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017 男爵令嬢ミュリエッタ・レイヴァル 3

本日は更新が遅くなり申し訳ございません。

 

「おはようございます、お兄様」

「ああ、おはよう」

 すでに朝食の席に着く兄は、メインディッシュを食べ進めてしまっている。私が席に着くなり、ナダールさんの奥方のモネが私の前に前菜とスープを並べる。

「ありがとう、モネ」

 レイヴァル家では募集の甲斐もあって料理人を二人雇うことが出来、モネは主に調理の補助や配膳をしてくれるようになった。ハウスメイドと侍従も二人雇うことになったが、まったくの新人故に使用人教育が必要で困っている。

 王宮の行儀見習いのようにメイドを養成できる機関がないものかと、お兄様は頭を抱えている。


 王都オルラインへ来てから、早くも三週間が経過した。

 王立魔法学園の制服の支給が遅れ、真新しい制服に身を包んだ私の初登校は今日にまで延びてしまっていた。

「ミュリエッタ、今日はいよいよお前のクラス発表だな。お前の実力ならCクラスかDクラス、といったところか。治癒の力は光属性だしな」

「お兄様、お口の中に食べ物が残ったままお話しされるのは貴族にあるまじき行いですわ」

 行儀の悪さを指摘すると、兄はむぅと頬を膨らませて(むく)れる。

「別にいいだろ! 父さんも母さんも居ないんだから」

「いいえ。貴族なる者いつ如何なる時も民の手本であるべきであると──」

「俺に指図するな!! 俺はこの家の当主だぞ!」

 心臓が縮み上がるような恐怖が(よみがえ)る。心臓がばくばくと煩い。

 やはりこの人は、あの両親の血を脈々(みゃくみゃく)と受け継いでいるのだ。それは、私の中にも───。


「……言葉が過ぎました。申し訳ございません」

「ああ」

 六歳の魔力判定で〝魔力あり〟が判明した兄は、両親のお気に入りだった。〝魔力なし〟の私は、魔力がないならせめて行儀作法くらいは完璧であれ、と母に厳しく躾られてきた。

 兄に甘かった両親。兄に対して行儀作法は及第点でいいと、王都へ放逐したのがそもそもの間違いだろう。

 こんな横暴な兄に、嫁に来たいと思う女性なんて居るとは思えない。本人に無理矢理にでも、どこをとっても恥ずかしいんだと分からせてあげた方が親切というものだ。

 (おのれ)を知ることは大事だ。恥をかくのは自分自身。私ではない。

 この兄の様子からは自分で気づくことは(おろ)か、他人に指摘されようものなら相手を攻撃して有無を言わせず自身の言い分を押し通す、一番厄介な怪物(モンスター)に成り果ててしまったらしい。

