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014 第一騎士隊ローレンス・フロンターレ

 

 ◇ ◇ ◇



 黒を基調とした隊長服に、肩章は副隊長を示す青い帯。

 肩にかかる長さの、陽に透けるさらりとした金の髪。涼やかな目元に宝石の緑柱石(エメラルド)のような瞳。左目の下には小さなほくろ。

 見目は良い方だと自負しているが、それによって自身の目当ての異性を虜にできているかと言えば、決してそうではない。

 どうでもいい異性ばかりが寄ってくる。

 その所為で〝来るもの拒まず〟などと社交界で噂になっているらしいが、まったくの誤解である。

 本来の自分は、好きな相手に長年の想いを伝えることも出来ない気の小さい男だ──。


 王国騎士団の第一騎士隊副隊長のローレンス・フロンターレは、注文した料理が載った食事の盆を持ち、空いている席が無いかを歩きながら見回す。

 騎士官舎の昼の食堂は、王宮勤めのたくさんの騎士たちが昼食に訪れ、ざわざわとした喧騒がうるさくもあり、逆に落ち着くような気忙(きぜわ)しさも感じる。

 自宅の食卓の席では静寂そのもので、このような騒がしさは味わうこともない。噂話など、以ての外だ。もっとも、気負わずに話ができる相手は幼馴染みのオリバー以外居ないのだが。

 私が公爵家の嫡子ということで、皆、私に関わらないようにと遠巻きにしている節がある。


 厨房のカウンターから随分と離れた端の場所に誰も座っていないテーブル席を見つけ、座席へ腰を据えた。

 近くに居座る数名の騎士たちが、大声で雑談を交わす。話を聞くつもりはなかったが、聞こえてきた噂話を耳に留めていた。


『それ本当か!?』

『昨日この目で見たんだって! 女日照りのバートン隊長が肩くらいの長さの金髪の美少女と高級レストランに入っていくのを!』

『バートン隊長って男子寮に聖女を探しに来た神殿からの使者に〝そんな少女は居ない〟って蹴散らしたばっかだろ?』

『怪しすぎるって! 実は部屋で女の子を飼ってたりして!』

 どっと笑いが起こる。


 ───男子寮。

 昨日、管理人室で偶然目にした見慣れない金髪の男。

 声を掛けようとしたら私の顔を見るなり逃げ出したから後を追いかけたが……最上階で姿を消した。

 最上階の個室は、私のような役職を持つ者にしか与えられていない。

 あれは……本当に男だったのか──?

