あさましきわざ
>>...ミス。
勢いのまま突き出された棍棒を半身で躱し、ゴトーはすれ違いざまに柔らか鈍器を振り下ろした。
>>ゴトーの攻撃。ミス。
単純に空振った。
――思ったより使いづらい!
唸りながら振り返るが、脇腹を狙った一撃がすぐに来る。腰を落として避けずに受け止める。
>>インプの攻撃。ゴトーにダメージ。
骨では受けない。熱い筋肉で覆われた前腕の内側で受ける。浮かされかけた体ごと、脚力を使って無理やりに押し返す。
「ふんっ!」
>>ゴトーの攻撃。インプにダメージ。
更に踏み込んでの前蹴りが顔に直撃し、小悪魔がのけ反った。
ゴトーはそのまま棍棒を掴んで奪おうとするが、小悪魔はのけ反ったのと同じ速さで上体を戻してくる。
得物を離さないまま、悪意に満ちた目でゴトーを睨み付ける。
>>インプは冒涜的な言葉を吐いた。
意味の分からない喚き声にを無視。ツンと硫黄の匂いが混じっている。
ゴトーは小悪魔の瞼が下から上に向けて閉じるのを見た。
細い手足に見合わない力で、棍棒からゴトーの手を振り払うと、小悪魔はバタバタと羽ばたきながら後ろに跳んだ。
妙に軽やかなのは、飛べないまでも小さい翼で少しは浮いているのかもしれない。
>>インプはゴトーを指差して邪悪に笑った。...
道化じみたステップを踏みながら耳障りな嗤い声を上げてくる。
蹴られた痛みも感じた様子がなく、離れた場所から時折威嚇するように棍棒で床を叩いている。
こちらは効いていないというアピールか、これがある限りお前に勝ち目はないぞとせせら笑っているのだろう。
ゴトーの腕に痛みが残っている事も、手製の武器が使い物にならない事も見破っているらしい。
そして自分が嘲笑する事で、人間が怯えるという事を、この怪物はよく知っているのだ。
>>...しかしゴトーには聞かなかった。
――だが俺には、小悪魔の邪悪な思惑を跳ね返すだけの勇気がある。
>>ゴトーは石を投げた。インプに当たった。
――さっきそこで拾った!
>>インプは怒ってわめいた。
「人間の世界じゃな、泣いても喚いてもどうしようもない事が沢山あるんだよ」
>>ゴトーは石を投げた。インプに当たった。インプは痛みにうめいた。
「そんな時、喚くより先にやる事がある」
頭に当たった石で、小悪魔にもそれが分かったらしい。棍棒を振り上げながら飛び跳ねてくる。
「第4次世界大戦だな」
嘯きながら、ゴトーは投石を続ける。
>>ゴトーは石を投げた。ミス。インプはかわした。
頭を下げて躱された。
しかしゴトーは安堵する。
棍棒で弾くくらいの化け物なら、打つ手が無かった。
動きが止まった隙にもう1投。これは当たる。
>>ゴトーは石を投げた。インプに当たった。インプは肩をすくめた。
――……まさかLEDが弱点だったりしないよな?
危機が近付くにつれ埒の無い考えが頭を過ぎる。もっと楽な方法があったんじゃないのか。
小悪魔の間合いに入る。今度は小癪にも足を払いにきた。
>>インプの攻撃。ミス。インプの攻撃。ゴトーにダメージ。
足を上げて避けたものの、体勢を崩したところに風を巻いた追撃が命中。なんとか左腕のガードを挟みはしたが、体重差が行方不明だ。
腕から腹にまで衝撃が伝わり、それを噛み殺しての踏み込みもl、小悪魔の後退で反撃まで至らない。
ゴトーは苦痛を太い息と一緒に吐き出すと、また1つ石を取り出した。棒を持ったオランウータンとでも戦っているようだ。
>>ゴトーは石を投げた。ミス。インプはかわした。
しかも学習している。反撃を封じるように動いてみせ、投石への警戒も強い。
開いた距離は避けられると見極めた間合いなのだろう。
それでもゴトーは右手に新たな意思を取り出すと、左手には街角の玩具を握った。ゴトーの勇気も残るは最後の1個だ。
ゴトーは大きく振りかぶった。
小悪魔は頭をしっかりと庇いながら、飛んでくる石を避けようと全身を緊張させた。
>>ゴトーは石を投げた。...
