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022 初めての護衛任務 1

 

 ◇ ◇ ◇


 翌日、私とお父様は午前中に城内入りし、王都に住まう上位貴族や大臣たちが見守る中で、エリクフォード第二王子との婚約誓約書を取り交わした。

 婚約誓約書に私とエリク、国王陛下とお父様が署名すると、傍に立つ宮廷魔術師が呟きながら詠唱する。途端に誓約書が目映(まばゆ)く光輝き、次第にすうっと光が失われ、ただの紙に戻った。

(これは……魔法? とても、綺麗……)

「驚いた? 王族の婚約と婚姻の書類は破られたり燃やされないように保護の魔法が行使されるんだ」

 青紫色の優しい瞳を私に向けながら、囁くような落ち着いた声でエリクが私に教えてくれた。


「これにて、エリクフォード第二王子殿下とデルカモンド侯爵家ルナリア嬢との婚約が締結されました!」

 ドレイク宰相が声高に宣言すると、謁見の間は一斉に拍手が沸き起こる。そのまま散会となった。


「ルナリア! お父さんはこれから陛下たちと別の部屋で話があるから、その間はエリクフォード殿下に城内を案内してもらいなさい」

 ざわざわと部屋から退出する貴族たちの話し声にも掻き消されない威厳のある父の言葉に頷き、父の後ろ姿を見送る。

 私の隣に立つエリクは、私を優しく見つめながらやんわりと訊いた。

「ルナリア、どこに行きたい?」

「えっと、図書室に食堂に訓練場……」

 指を折りながら、城の中で行ってみたい場所をひとつずつ挙げていく。

「……あっ! 王都が見渡せるような見晴らしのいい場所はあるかしら?」

「じゃあ早速そこへ行こう。俺のお気に入りの場所があるんだ」

 エリクからごく自然に手を繋がれる。

 案内されたのは、城内で中央貴族たちやたくさんの官吏があくせくと働く中央本殿の最上階の通路から出られるバルコニー。

「エリクフォード殿下、私どもはこちらでお待ち致します」

「ああ」

 エリクと私に付き従っていた護衛は二人。ひとりは年若い騎士、もうひとりは……ローレンだ……。とても気まずい……。

 バルコニーへ出る扉の左右にローレンともうひとりの騎士が見張りに立ち、その横を平静を装いながらすれ違う。ローレンからの視線を感じる……気がする。

 白色で構成されたバルコニーに踏み入れると、白色の床が陽に反射して目が眩む。バルコニーはそれほど広くもなく、大人が十人くらい立つのがやっとの広さだ。時折、びゅうと風が吹き抜けていく。

「今日は少し風が強いな……」

 風が私を避けるように左右に分かれたように感じた瞬間、ぶわっと目の前の視界が広がる。王都の高台にそびえ立つ王城の眼下に捉えた王都内の建物や街並みには、確かに人々の暮らしの息遣いを感じる。

(デルカモンド家の別邸も、あんなに小さい……)

 感動で胸がいっぱいになり、言葉に詰まる私にエリクが声を掛ける。

「俺や兄上は、この国の平和と景色をこれからも維持していくつもりだ。ルナリアには、その手助けをして欲しい」

 セルディア王国が隣国との戦争を終結させてから二十年が経とうとしていると習った。けれども、戦場となったダラス辺境の領土はさほど復興が進んでおらず、王都に住む人々はそんな辺境で生活する人々の苦労も知らず、戦争は過去の出来事だと、見ない振りをしている。教科書と家庭教師に習った内容との食い違いに、ローズ姉様の結婚でダラス辺境に降り立った私は胸が締めつけられたかのように苦しくなり、涙がじわりと滲んだ記憶が蘇る。戦争の爪痕は、私の想定以上にとてつもなく深かったのだ。

 エリクに視線を移すと、私を見つめる青紫色の眼差しに強い意志が見てとれる。

「はい……! エリクフォード殿下にお供致します」

 この人となら、王国の未来をより良いものにしていける。

 そう、思っていた───。



 *



「───ナー? ……グナー? ルシウス・ウェグナー!」

「おい、ルシウス! 呼ばれてる!」

 ブレンダン・キルギュスに肩を二度強く叩かれる。

「っ……はい!」

「どうした? 心ここに在らずだったぞ」

「も、申し訳ありません、副隊長!」

 第一騎士隊に配属された二日目、新人騎士の私たちは副隊長のローレンス・フロンターレの主導の下、王城内の各施設や部屋を案内してもらっていた。

 一年振りに闊歩する王城が懐かしくなり、初めて謁見の間に入った日に思いを馳せてしまい、すっかり気を抜いていた。ローレンはそんな腑抜けた部下の様子が気に障ったのだろう。