 男子寮での記憶を必死で手繰り寄せる。

 記憶力には自信があるが、あの男の顔は、男にしては綺麗だった。そう、まるで女性のような……。


「こんなところで独りで寂しく昼飯か? 前、座るぞ」


 目線をテーブル上の料理から外し、向かいの席の人物に移す。

「空いていますからどうぞ、ネイヴ隊長」

 アンドリュー・ネイヴは魔獣討伐部隊である、第四騎士隊の隊長だ。私の五歳上だと聞いている。

 面長の顔に黒髪の前髪を上げ、特徴的なのは顎に生やした整えられた髭。オリバーと同じく長身で剣術の腕も確かなもので、恵まれた体格をしている。そして、子あり既婚者。


「いつも遠征でお忙しいのに、今日は珍しくこちらに見えるのですね」

「闇雲に大量発生した魔獣を討伐するのではなく、魔獣のレベルが高くて領地の私設騎士団では手に負えない場合に討伐遠征に出向いているんだ」

「……なるほど」

「ローレンスこそ、どうなんだ? 王族の護衛ばっかで腐ってるんじゃないかと思ってな、どうだ? 今度近くで討伐依頼があったら俺に同行しないか?」

「──っは!? いや、私は……」

 公爵家の者だというだけで特別扱いされるのは、うんざりだった。

「ローレンス! 遠慮していたら本当に欲しいものも掴み損ねるぞ! ……ところで、何でこっちの庶民の食堂を使っているんだ? 貴族専用のサロンは?」

「こちらの食堂は料理の提供時間が速く、料理が一度に出てくるから効率がいいのです。討伐の同行の件は、オリバーと相談してまた考えておきます」

「おう! 遠征許可申請書の同行者の最初にローレンスの名前を入れといてやる!」

 親指を突き出して私にウィンクしてみせる。

 ネイヴ隊長は質問責めにしてくるから、私には少し苦手な人種だ。

 悪い人ではないのは分かっているが……相手のことを(おもんぱか)ってということについては、浅慮(せんりょ)(ゆえ)の周りを振り回してしまうタイプの人間だろう。


『……カルロが……バートン隊長に……』

『バートン隊長……女に……カルロを……』


 何処からか聞こえる噂話に私は耳を傾ける。

 今日は何故かバートンの噂話ばかりが耳に入ってくる。

 〝バートン隊長〟とは第三騎士隊のヴェリデウス・バートンのことだ。私とは同期だが、オリバーと違い、私は親しく付き合ってはいない。

 それから……〝カルロ〟と言っていなかったか?

 まさか、宮廷魔術師のカルロ・ハーデルヴァイドのことか?

 昔はよくルナリアのことを追い掛け回していたのを、オリバーと私が捕まえては何度もカルロを諌めていたが──なんとも諦めの悪い男だった。


「……バートン? ああ、ヴェリデか。彼らしくもない噂で持ちきりだな、どこも」

「ネイヴ隊長は何かご存知でいらっしゃるのでしょうか?」

「……ああ、魔術師のカルロがヴェリデに殴られて重傷だそうだ。カルロの話では〝以前から想いを寄せていた女性〟に求婚していたら急に殴られたそうだが、俺が知るヴェリデは理不尽に人を殴ったりはしない奴だ。だからにわかに信じがたい」

 カルロが〝以前から想いを寄せていた女性〟とは、一体誰のことだ?

 この胸騒ぎは、一体なんだ?


「おっ、噂をすれば! ヴェリデ!! こっちだ、こっち!!」

 ネイヴ隊長が、同じく昼食のために食堂へ顔を出した第三騎士隊隊長のヴェリデウス・バートンに大きく手を振って大声で名を呼ぶ。

 すると、向こうもこちらに気づき、私たちの座るテーブル席へやって来た。

「アンドリューが昼の時間に王都に居るなんて珍しいじゃないか。ローレンスも一緒か。珍しい組み合わせだな」

「俺は朝から一日中、騎士たちの噂の的になっているヴェリデの話が聞きたいなあ♡」

「はあ!?」

「昨日の夜は彼女と何か進展はあったのか?」

 にやにやしながらネイヴ隊長が上目遣いでバートンに探りを入れる。

 既婚者だからだろうか?

 若人に下卑た質問をするものだ、と私はネイヴ隊長の言動に少なからず嫌悪を抱く。

「かか、か、彼女とは何でもない! しょ、食事に誘っただけだ!」

 途端に顔を真っ赤にしたバートンがしどろもどろになる。真面目で堅物と云われるバートンの動揺ぶりに、私も僅かながら興味が湧く。

「じゃあ、カルロを殴ったのは彼女絡みか?」

 すうっとバートンの顔から表情が消え、能面のようになった。それは一瞬のことで、私は息を呑み、咄嗟に本能で危険を察知する。

「──彼女が明らかに嫌がっているのにカルロ(粗大ゴミ)は彼女に無体を働こうとしたから鉄槌を下したまでだ」

 カルロのことを〝粗大ゴミ〟だと強調した。

「その辺も詳しく聞きたいからこっちで一緒に食べないか?」

「あーー、誘ってもらって何だが、別のところで食事をとるつもりなんだ。悪いな、アンドリュー」

「いや、俺の方こそヴェリデの足を止めてしまったようだ」

 二人はそれぞれが軽く片手を挙げ、バートンは騎士たちでごった返した厨房の注文カウンターへ吸い込まれるようにして消えていった。


 ネイヴ隊長が突然に、くっくっくと笑い出す。

「見たか? あの絵に描いたような生真面目で堅物のヴェリデが慌てふためいて……!」

「…………」

 私はネイヴ隊長とは違い、女性の話をした時とカルロの話との極端な温度差に、バートンに対して恐怖すら感じてしまったのだ。

 敵と見做した場合の、あの冷酷無比さは───。

 きっと一度や二度ではない。

 信頼した者から裏切られるという行為が、どれだけ心を握り潰され、殺されると思うのか。

 彼は真面目なだけあって面倒見もよく、部下からの絶対的な信頼も厚いのは、そもそものところ、規律を守り、規範に則り、騎士はこう在るべきを見事に体現している他ならない。


