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010 第三騎士隊ヴェリデウス・バートン 4

 

 訓練場に姿を見せたカルロ・ハーデルヴァイドは、長い銀の髪を(なび)かせ、頭を下げたウェグナーの目の前に立った。


「顔を上げてください、ル……ア様」

「カルロ・ハーデルヴァイド様……! 今の私はルシウス・ウェグナー──」


 ウェグナーが顔を上げ、声を荒らげる。

 カルロは素早くウェグナーの左手を取り、指に自身の唇を押し当て、唇を離すとウェグナーの左手の内側にも口づけを落とし、完全なる求愛をする。

 訓練場で一部始終を見ていた者たちは驚きどよめいた。ある者は口を開けたまま唖然とし、ある者は目の前の出来事を囃し立てる。


「あのカルロ様が……?」

「相手は男だぞ!?」


 俺にも信じられなかった。

 カルロは王宮内の者なら誰もが知る〝魔術馬鹿〟であり、異性どころか人間にすら興味を抱くこともないのである。

 そんなカルロが、必死に抵抗するウェグナーに求愛し、ついには無理矢理に訓練場の外へ連れ出してしまった。



 *



「君はカルロに連れ出された後、どうしたんだ?」

「ダラス辺境へは、いつ行けばよいのかと詰め寄られまして……」


 アルコールが回ってきたのか、ウェグナーの顔が薄く紅色に染まり、火照りが見られた。

 ウェグナーは「少しの間、失礼します」と席を立った。

 戻って来るまでの間にも俺とハンクスは普段通りの会話をしながら飲み食いは続けていたが、テーブルの上の食べ物が粗方片付き、ハンクスは自腹となる自己申告3杯目の酒を口にしながら呟く。


「そういえば、ルシウスさん遅いっスね」

「ハンクス! ちょっと来ておくんな!」


 女主人のイリナが「早く早く」とハンクスを手招きする。ハンクスは気怠(けだる)げに椅子から立ち上がるとイリナの元へ向かったが、慌てて俺のところへ戻ってきた。


「バートン隊長、ルシウスさんが大変っス!」

「……はあ?」



 ハンクスの案内で俺も席を立って様子を見に行くと、ウェグナーは手洗い場前の通路の床に座り込み、壁に(もた)れかかり無防備にも寝息を立てて眠っていた。

 ──睫毛(まつげ)、長いな。

 い…いかん、イカン!

 寝ている顔がかわいいなんて、思う訳が……思うわけが……おもう……わけ……。

 ──くっそ、かわいい!!

 奴は男なのに、女に飢え過ぎた俺は見境すらなくなってしまったのか……それはそれで痛過ぎる男で辛い……。

 俺は平静を装いながら、腰を屈めてウェグナーの頬を軽くペチペチと叩くが、ウェグナー本人からの反応はない。


「……ハンクス、今日はお開きだ」

 立ち上がってハンクスに食事会の終了を告げる。

「ルシウスさんはどうするっスか?」

「宿をとっているだろうが、この状態じゃ聞き出すことは不可能だろう……寮に空いてる部屋があればそこへ寝かせてやればいい」

「じゃあ、ルシウスさんはバートン隊長にお任せするっス」

「──っな……! ハンクスお前……っ」

「さっき飲み友に誘われたんスよ~! ここは一旦俺が支払いますんで、ルシウスさんをよろしくっス」

「~~~~~っ!! くそっ! 座席からウェグナーの外套だけ持ってこい」

 お安い御用とばかりに、ハンクスは俺に背を向け客席のあるホールへ足早に出ていった。

 やれやれと俺は膝を落として再度、ウェグナーの頬を軽く叩くが、やはり反応はない。

 はああ、と大きく溜め息を吐くと覚悟を決め、眠ったままのウェグナーを自身の背中に乗せ、両脚を抱え、ゆっくりと立ち上がる。

 成人の男、の割に軽いな……食が細かったし、そのせいだろう。


「バートン隊長、持ってきたっス」

「外套をウェグナーの袖に通してフードを頭に被せてくれ。変な(やから)を引き寄せる」

「ハイハイ、相変わらず人使い荒いっスね」

「おい! 俺はお前の上司なんだから部下をこき使うのは当たり前だ。ああ、それから……」


 俺は背中のウェグナーを落とさないように注意しながら片手で服のポケットを探り、オリバーから受け取った二千ディル分の貨幣をハンクスに手渡す。


「足が出た分はハンクスが払っておけ。ほぼお前の飲み(しろ)だ。お前の自己申告だと1杯誤魔化してるってことくらい、こっちはわかるっつーの! じゃあな、今日は助かった」

「……はあ、隊長には敵わないっス」


 したり顔だったハンクスは途端に残念そうな目を向け、ひらひらと手を振って俺たちを見送った。

 ……ハンクスめ、最初から誤魔化す気だったな……まあ、アイツらしいが。

 ふはっ、と笑いが漏れる。

 店を出た俺は、背中のウェグナーの意外にも柔らかな感触と温もりを感じながら寮まで歩いたが、不思議と穏やかで幸せな気持ちに変わっていることに気づく。

 それが、ウェグナーの心臓の鼓動と俺の歩くリズムがほぼ同じくらいだからだと気づいた時には、男子寮の玄関口に到着していた。

 管理人室に寄って、管理人の爺さんに声を掛ける。


「おや? バートンさんに呼ばれるとは珍しい」

「今夜ひと晩だけ、俺の背中で眠ってる奴に空いてる部屋を貸してやってくれないか?」

「……はーん? 生憎だが、部屋は空いとらん。お前さんの部屋で同衾(どうきん)すりゃええだろう」

「こいつは女じゃない! 男だ!」

「なら、別に一緒に寝ても無問題だろう? 浮いた話が今まで無かったのは男の方が好きだからか?」


 空き部屋の有無を訊ねたかっただけなのに、なぜ俺が男色家だなどと、あらぬ疑いまでかけられるんだ!?

