4. 雑貨屋
4. 雑貨屋
>>店に入った。 いいにおいがする……。
木の扉を押し開けると温かな空気が頬に当たり、ゴトーはやんわり外に押し戻されたように錯覚した。
店は食堂も兼ねていて、テーブルのひとつに老人が3人。目を丸くしてゴトーを見ている。
右側には通路と食器孔が見えるから、胃袋はあちらから攻撃を受けているようだ。
>>...腹が減ってきた。
奥には雑多な商品に囲まれながら、大男がカウンターにすっぽり納まっている。なるほど「熊の巣穴」と言っていた通りだ。あれが店主だろう。
ゴトーが近付いていくと、店主はそこから一歩も動かず声を掛けてきた。
「いらっしゃい」
じっとゴトーを見るばかりで、それきり用件も聞こうとしない。
ゴトーは居心地の悪さを感じ、仕方なく商品棚を眺めた。けれど値札らしきものは金額すら読み取れなかった。
――くそっ。
「こんにちは。とりあえず1泊と、何かすぐ食べるものを。それから保存の利く食糧を数日分と、毛布、食器類、日用品を一揃いください」
一息で言い切ると、カウンターに効果の入った袋をひとつ、そのまま置いた。
――あ、痛み止め忘れた。まあいいか。
薬を注文して、これ以上怪しまれる事を避けようという考えが浮かんだのもある。
けれど過去を思い返せば、このくらいの鈍い痛みは気にするほどもないというのが大きい。
刑務所内では病気をしてもなかなか医者の診察を受けられない。
病気ならば倒れてしまえば隔離されて寝る事も出来るが、厄介なのは虫歯だ。
どれだけ酷い状態になっても、予約待ちで3か月や半年も待たされ、一度に一本の治療しか受けられない。その間は効きの悪い痛み止めを処方されるだけで、痛みに耐えて眠れぬ夜を過ごす事になる。
耐えきれずに自分で奥歯を引き抜く荒療治を行う者もいるくらいだ。
幸いにもドワーフとなった今、ゴトーの歯は赤子みたいにピカピカだ。店主が何かの植物を細かく裂いた歯ブラシをカウンターに載せるのを見て、必ずしっかりと磨こうと決意した。
積み上がっていく商品の最後をどさりと乱暴に載せると、しかし店主は硬貨の詰まった袋に触れもせずにこう言った。
「満室だ」
それから窮屈そうに身じろぎすると巣穴から出て、その巨体でゴトーを押しのけるようにして食堂に向かった。
ゴトーも後を追うようにしてそちらに戻ると、空いている宅に腰を下ろした。店主の不愛想に反応するのも癪なので、袋はカウンターに置きっぱなしだ。盗まれたらクレーム付けてやる。
どうやら店主は厨房に向かったようだ。
こうなると、今得られるのは鼻からの情報しかない。ゴトーの胃腸が小さく不平を呟いた。
――まあいいか。待つのは慣れてる。
ゴトーが半ば意識してぼうっとしかけた時、別のテーブルから声が掛かった。
「もしかして、わしらが死んでると思っとりゃせんかい?」
老人の一人だ。
「は?」
ゴトーは驚いて振り返った。話し掛けられるとは思っていなかったのだが、店に入って「死体が安置されてるなあ」とはもっと思っていない。
「この村じゃあ、そんな脇目も振らず歩き回る奴はおらんよ。どうだい一緒に1杯」
空いた席を叩きながら、ひょろりとした別の老人が笑って言った。
まだ日の高い内から全員が飲んでいるようだが、悪い酔い方ではなさそうだ。人懐っこい笑顔で誘っている。
ゴトーは立ち上がった。