「ネイヴ隊長、私は先に失礼させて頂くとします」

 断りを入れてから席を後にし、食器を返却する。

 視線の先に、バートンが山盛りの料理の載った盆を持って食堂を出ようとしていた。


(ひとりで食べるにしては、随分と量が多いな)


 バートンは執務室ではない方向へ曲がっていく。


(どこへ───?)


 気づけば、足を速めてバートンの後を追い掛けていた。彼の歩く速度は衰えることもなく、城門を出ていく。

 私は退城の手続きに手間取り、バートンの姿を見失ってしまっていた。


(まさか、男子寮の自室で食べるつもりなのか?)


 城門からほど近くに、男子寮と女子寮が林立している。寮の敷地に入ると、厩舎の馬番が大声でぼやいていたので駆け寄った。

「どうした?」

「ああ、騎士様! 見慣れない馬の世話していたんですが気性が荒いのか、あっしの言うことなんてまったく聞いちゃあくれねえ」

 厩舎に入り、残された馬をひと通り見回すと、気が立っているらしい明るい栗毛色の馬が目につく。

「───お前は……!」

 この馬は、デルカモンド家でルナリアに可愛がられていた。乗馬を始めたばかりの十歳のルナリアが、誕生日に父親から贈られたのだと、嬉しそうに私に話してくれた。

「……リュート?」

 その馬は耳をピクピクと動かし、目を細めて私を見つめる。

「リュート……お前の主人は、ここに居るのか?」

 数ヶ月前、ルナリアが屋敷を追い出されたあと、私も公爵家の(つて)を使ってルナリアの居場所を探したが、終ぞ見つけることはできなかった。


(──どこにいる!? ルナリア!!)


 女子寮は男子禁制だから入ることが出来ない。

 どうしたものか……。

 その時、先ほど食堂で見たばかりの慌てふためいたバートンの姿がよぎる。嫌がる女性に無体を働くカルロを粗大ゴミだと言った──。

 幾つもの符合が合わさった気がした。


(まさか、バートンの彼女とは──!)


 男子寮の最上階を目指して階段を駆け上がっていた。普段ならここまで必死になって階段を上がることはない。

 最上階に到達すると、荒くなった呼吸を整える。

 バートンの部屋の前まで通路を静かに歩き、バートンの部屋に近づくと息を潜めた。


『お二方は本当に仲がよろしいですのね』


 玉を転がすような声が、楽しげに談笑している声となって、壁の向こう側から聞こえる。

 懐かしい声の響きに、自然に涙が込み上げる。


(この壁の向こうに、ルナリアが……いる……)


『バートン様、ハンクスさん、お世話になりました。そろそろお(いとま)しますね』

『ああ、見送るよ』

 部屋の中で椅子が引かれ、(せわ)しく歩き回る靴音がする。

 ルナリアが部屋から出てくると思い、バートンの部屋の前から遠ざかって、通路で扉を見守る。

 しかし、いくら待っても部屋から人が出てくる気配がない。

 痺れを切らし、部屋の前まで戻った。扉に耳を当てるが、室内に人の息遣いを一切感じられない。


(しまった……!)


 私は急いで一階まで駆け下り、寮から飛び出した。

 寮の敷地の出入り口に、バートンともうひとりの男が背を向けて並んで立っている。

 呼吸を乱し、立ち尽くしている私の気配に気づいたバートンが、私に声を掛けた。


「ローレンス? なぜここにいるんだ?」


 私は、探していた愛しい女性(ひと)に逢うことは叶わなかったのだった。


次回の更新は4月26日(土)になります。

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