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 僕の実の父、江生こうきと会ったのが一週間前、そして、その帰りに僕は、再び「呪い」の姿になった。しかも、そのダメージを受けた身体を癒すのに楊先生の屋敷で一週間をかけてしまった。

 僕が再び目覚めた時には、隣の部屋に居たという桜太郎は既に居なかった。

 楊先生によると、僕が記憶を無くしていた間、「呪い」の姿の僕は、桜太郎の背中を傷付けたらしい。直ぐに駆けつけてくれた楊先生のおかげで、その場はたちまち治り、桜太郎も命に別状は無かったということだった。

 だが、桜太郎は怪我の応急処置だけを受けると、その翌朝には姿を消していたという。

 僕は桜太郎さんを再び、傷つけた。

 ヨシさんや竹吉さん、二葉さん、特に旦那さんには、多大な迷惑と心配を掛けてしまった。

 引き続き、働かせてもらえるのだろうか。

 このまま、旦那さん達に甘えていいのだろうか。

 しかし、こんなことが頻発するようならば、僕はもう薬屋で働く事は、出来ないかもしれない。

 迷惑をかけすぎだ。商売をしているのに、世間体にも良くない。もうこの界隈でも、僕を「呪い持ち」だと認識している者もいるかもしれない。それだけの問題を起こしてしまった。

