ヒーラーのボクが素振りで傷ついた筋肉を治していたら筋力がカンストしていた件
「ジルド、お前をパーティーから追放する」
ギルドの一角で、パーティーリーダーのベルリから受けた突然の追放宣告に、ヒーラーのボクは思わず言葉を失ってしまう。
そんなことは知らずか、ベルリは溜息交じりに「役立たず」とボクを蔑むように睨んでから、「ヒーラーの時代は終わった」と続ける。
「もう回復はポーションに頼ってればいいんだよ!」
確かにそうだと、ボクはすっかりヒーラーとしての仕事ができないから請け負っていた荷物持ちの荷物の中身を思い返す。
回復作用の魔力を含んだハーブが大量に生産されるようになり、強力なポーションが格安で店先に並ぶようになった。
今や冒険者たちが傷を負うと、わざわざヒーラーが回復魔術を唱えるよりも、ポーションを飲んだ方が早いのだ。
「今時、回復魔法しか使えねぇ魔術師なんかゴミだよなぁ?」
と、剣士が口にすれば、攻撃魔術専門の魔術師が「あらあら、ジルドさんも一応攻撃魔法は使えますよ? まぁ、子供の通う魔法学院で習う程度の初歩的なものだけですが」
「つまりは回復以外はガキと同じレベルなんだろ? 俺たちA級パーティーには不要だよなぁ?」
「ええ、そうですわね。何なら私もある程度の回復魔法は使えるので、先ほどの言葉を使わせていただくのでしたらゴミですわね」
散々な言われように、ボクは肩を落とす。ベルリは「早く荷物も寄こせ」と言うので、ずっと背負いっぱなしだった重たい荷物を降ろした。
「しかしだなジルド、もし雑用と荷物持ちだけをやるというのなら、パーティーに残してやらないでもないぞ? もっとも、寝るのは馬小屋だろうがな!」
ベルリがあざ笑うと、続くように剣士も魔術師もゲラゲラと笑った。
もう、こんな奴らとは一緒にいられない。
「……いい、出てくよ」
そう呟いて、ボクは結成当初から所属していたA級パーティーから出ていった。売り出し中のD級から一緒だった仲間たちとの別れに、何の悲しみも怒りも覚えない。
ただ、D級の頃は支え合っていたのに変わってしまったなと、虚しさだけが心に残っていた。
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「どうしようかなぁ……」
パーティーを追放されてから、A級パーティーの一人だったのでお金だけはそこそこあったから泊った宿で今後について考える。
ボクは今二十歳だが、子供の頃から仲間を守るヒーラーに憧れて回復魔法ばかり練習していたので、他の魔術はほとんど使えない。
魔術師が馬鹿にしたように、子供が習うような魔術くらいなら使えるが、それだけではダンジョンどころか平原に現れるような雑魚にも負けてしまうだろう。
しかしだ、ヒーラーとして回復を一手に任されていたので、魔力量は多い。護身用にある程度の剣術も使える。
つまり、剣で戦いながら傷を負ったら回復すればいいわけだが……
「あくまで護身用だから、魔物相手に戦える自信ないよ……」
所謂時間稼ぎ用に身に着けただけなのだ。剣士も魔術師もいないのでは、不慣れな剣で守りに徹していても、助けはこない。
それに、今更冒険者以外の職業に就けるとも思えない。
要は、一人でなんとか戦っていく術を身に着けるしかない。
「そうなると……」
ボクは財布の中身と睨めっこしてから、まずは鍛冶屋へ向かった。そこで出来る限り上等の剣を買うと、次はギルドへ向かう。この街の周囲の地図に目を通して、強力な魔物が駆逐された”安全”且つ”人目につかない”場所を探す。
なぜか。それは簡単だ。ボクは森の奥地にいい場所を見つけて向かうと、剣を手に深呼吸して口を開く。
「素振り開始だ!」
今の所持金で新たな魔術を学ぶことはできない。だとするなら、ヒーラー兼剣士として戦えるようになるため、ひたすらに素振りを始めた。
重たい荷物をずっと持たされていたので、これくらいは軽いものだ。
ひたすらに、ボクは剣を振るい続けた。
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素振り生活三日目、食料は簡単な魔術で仕留めた野鳥や山菜で事足りた。泉もあるから水も十分にある。
問題は……
「素振りって、こんなに筋肉痛が来るものだったっけ……?」
そりゃ、長いことヒーラーとして回復魔術しか使っていなかったので、剣をまともに振るうのなんて数年ぶりだ。護身術として身に着けたと言っても練習したのは僅かな期間だったので、筋肉痛にはならなかった。
すっかり後衛に回っていたのだなと思いつつ、筋肉痛を回復魔術で治した。早く剣術に優れるために行った行為だったのだが……
「ん? なんか腕が軽いな」
痛みが消えたからだろうか? 気のせいだろうか? しかしまぁ、とにかくだ。
「引き続き素振りをしよう」
どんな卓越した剣士だろうと、最初は素振りをひたすらにやっていたはずだ。一部の天才でもない限りは、最初から剣術の型を練習したりはしない。
弱いボクなら尚更だ。とにかく今は、素振りを続けよう。疲れたら回復魔術で体力を回復して、筋肉痛も治して、ひたすら振り続けよう。
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素振り生活十日目、どういうわけか腕周りの筋肉がとんでもなく発達している。二の腕から手首まで、十日で発達するには早すぎるほどに筋肉がついたのだ。
それも、非常にバランスがいい筋肉だ。ヒーラーとして体の構造を頭に叩き込んであるから断言できるが、今のボクの筋肉は、無駄がなく、太過ぎず細すぎないバランスになっている。
ついでだが、素振りをするにあたって、すり足を繰り返すわけだが、そちらも筋肉痛が来るので治していたらいい筋肉がついている。
「筋肉を傷めたから治しているだけなんだけどなぁ」
しかしボクの素振りは素人のものなので無駄が多く全身を使っている。そのせいで体のいたるところの筋肉痛を治す羽目になり、無駄な魔力を筋肉痛に使っている。
こんなことでは、冒険者としては生きていけない。
「まだまだ未熟だなぁ……」
なんて呟いて、今日も素振りを続けた。
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素振り生活一か月目。筋力もようやく最初に買った剣では負荷にならない程度になった。とはいえ重たくしても無駄な筋肉がついてしまうので、相変わらず素振りをしている。
負荷にならないなら、なるまで素振りを続けるまでだ。
幸い、体中が筋肉痛になろうが疲れようが、回復魔術ですぐに回復できる。魔力も自分に対して使っているので、自分の中で循環して戻ってくる。
「とはいえ一か月も魔力を循環したからなぁ。そういえば、筋肉痛を治したのは初めてだったな……」
それも一か月だ。とにかく未熟だから素振りばかりして、筋肉痛になったら治してを繰り返してきたが、そろそろ少しは強くなっただろうか?
