表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/1

第〇話・前編


──ある日の放課後。

ひと気のない校舎の陰に連れ込まれた少年は、数人の素行の悪い男子生徒たちから殴る蹴るの暴力を加えられている。


「あぁ?!ナメてんじゃねーぞ陰キャがよ!」


少年の頬は腫れ、鼻や口には血が滲んでいる。だがその顔は苦痛に歪むことも暴力に怯えることもなく微笑みを浮かべた。


「…くっくっく。何度でもいってやるよ。お前らに渡す金なんて1円もねーよ」


少年の言葉に激昂した体格のいい男子生徒が、うずくまった少年を何度も激しく蹴りつけた。


「おもしれーじゃん。カネもってくるまでサンドバッグ決定な。何日続くか賭けようぜ」

にやけ顔の男子生徒がヘラヘラと笑いながら他の者達に提案する。


体格のいい男子生徒は息を荒げながら

「じゃあ続きはあしたな。カネは持ってこなくていいぜ、オレもっとぶん殴りてーからよ」

と笑いながら言い残すと、男子生徒達は傷だらけの少年を残してまだ部活動の続くグラウンドの方へ歩いていく。


少年はふらふらと立ち上がりながらブレザーの内ポケットから何かを取り出しクラスメート達に声をかける。

「…おい、クソヤローども」


夕陽が、時が止まったかのように立ち尽くす男子生徒たちの影を校舎の壁に長く伸ばしていた。



──数日後。

逢真おうま高校・1年C組の教室では事故にあったクラスメイトの話で持ちきりだった。


「4人まとめてトラックにはねられるってウケねぇ?どんだけ仲いいんだよ」

「しかも軽傷なのに全員そろって記憶障害になってんだって。バカってちょっとしたことで記憶トンじゃうんだ」


誰も事故にあった男子生徒4名を心配することはなく、酷い言葉が飛び交うには理由があった。それなりに優等生が集まる逢真高校だが、事故にあった男子生徒達は夏休み明けからの素行は目に余るものがあり、ここ数週間は他生徒への暴力行為や授業妨害など酷い有様で退学も時間の問題と噂されていたからだ。


事故の話でざわつく教室に、ひとりの男子

生徒が顔に大きな絆創膏を貼って登校してきた。


「おーっすカイキ。聞いたか?あの4バカ、大型トラックにはねられたんだってよ。…ってどうしたその顔ww」

「転んだ。」

その男子生徒──かい 麒一郎きいちろう・通称“カイキ”は、ひと言答えると表情も変えず席に着く。

そして声をかけてきた男子生徒にこう答える。

「…で、トラックにはねられた?ご愁傷様」


「お前も目つけられてたもんな。しばらくは平穏な日々が戻ってくるな」

「しばらく?卒業まで平穏だろ」カイキはニヤリとわらって返した。


カイキの笑みに、

「え・まさかお前がはねた?」

男子生徒は大袈裟にリアクションする。

「かもな、わざわざトラックの免許とって」と答えると、男子生徒はここに轢き逃げ犯がいるぞー!…と大声で言い周囲の笑いを誘った。


すると丁度チャイムがなり、担任教師が入ってきた。

「出席とるぞー」


のそのそと面倒くさそうに席につく生徒達の出席をとり、神妙な面持ちで例の事故の件を切り出した。

「もう知っている者もいると思うが、先週末に萩野、長井、大野、西端の4人が事故にあった。幸い命に別状はないそうだが4人とも重い記憶障害があるということだ。しばらく学校を休むことになると思う。」


「センセー、重いってどんくらいー?」

生徒のひとりが軽い口調で質問する。

「日常会話は出来るんだが、自分の名前やこれまでの記憶は曖昧な状態だそうだ。また学校生活がおくれるようになったらみんなフォローしてやってほしい」


クラス内に白けた空気が漂う。

みんな、いやいや事故前までアイツらにどんだけ迷惑かけられたと思ってんの…と言いたげな表情だ。


「ん、あー以上。じゃ今日も元気に頑張ろう」

そそくさと教室を後にする教師をカイキは表情も変えず頬杖をついて眺めている。

そんなカイキの席から後方の窓際に座る女子生徒・藍沢 雫はスマホを不安そうに見つめていた。


──昼休み。

昼食をすませ、自席でスマホをいじるカイキに藍沢雫が話しかけた。

「ねえ解、今ちょっといい?」

特に表情も変えず藍沢に目をやり

「…なに?」

とカイキは返した。


「あのさ、解のおばあちゃんってレーバイ師って聞いたんだけど本当?」

「はぁ…。松本の野郎あっちこっちに言いふらしやがって。違うよ、ただの占い師だよ。そんな大層なモンじゃないって」

少しウンザリしたような様子で藍沢の質問に答えるカイキ。


「そっか…じゃあダメかな。立ち入ったこと聞いてごめんね」

思いつめたような様子の藍沢に、カイキは訊ねる。

「…どーしたの?」

少し躊躇いながら藍沢は口を開いた。

「…B組に紺野美晴って仲良い子がいんだけどさ。なんか夏休みに彼氏とか同じクラスの子何人かとキャンプに行ってから様子がおかしくて。学校もほとんど来てないしSNSでメッセージ送っても変なことばっか返してくるし」

そう言ってスマホのSNSのやりとりを見せた。


“やまでいっしょになったたた”

  “? なにが?”