 僕だけの問題ではない。

 旦那さん達にも迷惑をかける。

 そして、こちらで唯一の友である二葉は、こんな僕をどう思うだろう。まだ友達でいてくれるだろうか。

 事件から一週間後の今日、昼を過ぎた頃わざわざ楊先生宅へ僕を迎えに来てくれた緑助は、あの日の朝と同じように、僕の頭から首までを彼の襟巻きで巻いてくれた。

 屋敷の門まで見送りに出てくれた楊先生にお礼を言い、別れてから半刻(1時間)ほど経っただろうか、いつの間にか前を歩く緑助との距離が随分と離れていた。

 思っていたより、かなり身体にダメージを受けているらしかった。なかなか足が前に進んでくれない。


「だから、始めから背中に乗ってくれたら良かったのに〜」


 緑助は、地面に傾いていく僕の体を支えながら言った。


「す……すみません」


「楊先生のお屋敷でもう少し療養すべきだったんだよ〜。無理して帰ろうとするからぁ」


 「ほら、背中に乗って」と言われ、既に体力の限界を感じていた僕は、向けられた背中に体重をのせた。


「もう、おぶわれる年齢じゃないのに……すみません。少しだけお願いします」


 僕を背負い、歩き出した緑助の背中は、思ったよりガッチリしていて、乗り心地が良かった。


「本当だ〜。桜生ちゃん、大きくなったねぇ。あ、僕、こう見えて体力はあるから、これぐらいまかせてよぉ」


 10歳にもなって背負われるなんて、本当に情けない。

 ただでさえ、一週間も仕事を休んでしまったのに、またこうして旦那さんに迷惑をかけてしまう。


「本当に……すみません」


「桜生ちゃん、謝ってばっかりだよぉ。僕たちもう家族みたいなものでしょ。だから、謝るのは、なし、なし」


 家族……。

 沙都村さとむらの家族にも、また心配や迷惑をかけてしまう。

 そして、実の父には、もう会う事も叶わない。

 いくら、旦那さんが家族のように思ってくれても、体が動いて働かなければ、傍に置いてもらう意味がなくなる。

 このまま、体が思うように動かなくなったら、僕はどうすればいいのだろう。

 ずっと、旦那さんの元に居ることが出来るだろうか。

 緑助の背中の上で、気付かれないように必死で堪えていた涙は、もう頬を流れ始めていた。


「僕はね、桜生ちゃんさえよければ、いつでも僕のとこに養子に来てもらいたいぐらい、思ってるんだからね」


「……」


「仕事ができなくなったらどうしよう、とか考えてない〜? だめだよぉ。僕は、桜生ちゃんのこと大好きなんだから、離してあ〜げない」


「……」


 緑助の声が優しすぎて、背中が暖かすぎて、詰まった胸の奥の溢れそうな気持ちを、僕はどうしても言葉にすることが出来なかった。

 そして、……そのまま、眠っていたらしい。

 僕は夢を見ていた。

 僕の体も健康で、絢と二人で暮らしている夢。

 随分大人になっている二人。 

 二人で薬を売り、夜になれば、一緒に食卓を囲む。

 先の未来を案ずる事のない、平和な毎日。


「桜生、ただいま」


 夕刻、買い出しから帰ってきた絢が小さな家の裏戸を開けた。


「おかえり、絢。凄い荷物だね。だから一緒に行くって言ったのに」


 沢山の食材の入ったカゴを重そうに抱えた絢に、僕は近付いた。


「あれ? 桜生、どこに行ったんだろう? 桜生ー。ただいまー」


 絢は何を言ってるんだろう。

 僕はここにいるのに。


「絢、僕はここにいるよ。何言ってるの?」


 絢の腕をそっと掴んで、彼女を見つめる。しかし、絢の視線と噛み合わない。


「絢っ」

「絢っ」……


 何度名前を呼んでも、彼女は僕の方を見てくれない。

 そんな僕に関係なく、家中を見渡し終えた絢は、中庭へと駆け出し、僕の名前を呼びながら庭の奥へと回って行った。


「桜生、桜生、どうしたの? 起きて、桜生ッ、いやぁーッ」


 突然、絢の叫び声と悲鳴が聞こえて来た。

 尋常じゃない悲鳴だ。

 僕もすぐに絢のいる庭の奥へ向かう。


「絢、どうした……の……」


 そう言いながら、絢の側に駆け寄ると、絢の傍には……息絶えた大人の『僕』が横たわっていた。



 緑助の背中から降ろされ、横に寝かされたことが分かり、目が覚めた。どうやら、休憩するために茶屋へ立ち寄ったらしい。僕はゆっくり長椅子から半身を起こして、椅子に腰掛けた。

 自分が死ぬという、すごく嫌な夢を見たおかげで、気分はあまり良く無かった。


「あ、桜生ちゃん起こしちゃったぁ? ごめんね。ねぇねぇ、それより、何度も女の子の名前呼んでたけど、あやちゃんだっけ? ふふっ、恋人なのぉ? 羨ましいなぁ」


 いつも通りの緑助の調子の良さに、気分が少し和んだ。内容は別としてだ。

 絢の夢を見ていたのは確かだが、まさか寝言で絢の名前を口にしていたとは。

 恥ずかしい……ッ。

 しかも……。


「こ、恋人……?」


 口に出すと、顔面が熱を帯びて、自分の顔が赤くなっていることが分かり、恥ずかしくて俯いてしまう。


「え? 違うのぉ?」


 緑助は、運ばれてきた温かなお茶を啜ってから言った。

 絢は僕を好きだ、と言ってくれた。彼女は、僕との将来のことも考えてくれている。そして、僕も絢が好きだ。

 でも。でも、あんな夢を見てからだと未来の自分に自信が持てなくなってしまう。


「僕には恋人……なんて、大層なモノをもてる資格はないのだろうと思ってます」


「えー? でも、絢ちゃんのこと大好きなんでしょう?」


 直球で来る緑助の質問に、いちいち戸惑ってしまう。


「す、好きですよ! 絢のこと、大好きですよッ!」


 僕は意地になって叫ぶように答えた。ふと、周りの視線を感じ、はっ、と我に返る。自分の声が茶屋中の注目を浴びていた。


「はははっ。耳まで真っ赤だ。可愛いっ」


「ほっといて下さい」


 僕は、首を捻って顔をそらした。しかし、緑助はそんな僕をギュッと抱きしめた。


「いやだ。ほっとかない〜。……ダメだよ、一人で悩んじゃ。苦しかったら、僕を頼ってほしい。分かった? 桜生ちゃん」


 緑助は、後半を僕の耳元で囁くように告げた。僕が首を縦に振り頷くと、彼は僕の背中をポンポンと優しく叩いて、ゆっくり体を離した。


「あの……ちなみに、沙都村さとむらの皆に今回の僕のことは……」


 頼れと言われて、早速、僕はずっと気になっていたことを緑助に尋ねた。


「大丈夫。言ってないよぉ。でも、和路くんにだけは、伝えさせてもらったよ。村に帰った時に君を守ってもらわなきゃならないし。あ、彼には、周りへの口止めをお願いしといたから、安心して」