「……いや、まだまだだな」
筋肉痛が来るということは、まだ未熟ということ。来なくなるまで続けなければ、意味はないだろう。
「頑張ろう」
そうして今日も剣を握ったら、茂みから気配がする。そちらへ視線を向けると、ひときわ大きなゴブリンが棍棒を手にボクを睨みつけていた。
「う、うわあぁぁぁぁ!!!」
見たことのないゴブリンだ。だが気配からして、ゴブリン種の中でも凶暴な相手だろう。ただのヒーラーのボクに勝てる相手ではないのは確かだ。
ゴブリンも手ごろな獲物だと察してか、棍棒を手に襲い掛かってくる。
「く、来るなぁぁぁぁ!!」
恐怖のあまり剣を振り回す。だが無駄な行為だろう。ただのゴブリンでさえ、素人の剣では皮が厚くて斬れないのだから。
「ゲフアァァ……!」
「え?」
しかし、ボクの振り回した剣はゴブリンの肩から食いこむと、すんなり腹まで切り裂いていた。
そのまま力を籠めると、ゴブリンの体は斜めに両断された。
「か、勝っちゃった……?」
固い皮を斬った感覚も、力を込めたつもりもない。やみくもに切ったら斬れてしまった。
つまり……
「ただの雑魚かぁ」
それも余程の雑魚だろう。それか図体が大きい手負いの相手だろうか。
とにかくだ。
「ずいぶんゴブリンの血が飛び散ったなぁ」
正直臭いし変な魔力も感じるが、泉の水で流せば平気だろうか?
とにかく、これからは周囲に気を配るとして、今日も素振りを続けた。
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~そうして一年が過ぎた~
「フッ! フッ!」
この一年、気づけば素振りばかりしていた。ずいぶん腕も筋肉質になったし、全身の筋肉もバランスよくついた。
回復魔術で筋肉痛や疲れを治してきたので、ついでに魔術の特訓にもなった。
獲物を仕留めたり泉の水を温めるために、初級魔術のファイアボルトやライトニングスピアの魔術も使ってきたので、多少は戦えるようになっただろう。
でもまだまだだ。ボクはまだ雑魚ゴブリン以外魔物と戦っていない。しかしなぜだろう。確かにここは魔物が少ない場所とはいえ、この一年の間、一匹も現れないとは。
幸運度でも上がったのだろうか? とはいえだ、そろそろ街に降りていってもいいだろう。ギルドでヒーラーと剣士、それから初歩的な魔術を使える募集があるといいが……
「とにかく行ってみよう」
こうして、一年ぶりに修行に費やした森の一角から街へと向かっていった。
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俺ことベルリがパーティーメンバーのジルドを追放してからしばらくして、街の近くの森に「ゴブリンロードを倒した剣士」がいるとの噂が流れ始めていた。
なんでも、SS級の魔物であるゴブリンロードがこの街の周りに現れたそうで、冒険者は総出で探していた。
A級パーティーの俺たちでは太刀打ちできるはずもないのでギルドに引っ込んでいたが、気配を殺してゴブリンロードを追っていた隠密者曰く、一人の剣士が一撃で叩き切ったそうだ。
あまりの強さに恐れをなして隠密者は逃げたそうだが、人間には違いなかったという。元々他の魔物たちが少ない場所だったが、ゴブリンロードの血の臭いが染み付いたせいで、更に人も魔物も近づかなくなっていたという。
どれだけの達人がそこにいるのか知らないが、俺たちのパーティーには一人空き枠が出来て一年が経つ。
誰だか知らないが、上手く説得して仲間にできれば、A級パーティーからS級パーティーにランクアップも可能だろう。
そう思い、剣士と魔術師を率いて森へ向かうことにした。一年間も修行するような奴なら、とことん持ち上げてやれば仲間に出来るだろう。
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