“しぬまでいる”

“いやまじ大丈夫?”


「いっしょにキャンプ行った美晴の彼氏もクラスの子たちもみんなこんな感じらしくてさ…キャンプ行って変なのに憑かれたんじゃないかって」

「ふぅん…」

SNSのやりとりを見つめ一言呟いたカイキ。


「ごめん、変なこと話して」

自席に戻ろうとする藍沢にカイキは声をかける。

「霊は祓えないけど、なんかアドバイスはくれるかも。一度ばーちゃんに会ってみる?」


「え?いいの?」

少し期待を込めたような表情を浮かべカイキに言葉を返す藍沢。


「学校終わったらウチまで来れる?」

「うん、大丈夫!ありがと!」

やりとりを遮るかのように午後の授業開始を知らせるチャイムが鳴った。

「じゃ、放課後に」

カイキがそう言い正面に向き直るやいなや

「うひょー!“怪異”が喰える!」

とどこから蚊の鳴くような声が発せられた。


カイキの隣の席に座る男子生徒は不思議そうに周囲を見回す。

「?なんだ今の声?カイキが言ったの?」

「声?なんか聞こえた?」

カイキはキョトンとした表情で返すとブレザーの胸の辺りをグッと鷲掴みにした。内ポケットの“何か”を黙らせるように。


──その日の放課後。

カイキと藍沢雫は、カイキの家へと向かっている最中だ。


2人は別段仲が良いわけでもなく、これまで一言二言話した程度の同級生だが特にぎこちなさもなく雑談をしながら帰路を歩く。

藍沢はあらためて会話をしてみてカイキに不思議な印象を抱いた。まるで長年の友人と会話をしているような空気感。自分はほとんど接点がないので喋ることはなかったけど、クラスのみんなから“カイキ”と親しまれる訳だ。それに、よく見ると整った顔立ちをしている。伸ばしっぱなしの野暮ったい髪型が残念だけど。


そんなことを思いながら10分かそこら歩き、カイキが立ち止まる。

「着いたよ」

「ええ?!学校からめっちゃ近!…ってウッソ?お屋敷じゃん!!」


藍沢の言う通り、そこには立派な鉄の門構えに木々が生い茂る立派な洋館が建っている。

住宅街にありながら近隣の家々とはまるで雰囲気の違う、ある種異様な空気が周辺には漂っている。


門の監視カメラのランプが点滅し、カチャンと門扉のロックが外れ、2人は中に入る。

「すっご…」

門から玄関までを歩く間に目にした庭は、あまり手入れが行き届いていなのか、それともそういう作りのものなのか高校生の藍沢にはわからなかったが、木々が伸び光を遮りまだ夕方だが薄暗い。まるでおとぎ話に出てくる魔女や怪物の住む森、といった感じだった。


外観こそ趣きのある古い洋館だが、玄関などを見る限り設備は最新式のようでドアノブはなくカイキがドアに触れるとピピッと音が鳴り扉が開く。

「え、何このドア?!」

「指紋認証だよ。どうぞ」


玄関もまるで高級ホテルのような佇まいだ。

「ただいまー。ばあちゃーんいるー?」

カイキが靴を投げっぱなし家の中に呼びかける。


すると2階からパタパタと小走りに駆ける音が。

「ええー!ちょっとイチロー!彼女連れてくるなんて!うそー!めっちゃ可愛いじゃないの!」

顔を出した声の主は肩や胸元の露わなワンピースを着たモデルのようなルックスの美しい女性だった。

「いやチガウチガウ。クラスメートだよ。ばあちゃんに話しがしたいって」

「なーんだ、そうなの」

藍沢はかしこまって家人の女性に挨拶をする。

「あ、こんにちはぁ。…えーっと、解のお姉さん?」

「いや、ばあちゃんだよ」


いや、そういうのいいから、という顔をする藍沢だったがカイキのえ?何が?という表情に困惑しつつ少し間をあけて真偽を問う。

「…ウソだぁ」

「いや、ウソじゃないよ?」

女性もおどけながらピースサインで自己紹介する。

「どーもー、イチロー…麒一郎の祖母でーす♪」


「えぇぇ?!」

驚きの声を上げ固まる藍沢。最近は年齢よりずっと若く見える人も多いがどう見ても20代後半…何歳?!

