025 初めての護衛任務 4
「ルシウス、お前ってば、いつの間に第三隊のバートン隊長と親密になったんだ?」
バートン隊長との朝食の後、各部隊で集合しての朝礼訓示中にブレンダンに話し掛けられた。
「……ああ、入隊試験で王都へ来ていた日に城下町で酔い潰れていたところを介抱してもらったんだ」
間違ってはいない。経緯は少しばかり違うけれども。
バートン隊長とその部下のハンクスさんは、ルシウス・ウェグナーがルナリア・デルカモンドであることを知る数少ない人物だ。
「それ、信用しても大丈夫なのか? バートン隊長って、ほら、女っ気がないから実は男色って噂じゃないか。俺はてっきり噂通りにルシウスがバートン隊長に食われちまったのかと──」
「(バートン隊長が)そんなことする訳がない!」
つい向きになって反論してしまった。
(……実はまさか、両刀使いだなんて言えないわよ!)
「おい、そこ!! ルシウスか!? 俺の指示する任務がそれほどやりたくないのか!?」
オリバーお兄様の説明を一切聞いていなかった私は顔面蒼白になる。周りの同期たちも私と目を合わせようものなら、一斉にそっぽを向かれる始末だ。
「……い…いえ、誤解です……」
「朝から時間外に訓練をするなとは言わないが、その所為で任務が疎かになるのなら俺からもお前の狩猟大会への参加は取り止めにすべきだと進言しておく、分かったな?」
「はい……」
「声が小さい!!」
「っ……はい!」
「───では改めて言うが、本日の訓練内容は新人だけの合同演習だ! 帯剣をして自力で王都の東門を出て王都の北東部に広がる〝帰還の森〟の入口に集合せよ! これより訓練開始!!」
お兄様の掛け声で、室内にいた同期の新人たちが一斉に部屋の出入口に雪崩れ込んでいく。
「ぼやぼやするな! ルシウス、お前が最後だ!」
振り返ると、腕を組んで仁王立ちするお兄様と、一歩引いて腕を背中で組み、直立姿勢でにこにこと微笑むローレンの二人だけが部屋に残っていた。
「オリバー、どうやらルシウス・ウェグナーは居残りで私と特別訓練がしたいようだ」
面白可笑しくローレンが揶揄するように言うが、緑柱石の瞳には一切光が宿っていない。
ぞくりと背筋を冷たいものが走り抜けたかのような恐怖が私を襲う。
(……ロー…レン……?)
「い…いえ、ローレンス副隊長のお手を煩わせる訳には参りません! 失礼します……!!」
その場から、ローレンから一刻も早く離れたくて慌てて部屋を飛び出し、同期たちを追った。
ローレンを、彼が怖いと思えたのは初めてだ。
ルナリアの時は、ローレンの私を見る瞳は慈しむものだった。それは、幼馴染みであるオリバーお兄様の妹だから、特別扱いをしていたのだと今なら理解できる。
どうして、彼は誰にでも優しい人だと思えたのだろう……。
男の姿の今は、ローレンにとってはただの部下のひとりでしかないのに───。
*
帰還の森に到着すると、隊服が真新しい新人騎士たちであふれ返っている。その中からブレンダンたち、第一騎士隊に所属する同期の姿を懸命に探しても、誰一人として見つからない。
(しまった! 知らないうちにブレンダンたちを追い抜いていたんだ!)
「おーい、点呼とるから所属別で集まってくれ!」
新人たちの集まる人だかりに、頭ひとつほど背の高い人物が片手を大きく上に挙げ、集合を促している。
第一騎士隊は私だけしか辿り着いていないので、人だかりを避けて前へ出ていき手を挙げた。
「第一騎士隊です!」
「お? 君が話題の第一隊の新人、ルシウス・ウェグナーだな! 俺は第四隊隊長のアンドリュー・ネイヴだ」
間近で見るネイヴ隊長はやはり長身で、黒い短髪の前髪を後ろに撫で付けている。面長で垂れ目な蒼い瞳が印象的だ。細い顎に生える整えられた顎髭を触りながら私を品定めするかのように見下ろし、話し始める。
「はーん? 見れば見るほど綺麗な顔立ちだな。こりゃあ女たちが色めき立つ筈だ」
「……え?」
「知らないのか? 王宮で働くメイドたちは新人騎士のルシウス・ウェグナーに夢中だって話だ」
今朝の訓練場でのざわめきがよみがえる。私が弓を射る度にギャラリーから黄色い悲鳴が聴こえてきていた。気が散るし、煩わしいと思っていたが……。
「まさか……?」
「まあ、信じる信じないはお前さん次第だが。ヴェリデが珍しく夢中になるくらいだしな、ははは!」
「ヴェリデ?」
「第三隊隊長のヴェリデウス・バートンのことだよ」
瞬間的に私の身体の体温が急上昇し、顔は火照っているどころではなく、熱を持ってしまっている。
バートン隊長の名前を聞いただけで身体が過剰反応するなんて……!