「副隊長が優しい人でラッキーだったな、ルシウス」

 寮の同室になったブレンダンが揶揄(からか)いながら小声で囁く。

「……これがオリバー隊長だったら罰として、腕立て伏せ五百回と腹筋五百回と外周を五十周走ってこいと言い渡されてたかも」

 私が何気なく言った言葉を聞いていた同期たちから、吹き出したり押し殺した笑いが漏れる。ブレンダンは苦笑いしている。

 配属初日の昨日、訓練場での総隊長の挨拶が済んだ後、すべての新人騎士たちだけがその場に残され、オリバー隊長から『訓練場の外周を二十周走った後、腕立て伏せ百回と腹筋百回を三セット』の(しご)きを受けたからに他ならない。

「入隊初日から基礎トレーニングの量が半端ないとはな……さすが〝鬼隊長〟の異名を持つ御方だよ」

「ほんと、それ。昨夜は身体中が痛すぎて眠れなかったよ……」

「俺もー」

「そこ! 私語は慎みなさい」

 今度は私の周りにいた騎士たちがローレンに注意されてしまった。

「新人諸君、心配せずとも今日も明日もこれから毎日、基礎鍛練はありますからね」

 ローレンの涼やかな笑顔から発せられる言葉に、私以外の新人騎士たちは震え上がる。


「……そういえばルシウスだけは昨日の基礎トレーニングの後の手合わせ訓練も平気そうだったな。何でだ?」

 ひそひそと小声でブレンダンから話し掛けられる。

「私は地元の騎士団で毎日訓練していたから慣れているだけだよ」

 ルナリアとして剣術と体術を習い始めてから毎朝欠かすことはしなかった、私の日課でもある。習い始めの幼い頃は身体を酷使する筋力運動は避けるように指導され、成長期から徐々に訓練量を増やされていったのだ。だから、第二王子の婚約者に決まった頃には、腕立て伏せ百回と腹筋百回は普通にこなしていた。

 今は毎朝三百回ずつをこなしているが、これから騎士団で毎日同じ量の運動をするならオーバーワークになる。しかし、長年の癖で毎日のルーチンに組み込まれた目覚めの基礎トレーニングが無くなると、途端に不安に駆られてしまうことは想像に難くない。

 どうしたものか……。


「───道を空けなさい!」

 後方からの命令に足を止め、振り向き様に人物を確認する。

 二名の侍女を引き連れた見知らぬ女性が通路の真ん中で腕組みし、我々新人騎士たちにあからさまに侮蔑を含んだ表情を向ける。

 腰まで伸びた真っ直ぐな淡い桃色の髪色、絹のような白くて透き通った肌に小柄な背丈、長い睫毛に吊り目の大きな鳶色の瞳。鼻は少し低いけれど、ぽってりとした艶やかな唇は多くの男性に好まれる形をしている。その高貴な女性は、自らの不機嫌さを爪の先ほども隠そうともしなかった。

「皆、直ちに端へ寄れ!」

 女性たちに通路を空けるよう、ローレンが私たち新人騎士に命令する。上司の命令通りに、私たちはその場から素早く通路の端へ移動し、通路を空けた。

「ローレンス、あなたは部下への指導が甘いのではなくて? 無知な者ばかりだから、王族であるわたくしの通行の邪魔をするのでしょう?」

「大変申し訳ございません、王太子妃殿下。部下たちの無礼をお許しください」

 ローレンが女性にさっと頭を下げる。

(この方が……グェンダール王国から輿入れしたティアナ王太子妃……!)

 緊張した面持ちでティアナと侍女たちが通り過ぎるのを見守っていると、ティアナと一瞬、視線が重なった気がした。気のせいではない。彼女の足取りは角度を変え、私から視線を逸らすこともなく真っ直ぐに向かってくる。そして、私の目の前で立ち止まった。

「──あなた、名は何と申すの?」

「……ルシウス・ウェグナーです」

「そう、ルシウス……あなたは今からわたくし専属の護衛騎士よ。王族であるわたくしに直々に指名して貰えることがどれほど名誉なことかわかるかしら?」

 ティアナは私に命令した。纏わりつくようなねっとりとした視線に絡まれ、呑まれそうになる。

「…………!」

「王太子妃殿下!! ルシウスは昨日入隊したばかりの新人騎士です! 王族の護衛は三ヶ月の研修期間を修了しないことには任務に就くことが出来ません!!」

 ローレンは咄嗟に私の前に立ち塞がり、私を庇うようにティアナに弁明する。

「相変わらず頭が固いのよ、ローレンス! わたくしが決めたことに黙って従いなさい!! ルシウス! ついてきなさい!」

「……王太子妃殿下! しかしながら規則を逸脱する行為は──」

「黙りなさい、ローレンス・フロンターレ!!」

 ティアナに食い下がろうとしたローレンは途端に顔を硬直させる。

「行くわよ、ルシウス!」

 私はローレンよりも前に出ると、ローレンに軽く頭を下げ、ティアナ王太子妃と侍女の後を追った。


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