 兄をここまで増長させた人たちは、すでに人生という名の舞台から退場してしまっている。

 さて、どうするべきか。

 巻き添えを喰らうのは勘弁頂きたい。

「……聞いているのか!? ミュリエッタ!」

 しまった、聞いていなかった。

「お…驚いて返事が出来なかっただけです」

「まあ、いい。俺も付き添ってお前のクラス分けを一緒に聞いてやる」

「何故そこまで私のクラスが気になるのですか? お兄様の付き添いなどなくても心配ご無用です(意訳:ついて来ないで)」

「俺は先生方からは優秀な学生で(とお)っているんだ。俺の妹が優秀でない訳がないだろう?」

「でも私は勉学を習っていた訳ではありません。決めつけるのはよろしくありませんわ(意訳:恵まれていたお兄様と同じだと思わないで頂戴)」

「……何だ? さっきから(とげ)のある言い方だな」

「…………チッ」

「俺に舌打ちか?」

「ち、遅刻してしまうと言いたかったのです!」

 ホールクロックを指しながら慌てて弁明する。

「ああ、そろそろ出るとするか」

 お兄様が椅子から立ち上がり、学園のローブを羽織ると食堂から退室した。

 私も椅子から立ち上がり、脇に置いたローブを掴んで後を追い掛ける。玄関ホールで着慣れないローブにもたつきながらローブを留めた。

 モネから鞄を渡され、受け取る。

「旦那様、お嬢様、いってらっしゃいませ」

「「いってらっしゃいませ!」」

「行ってくる」

「行ってきます! 屋敷のこと、よろしくね」

 今まで使用人のいない屋敷だったから、見送られるのが照れ臭い。これからは少しずつ慣れないとね。


 王立魔法学園まで、徒歩で通学になる。

 お兄様と二人、正面の門扉から敷地の外へ出ると、目の前の通り道を馬車がひっきりなしに走り去っていく。

 馬車を持っている家は裕福なのだ。

 引っ越してきた時には気づかなかったけれど、屋敷の前の道は『学園通り』と呼ぶそうで、通りの突き当たりが王立魔法学園の正門になっている。

 そして、レイヴァル家の門扉から学園の正門まで歩いて五分と掛からず、馬車要らずで、寮に入らなくてもいい距離なのであった。


 学園の正門を(くぐ)り、二人で並んで校舎へ向けて歩いていくと、登校中の生徒が一様に私たちに注目する。

「フレデリック様、おはようございます!」

「おはようございます! フレデリック様!」

 お兄様の名前はフレデリック・レイヴァル。

 挨拶されたお兄様は、声を掛けた生徒に笑顔で手を挙げ、それが返事をした合図となるようだった。

 私には信じられない光景で、衝撃を受ける。

「お兄様……これは一体……?」

「この学園の生徒会役員なんだ、俺は」

「初耳ですわ!」

「言う必要はなかっただろう? 学園の内部のことを家族に教えるなんて、あってはならないからな」

 この学園は平民も通うことが出来るが、魔力が発現するのは貴族の者に多い。学園での地位を家族に知られるということは、大人の権力争いの火種になりかねないからか。

 未成年の私たちにも、学園の中では小さな社会が築かれている……お兄様はその上位に位置するのだろう。


「フレデリック!」

「おはようございます、殿下」

 お兄様が振り向き、挨拶をした人物。

 濃紺の髪色に青紫色の珍しい瞳の色をした男性が、数名の取り巻きと護衛をひとり連れて、私たちに近寄る。

「その娘がフレデリックの妹で治癒の力持ちか。会えるのを今か今かと楽しみにしていたぞ」

「光栄に存じます」

 あの(、、)横柄なお兄様が平身低頭になるなんて……!

「ミュリエッタ、このお方は我が国の第二王子、エリクフォード殿下だ。生徒会会長でもある」

「フレデリック、俺自身で名乗る。俺はエリクフォード・セルディア、この国の第二王子だ」

 突然の高貴な方の登場に、私の目はチカチカと目映い光を浴びたかのように目を開けていられず凝視することができない。

 ハッとして、私もお母様からの厳しい手解きで習得した淑女の礼をしつつ、エリクフォードに自身の名を告げる。

「レイヴァル男爵家の長女で、フレデリックの妹ミュリエッタにございます。以後お見知りおきくださいませ」

「ほお……フレデリック、お前と違い所作が美しい」

 お兄様……すでに殿下の前でやらかしているのね……。

「お兄様は礼儀作法の時間が嫌いで、及第点しか頂いておりませんの」

「……及第点、あれで?」

 エリクフォードを始めとして、取り巻きの生徒たちもお腹を抱えて大笑いしだした。

「ミュリエッタ!! こんな時にバラすな!!」

「あら、本当のことですもの」

 お兄様が私を責めるけれども、私は素知らぬ振りを続ける。

「───ははっ、そうだ! こんなことを言いたいんじゃなかった。辺境の地でひとりで頑張って生活していたとフレデリックから聞いた。お父さんのことは残念だったね」

「痛み入ります」

 ───父親が死んでくれて嬉しかったなんて、とてもじゃないけれど、冗談でも言える雰囲気ではなくなってしまったわ……。


「殿下、()はミュリエッタに付き添いますから、ここで失礼致します」

「ああ、後ほど生徒会室で会おう」

 エリクフォードは颯爽と護衛と取り巻きたちを引き連れて私たちの前から立ち去り、取り残された私たち兄妹は、職員棟の職員室に近い来客用玄関に向かうのだった。


(それにしても、俺様のお兄様が殿下の前では一人称に〝私〟を使うなんてね……)


「前回は実力考査で来ただけだから、じっくりとは見なかったけれど、とても広くて大きな学校なのね」

「ああ、この学園は王国中の魔力持ちの子息子女が六年間学ぶからな。一学年に二百人から三百人が在籍しているから、教職員も合わせると、ざっと二千人はこの学園で過ごしていることになる」

「改めて考えると、私ったらすごいところに入学するなんて言ってしまったのね……」

 大きな校舎を見上げながら、しみじみと呟く。

「まあいいさ。あんな辺境じゃ学べることなんて少ないし、王都へ来たらやりたいことの選択肢も増えるだろう。お前は来るべくして来たんだって、胸を張ればいい」

「お兄様……」

 この学園では、私がしたいと思ったことをしてもいいのだと、背中を押された気がした。

「ミュリエッタ、早く来い!」

 お兄様が職員棟の来客玄関へ吸い込まれるように入っていく。

「お兄様! 待ってください!」

 これからの学園生活への憧れと期待に胸を膨らませ、私は兄を追い掛けるのだった。


次話の更新は5月17日(土)になります。

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