そんな藍沢を尻目に淡々と会話を始めるカイキ。

「この子の友達がさ、なんか変なモノに憑かれたかもしんないんだって。ちょっとみてあげてくんない?」

「ごめーん、私さぁ今から出かけなきゃなんないのよ。手短に済ますけどそれでもいい?あーでも友達だっけ?憑かれた本人がいないんじゃねえ。その子の写真とか動画とか…あとSNSとかあれば一応見るだけで見るわ」

カイキの祖母は急いでいるようで、一方的に畳み掛けるとパッと上着を羽織、高級そうな腕時計をつける。


「あっ、えっと…これがその子のインスタント・グラムのアカウントです」

カイキの祖母に急いで紺野美晴のSNSアカウントを見せる藍沢。

「うん、よしおぼえた!ほんとごめんね!絶対見とくから!イチローから連絡させるから!じゃ!」


玄関から早足で出た祖母は庭の堅牢なガレージの高級車に乗ると急いで出かけて行ってしまった。


「はぁ…なんなんだよ。ごめん藍沢」

申し訳なさそうにカイキが呟くと

「う、うんこっちも忙しそうなところおしかけちゃったし。こちらこそごめん」

と、返す藍沢。


来て早々帰すのもどうかと思ったカイキは一応声をかける。

「…せっかくだからあがってく?」


「うーん…今日はいいや。ありがとね」

お屋敷の中に少し興味はあったもののなんだか迷惑をかけてしまったという思いからさっさとおいとましようとカイキの誘いを断った藍沢。


門の所で藍沢を見送るカイキ。

「ばあちゃんからなんか言われたら、すぐ伝えるよ」

「うん、ありがと。また明日」

藍沢は再びお礼を言うと来た道を戻って帰って行った。


「“怪異”はおあずけかよ」

カイキの内ポケットの“中”が声を出す。

カイキは声に特に反応する様子もなく家に入った。

ふと玄関に目をやると藍沢の定期入れが落ちていた。さっき急いでスマホを出した時に落としたのだろう。

「…しょうがないな」

カイキはスニーカーを履くと急いで藍沢の後を追った。



帰路を歩く藍沢。

スマホが鳴り、画面に目をやると美晴からメッセージが届いている。


“わたし◯×▲× あなたのちかく”

名前と思しき部分は文字化けしている。


背筋に悪寒が走り、すぐ別の画面にきりかえる。


住宅街で日はまだ落ちていないが辺りに人の気配が全く感じられない。

周囲を見回し、急ぎ足で駅へ向かう。


メッセージの受信を知らせる音が何度も何度もなり出す。

小走りで、恐る恐る画面を確認すると…


“わたし◯×▲× あなたのちかく”

“わたし◯×▲× あなたのちかく”

“わたし◯×▲× あなたのちかく”

“わたし◯×▲× あなたのちかく”

“わたし◯×▲× あなたのちかく”

“わたし◯×▲× あなたのちかく”

“わたし◯×▲× あなたのちかく”

“わたし◯×▲× あなたのちかく”

“わたし◯×▲× あなたのちかく”

“わたし◯×▲× あなたのちかく”

“わたし◯×▲× あなたのちかく”

“わたし◯×▲× あなたのちかく”

“わたし◯×▲× あなたのちかく”


画面を埋め尽くす美晴からのメッセージ。

泣きそうになりながら走り出す藍沢。しかし恐怖のあまりけつまずき転んでしまった。


目の前に落としたスマホの画面には最後のメッセージが映し出される。


“わたし◯×▲× あなたの後ろ”


あはぁ…ふはぁ…

藍沢のすぐ後ろから何者かの息づかいが。

振り向いちゃダメ振り向いちゃダメ振り向いちゃ…必死の思いとは裏腹になぜか後ろを振り返ろうとしてしまっている。

(なんで?!なんで?!)

涙を流しながら視界には少しずつ“それ”の姿が入ってくる。枯れ枝のような、長い髪のようなもの。


いよいよその姿が目に入ろうとした次の瞬間。


「藍沢!目を閉じろ!」


この声…解の声?!

我に返った藍沢は何とか瞳をぐっと閉じる。

凄まじい爆風、というより何かを吸い込むような力が発生しているのを背中で感じた藍沢。


風がやみ、辺りは帰宅中の人々が行き交う住宅街の景色に戻っていた。


恐る恐る振り返ると、小さなノートのようなものを片手で開きこちらに向けたカイキの姿があった。

カイキはすぐにノートを閉じて内ポケットにしまったが、開かれたノートにはドス黒く渦を巻く“なにか”が蠢いていたのをほんの一瞬だが藍沢には見えていた。


「あー間に合ってよかったぁ」

そばに駆け寄るカイキ。


「な、な、なに?なんなの?」

パニックになって泣きじゃくる藍沢。


通行人たちは、?という表情でカイキと藍沢に目をやりながら通り過ぎていく。


「…藍沢、そこに公園がある。一旦落ち着こう」

近くの公園のベンチに藍沢を座らせ、落ち着くのを静かに見守るカイキ。


内ポケットの“中”がボソボソと呟きだしたため、電話をかけるフリをして藍沢から少し離れるカイキ。

「チッ…“近づく呼び声”かぁ。前に喰ったことあるやつだぜ」

「ちょっと黙ってろバカ。…模倣だよ。山から降りてきてどっかでこの手口を知ったんだろ。ネットも使いこなしてるみたいだしな。キャンプに行った誰かに憑いてる“本体”をなんとかしないとなぁ」

ベンチに座って両手で顔を覆う藍沢に目をやりながらカイキはふぅとため息をついた。


読んでくれる方が多いようなら後編も投稿します。

反応が薄ければ連載中の「漂泊のベノス」完結後にします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