 良かった……。また多くの人に心配をかけるところだった。


「何から何まで、ありがとうございます、旦那さん」


 僕は深々頭を下げ、心から緑助に感謝を示した。



「旦那さん、そろそろ降ります」


 結局、僕は帰路のほとんどを緑助に背負われてしまった。

 しかし、薬屋で僕の帰りを待っていてくれる人たちに、少しでも元気な姿を見て見せたいと言う僕の意地で、薬屋の店先が見える手前から、歩くことにしたのだった。

 辺りは日が陰りはじめ、気温も一層低くなっていた。

 薬屋の店先が見えると同時に、うっすら二葉ふたばらしき姿も視界に入ってきた。

 明日は、休業日だ。また明日会えるのに、わざわざ出迎えに来てくれたのか。


「二葉さん、ただいま」


 体調の悪さを気付かれないように、平静を装い、首を傾けると、僕は満面の笑みを彼女に向けた。

 薄暗い中、よく見ると、彼女は声を上げることなく、静かに涙を流していた。

 そんなに僕を心配してくれていたのか。


「二葉さん?」


 もう一度、名前を呼ぶと、二葉は僕に向かってゆっくり間合いを詰めて来た。そして、握りしめた両手の拳を僕の胸に押し当てた。

 二葉の行動に戸惑っていると、緑助が後ろから歩み寄って来たのがわかった。彼は、すれ違いざまに僕と目が合うと、僕が助けを要求する眼差しに対して、「がんばれ」と口パクで告げて横を通り過ぎて行ってしまった。

 旦那さんー! 助けてください!

 僕はこの状況、どうしたらいいんですかぁ?

 二葉は俯いたまま、涙を流し、動かない。僕は彼女を抱き寄せるべきか迷った。

 家族や絢だったら、今まで数えきれないほど抱きしめて来た。二葉は僕より二つ歳上だが、その頃、背丈は僕と同じほどだった。そのため、彼女の背中に腕をまわせば、抱きしめて慰めることも出来る。

 しかし、僕は結局、二葉を抱きしめることが出来なかった。


「二葉さん、心配かけてごめん。でも、ほら……僕はもう大丈夫だよ。寒いし、中に入って……」


 そこでやっと、二葉は俯いたまま口を開いた。


「桜生くんが……もう、いなくなるんじゃないか、って。もう、会えないんじゃないか、って。……怖かった。……すごく怖かったの」


 その時、僕は彼女を安心させたいと切に思った。そして、二葉の背中に腕を回そうと、手を伸ばした。

 すると、突然、僕は誰かに二葉ごと勢いよく抱きしめられた。


「桜生ッ、おかえり」


 抱きついて来たのは、店の中から駆け出して来たヨシだった。

 つづいて、僕は頭を撫でられたことに気付き、顔を上げると、竹吉が「おかえり」と優しく僕を見つめていた。

 薬屋手結之助くすりやたゆのすけに一週間ぶりに帰ってきて、周りの人の優しさと愛を感じ、僕は幸せを感じていた。

 しかし、その夜も僕の中の「呪い」は、完全に鎮火せず、まだ火を燻っていた。

 かなりうなされていたのだろう、夜中に目を覚ますと隣に緑助が眠っていた。彼は、しっかりと僕の右手を握っていてくれていた。それに少し安心した僕は、しばらくすると、また眠ることが出来た。