 解せん……!!

 五階の自室まで階段を上がらなければならない毎日の基礎トレーニングに、今日はウェグナーを背中に抱えたまま階段を上がれとか、誰得なんだ!?

 そもそも最上階なんて新人に使わせりゃ鍛練になるのに、この寮の構造設計した奴は一体どこのどいつだっ!!?


「──ちょいと、バートンさん」

 管理人の爺さんに呼び止められ、振り返る。

「……なんだ?」

「可哀想だからこれをやろう」

 手のひらと同じくらいの大きさの紙を見せつけられ、俺の双眸(そうぼう)がカッと大きく見開く。


「そ、それは、簡易魔術陣……っ!! しかも、転移術式だと……!?」

「カルロ・ハーデルヴァイド様に貰ったんだが……欲しいか?」

「欲しいに決まってる!!」

 それこそ喉から何本もの手が出るほどにだ!!

 カルロ……お前のことを〝魔術馬鹿〟呼ばわりして悪かった……っ!

 そうだ、珍しい魔道具を見つけたらカルロにプレゼントしよう!

 俺はひとり、胸に強く刻むように勝手に誓う。


「餞別にやると言うとる。長いこと女っ気のないお前さんにもやっと春が来たようだからのう」

「…………」


 管理人の爺さん、まさか俺が男だと偽って、女を部屋に連れ込もうとする男なのだと、盛大な誤解をしているのか!?

 誤解を解いた方がいいのか……?

 いや、正常な男だということで、ここは肯定なのか?

 どっちが正解なんだ──?

「はよう行けっ」

 爺さんに急かされ、貰った魔術陣を使い、一瞬で五階の通路に降り立つ。

 感動して、暫くその場に佇んでしまったのは内緒だ。



 *



 自室の寝台にそっとウェグナーを降ろし、外套とブーツを脱がし、上掛けを掛けてやる。目を覚ますこともなく、奴はぐっすりだ。

 俺も剣と剣帯を外し、服を脱ぎ、自室内のシャワー室で身体をさっぱりさせて部屋に戻るも、ウェグナーは熟睡したままであった。

 まさか本当に同衾……いや、添い寝! これは添い寝だ!!

 懸命に自身に暗示を掛けて言い聞かせているが、下半身の正直過ぎる反応に俺は泣きそうになる。


「…………」


 ──寝よう!!

 狭い寝台の隙間に身体を滑り込ませ、ウェグナーに被せた上掛けに俺も潜り込む。

 背中に感じる他人の呼吸に緊張して、俺自身の心臓の動悸がうるさく感じて眠れない。心臓から供給される血液が全身を流れる音さえ、今ならうるさいと感じてしまう。

 ……全…っ然、眠れない!!

 これは拷問か──!?

 悶々とした気持ちを長時間、寝具の中で過ごしている間に俺の脳の思考力も徐々に落ちていき、いつの間にか俺は深い眠りに就いていた。


 意識が覚醒して気づいた時には、部屋の中が朝日を浴びてすっかり明るくなっていることに衝撃を受ける俺。

 それから、俺の隣で眠るウェグナーが───。

 どう見ても肩くらいの長さの金色の髪の毛はウェグナーのものなのに、女神なのかと見紛うほどの美しい女性にしか見えなかった。

 寝惚けていて、男なのに女に見えるのかと、何度も目を擦り、何ならしっかり顔も洗ってさっぱりとしたが、何度見ても美しい女性の寝姿だった。

 俺は混乱する。

 昨夜、知らずに女と共寝をしていたという事実に、「惜しいことをした」「危ないところだった」と二通りの気持ちが頭の中を駆け巡る。

 そのうち、長い金色の睫毛(まつげ)がパチパチと上下に動き、ゆっくりと瞼が上がり、青い瞳と目が合った。

 ───んん゛!?

 ……俺は何処かで、彼女を見…た……?

 王宮で……?

 過去のいくつかの記憶の欠片を繋ぎ合わせ、出てきた答えは……。


「──まさか、君はオリバーの妹のルナリア嬢……なのか?」

「え……?」


 彼女は何故か両手首を見てから、上掛けを捲っては寝具の中を探し回り、金色の腕輪(リング)を発見すると安堵の溜め息を溢した。


「……ご明察ですわ、バートン様。わたくしはデルカモンド家から追放され、平民に堕ちたルナリアでございます」

 寝具の上で座位のまま深々と頭を下げ、ルナリアは俺に正体を明かす。

「俺が君の正体を知ってしまってもよかったのか? 昨日の会食は、オリバーに君の素性を探るのを頼まれたからで……」

「でも、バートン様はわたくしの秘密は()()()守ってくださいますもの。そうでしょう?」


 にっこりと優しく妖艶に微笑む彼女は、俺を絶対的に信用してくれているということで───。

 つまりは、俺は彼女に対して悪いことは出来ないぞと、釘を刺されたという意味であり……俺は酷く肩を落とすのだった……。


次話の更新は4月12日(土)になります。

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