「ん? 顔が赤いぞ、大丈夫か?」
「だだ、だ大丈夫、です! ここまで走ってきた所為ですから!」
片手を扇子代わりにして、熱くなった顔に向けてパタパタと扇ぐ。
「そうか、体調が芳しくないなら早めに報告しろよ」
「っ…はい」
「第一騎士隊です! って、ルシウス!? 何で!?」
「あれ? どうしてルシウスの方が先に来ているんだ?」
「ルシウスだって!?」
第一騎士隊の同期たちが現場にぞくぞくと到着し、わらわらとネイヴ隊長と私の元に集まってくる。
(〝身体強化〟で脚力を上げ過ぎたツケが……! 何とか言って誤魔化さないと……)
「どうも他の部隊の集団に紛れたみたいで……」
「「えーーー?」」
「俺ら第一騎士隊がどん尻だって、城壁の門番の兵士たちが言ってたよな?」
うんうん、と他の者たちも頷く。
「城壁を出たら〝帰還の森〟まで隠れるところなんてないんだぞ。空でも飛んだか、土の中を潜ったか? それともルシウス、お前は空間移動が出来るのか?」
「いや、だから城壁を通過する時に別の部隊と──」
「第一騎士隊! 全員揃ったか!?」
「「「はい!」」」
ネイヴ隊長が私の言葉を遮り、第一騎士隊の隊員たちに声を掛ける。
(ネイヴ隊長のおかげで助かった……)
ふうと嘆息し、胸を撫で下ろす。
第一騎士隊の隊員が並び終わると、ネイヴ隊長が新人隊員たちの前に立ち、今回の訓練についての説明を始めた。
「今日、新人諸君に〝帰還の森〟に来てもらったのは他でもない。近く、王室主催の狩猟大会が開催されるに当たって、この森の魔獣を一斉討伐してもらいたい! ランクの高い魔獣は俺たち第四騎士隊の者が仕留めるから、君らは下位ランクの魔獣を片付けて欲しい。必ず四人以上のグループで行動すること! 尚、討伐した魔獣の素材や核となる魔石は欲しければ小遣いの足しにしてもらって構わない。以上だ! 始めてくれ!」
百名近く集まった隊員たちが一斉に散り散りになる。
(私は……どこへ向かうかな……)
「ルシウス! 俺たちと一緒に行動しないか?」
ブレンダンたちに声を掛けられ、第一騎士隊の三人と共に行動することにした。
暫く森の中心に向かって歩いていたが、魔獣が出てくる気配はない。しかし、私はダラス辺境領で魔獣討伐に頻繁に出ていたおかげで、何となく魔獣の気配を感じ取っていた。この先にいると、確信があった。
「王都に一番近い森なんだ。そんな高位ランクの魔獣なんかそう易々と出現なんかする筈ないだろう!」
人生イージーモードだと思っているヒューイット・オルクヴォルトが楽観的な発言をする。オルクヴォルト侯爵家の嫡男は随分と甘やかされて育ったらしい。
〝帰還の森〟に入ったからには、安全神話などないのだという意識を持たせなければならない。
「ヒューイット……その油断が命とりになる。その考えは今日限りで捨てた方がいい」
私はヒューイットに苦言すると、その場で足を止めた。
「──え?」
「魔獣はどこにでもいる! 意識を変えろ!!」
「っ…おい! ルシウス!」
もうひとりの同期のアレン・クロノスも私を諌める。
私は鞘から素早く剣を抜き、無防備なヒューイットに急接近すると、力の限り剣を振り下ろした。
「ルシウス……っ!!」「ルシウス、やめろっ!!」
「ヒィ、ヒイイイイイィ……!!」
ザシュ……ッ! どさっ
私に首を斬り落とされ、胴体から頭が離れたダークサーベルの死骸が地面に転がる。
ダークサーベルの長く鋭い牙は高値で売れる。身体の大きさは大人の男性と変わらないくらいだ。
ヒューイットは腰が抜けたのか、地面に尻餅をついていた。
生臭い返り血が、私とヒューイットの隊服に大量に掛かり、返り血から異臭を放つ。
「……こいつはCランクの魔獣、ダークサーベルだ」
剣を地面に向けてビュンッビュッと力強く振り、刃に付いた魔獣の血を地面に振り落とす。
「……な…に!? 魔獣……!?」「Cランク!?」
「──まだだ! どうやら四、五匹くらいに囲まれているみたいだ!」
ダークサーベルは木の上にも登る。分かるだけでも、三匹のダークサーベルが木の上からこちらの様子を伺っている。余りにもこちらに分が悪すぎる。
「えぇ!?」「囲まれて……!?」
ヒューイットは腰が抜けたままで、戦力は期待できない。
「ヒューイットを真ん中に、私たちは三角陣営をとるんだ!」
私以外の二人は魔獣との戦闘経験が無いに等しかった。きっとヒューイットも同じだろう。
ブレンダンとアレンは剣を構えてヒューイットを護ってはいたが、肉壁にしかならず、ダークサーベルの鋭い爪と牙での攻撃をまともに受けては身体へのダメージが徐々に蓄積されているのは明らかだった。背中を預けることが出来ない不安で、私は焦り始めていた。
「……ブレンダン、退却だ! 私が魔獣を引き寄せる! その間に三人だけでネイヴ隊長のところへ急いで戻るんだ!」
「ルシウス!? お前……!?」
「私が森の奥へ走り出したら三人で逆方向へ逃げろ!」
ブレンダンとアレンの返答を聞く前に、私は森の中心に向かって単独で走り始めた。




