浮かべ、殿下とともに森の奥に向かって駆けていった。
◇ ◇ ◇
ダークサーベルが私についてきているのは分かっていた。動くものに興味を示す。そういう特性があるようだった。
〝身体強化〟で脚力を上げて、ギリギリ追いつかれないが、いつまでもダークサーベルとおいかけっこをしている訳にもいかない。〝身体強化〟は倍の体力を使う。
ここらで迎え撃つしかない───!
勢いのまま樹木の幹を駆け上がり、三メートル弱の高さの枝に乗ると〝身体強化〟を解除した。
くるりと身体の向きを百八十度変えると、すぐそばまでダークサーベルが幹を駆け上がってきている。鞘から剣を抜き、魔獣の開いた口から顔を剥ぐように剣でスパッと削ぎ落とすと血飛沫が周囲に飛び散り、牙のついた上顎から目や耳までの部分だけが行方知れずになった。下顎に並んだ歯列と大部分が失われた脳みその一部だけが残された胴体は頭脳という意思を奪われ、その動きを止めて木の下へどさりと落下する。
更に一匹が幹に爪をかけ、私を狙って駆け上がってくる。
(こんな時、弓矢があれば……)
朝方のバートン隊長に習った弓矢は、こういう場合に有効だろうと感じた。剣では接近戦にしか向かない。
幹を駆け上がり、私を狙って飛び掛かってきたダークサーベルを難なく一太刀で仕留めると、獣臭い肉塊がどさ、どさりと積み重なった。刀身に付着した血を振り払い、鞘に収める。
ズズズズ……
地震か何かで、登っている木や周囲の木々が縦に大きく揺れ、乗っていた枝から滑り落ち、辛うじて枝にぶら下がった。
「あっ……ぶない……」
身体の反動を利用し、再度、枝の上によじ登る。
「……妙だ」
何かしらの気配を察知しているが、ダークサーベルのような小物ではない。
すると、私が木から降りるのを待ち構えていたと見られる魔獣の残りの一匹が、何故か逃げ出していく。その動向を目で追っていると、キャウンとひと鳴きし、突如として視界から消え失せた。いや、消えた訳ではなかった。
黒褐色の巨大な甲虫のような魔物に捕食されていた。
普段、魔物同士の弱肉強食の世界を垣間見ることもないが、先ほどまで私を付け狙っていた魔獣が、呆気なく上位の魔物の餌になってしまうのは、怖さよりも虚しさを感じる。
その魔物は、ダークサーベルの立派な二本の牙ですら体内に吸収してしまった。そして、周囲の木々を薙ぎ倒しながら進み、何かを探しているようだった。
(一体、何を探している……?)