***


 私は兄の傍らで泣いていた。

 まだまだ夏休みも中盤だったが、節約のためクーラーも付けないアパートの部屋の中は、じっとり暑かった。

 私はその時、まだ、小学6年生だった。

 高校3年の兄は私の誕生日に、バイト代で黄色いヒマワリのワンピースを買ってくれた。すごく嬉しくて、はしゃいでいると、義父ちちが機嫌悪そうに帰ってきた。

 義父ちちはいつも、何で怒り出すか分からなかった。そして、その日は、私がそのワンピースを買ってもらったことに怒り出した。

 兄が義父あいつに殴られ、うずくまっている。気が付くと、すでに義父あいつの姿は家に無かった。


「お兄ちゃん、お兄ちゃん……」


 私は兄がこのまま、死んじゃうんじゃないか、って本気で怖かった。いつも兄が義父あいつの憂さ晴らしにされ、蹴られて、殴られて毎日怖かった。


美佐みさ……大丈夫だから、泣くなって。高校卒業するまでだから。そうしたら、俺も仕事して……つッ。二人で暮らそう、な……」


 兄はなんとか体を起こし、私を安心させるために「兄ちゃん頑張るから」と、そう言った。


美佐みさも頑張るよ」


 ご飯とかお掃除とか洗濯とか学校とか全部頑張るよ。お兄ちゃんが頑張ってるんだもん。

 母が亡くなって、兄が働き始めるまでの間は、義父と三人で同棲していた……地獄の日々だった。

 親類は誰も私たちに近寄ろうとせず、助けてくれる人も居なかった。

 精神的にも苦しかったが、金銭面でも苦しかったのを覚えている。兄のバイト代も義父に奪い取られることがあり、学校への支払いが滞ったり、学用品が買えなかったりした。

 でも、私には兄がいて、兄には私がいた。

それだけが、私たちを支え合っていた。


***


 翌朝、睡眠不足のまま、ぼぅっと目を開けると、まだ隣には緑助が眠っていた。

 この幾日間というもの、僕の右手首の傷はひどくなる一方だった。今日、また旦那さんに処置を頼もう、と思った。

 なんとなく外の空気を吸いたくて、眠ったままの緑助をそのままに、縁側から庭に降りた。

 冬の朝の冷たい空気を胸に吸い込み、天空に向けて両腕をうーんと伸ばす。体がシャキッとしたように感じたが、息を吐き、腕を振り下ろすと、一瞬、体がふらついてしまった。

 倒れる前に何とか体を縮こませ、地面にしゃがみ込んだ。目を閉じ、体の調子を整える。

 この弱い体が情けなく、悔しい。

 ……まただ。どことなく、胸も痛み出す。

 大丈夫だ。この程度ならジッとしていれば、じきによくなる。


「桜生ッ」

「桜生くんッ」

 

 ヨシと二葉が側に寄ってきた。


「あ……、おはようございます」


 無理矢理な笑顔を繕って、しゃがんだまま彼女たちに挨拶をする。

 しかし、二葉の目は涙ぐんでいた。

 「急いでこっちに」とヨシは二葉に指示する。二人に肩を抱えられ、たちまち部屋まで引きずり戻されてしまった。

 その日は休業日ということもあり、二葉は僕をつきっきりで世話し、ヨシや緑助も代わるがわる様子を見にきた。

 布団に寝かせられ、その傍で二葉が縫い物や勉強をしていた。何もすることがない僕は、眠る恐怖もあり、常に考えごとをして過ごした。

 そうしているうちに、僕はある疑問にたどり着いた。

 前世の夢を今まで何度も見て来たが、前世の自分の死や兄の死に関する記憶が、全くないという疑問だ。

 私の方が先に死んだのか、それとも兄なのか。

 私はどうやって死に、この世界にに生まれ変わったのか。

 ……確か、40代半ばまでの記憶はある。しかし、その先の記憶が全くない。

 私は40代で命を落としたのだろうか。

 考えていると、頭痛までして来た。

 一人で苦しんでいると、すかさず、二葉が「桜生くん、気分悪いの?」と背中を撫でてくれた。


「二葉さん、何でもないよ。大丈夫だから。あ、ありがとう」


 僕は布団を、頭からかぶった。

 何だか二葉に看病されるのが無性に恥ずかしかった。

 二葉が僕の側に居てくれることは心強い。

 しかし、どうだろう。どうして、彼女は僕にここまでしてくれるのだろう。

 昨日の泣き方も尋常ではではなかった。

 これも僕にとって、疑問の一つだった。


最後まで読んで頂きありがとうございます。


何か感じるものがありましたら、評価や感想などで教えて頂けると、大変喜びます。


宜しくお願い致します。

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