山なりに投げられた石は、小悪魔のかなり手前で落下に転じ、乾いた音を立てて転がった。
>>...石はインプの足元に転がった。
鳩に豆でもやるようだった。
何が起きたのかと混乱したのか、小悪魔は転がってくる石を見詰めて動かない。
それからその場に留まったままのゴトーに視線を戻した。黄色い瞳の上を、下瞼がパチパチと行き来する。
その忌々しい土妖精は、こちらを指差して頭を押さえ、それから呆然とした顔でこちらを向いた。
>>ゴトーはにやにや笑っている。...
その滑稽な動きは誰の物真似なのか。正しく読み取り、小悪魔は激怒した。そして庇った頭が血でぬめる事に、今更ながら気付いて怒り狂った。
>>インプは狂乱状態になった。
仕込みは終わった。
地団太を踏む小悪魔から目を離さず、ゴトーはネクタイを外した。
右手首に強く結んで腕を振るうと、それは蛇のように掌に巻き付いた。
小悪魔が来る。凶器に吊り上がった目を光らせて、猛然と跳ねてくる。ゴトーは靴下を思い切り振るった。
>>ゴトーの攻撃。ブラックジャックは壊れた。...
詰められた砂や小石がぶちまけられ、怒りに見開いた小悪魔の目に容赦なく突入した。
>>インプに当たった。インプは盲目状態になった。
同時に一瞬息を詰め、ゴトーは爆ぜるように助走。振りかぶった瞬間に時が止まり、目を閉じ顔をゆがめた小悪魔が脳裏に焼き付くのを感じた。
「おらあっ!」
>>ゴトーの攻撃。クリティカルヒット!インプは朦朧状態になった。
互いの勢いが小悪魔の面上で炸裂し、ぱぐんと音を鳴らした。
>>インプは棍棒を落とした。
硬い音を聞き逃さず、ゴトーはすかさず棍棒を蹴り上げる。
>>インプの攻撃。ゴトーにダメージ。
よろめきながら振り回された鋭い爪が脇腹を掠めるものの、その手が届かぬ高さで棍棒を奪い取る。
>>棍棒を拾った。棍棒を装備した。
その小さな頭蓋にどれだけ脳を打ち付けたのか。。小悪魔はまだ目を開けられず、酔ったように両腕を振り回している。
>>インプの攻撃。
空気をかき混ぜるだけの鉤爪。それでもゴトーは距離を取った。
棍棒を持ち直し、目の前の蠅も追えない様子の小悪魔に渾身の一撃。
>>ゴトーの攻撃。インプにダメージ。
剣にも棒にも心得のないゴトーの打撃は、頭部の丸みにやや衝撃が流された。
だがゴトーは気にもせず、位置を変えつつ打ち続けていく。
>>ゴトーの攻撃。インプにダメージ。インプの攻撃。ゴトーの攻撃。インプにダメージ。
むやみやたらな打ち込みから、こめかみや首筋を狙ったものへ。ゴトーの攻撃が徐々に性格なものとなり、それに従い小悪魔の反撃の頻度がへってくる。
>>ゴトーの攻撃。インプにダメージ。インプは弱々しい泣き声をあげた。
暴力の支配する世界では、「一度叩いた犬はしばらくは吠えない」という法則がある。
だがゴトーはずっと吠えられたくない。
>>ゴトーの攻撃。インプにダメージ。
我慢強い性格だと自分では思うが、降りかかる火の粉は危ない。踏みにじるべきだと思う。
>>ゴトーの攻撃。インプにダメージ。
喧嘩が強いわけでもなく、不意討ちと追い打ちくらいしか出来ない自覚があるから、後顧の憂いは残さない。前からそう決めていた。
>>ゴトーの攻撃。インプはぴくぴくと痙攣した。ゴトーの攻撃。...
これを残心と呼ぶにはあまりに仮借ない。けれどカンフーアクションの悪役も、SFホラーの怪物も、最後の足掻きで必ず人死にを出す。
ゴトーは一切油断せず、頭蓋が柔らかな手ごたえを返すまで、単年に棍棒を振り続けた。
これだけ大きな生き物を殺すのは初めてだったが、機械的に目的を遂げようとする時、感情は平坦になる。
――最悪の場合はこれを食べる羽目になる。
そう思うとうんざりした。毒はないだろうか。
>>...インプは死んだ。迷宮?の主を倒した!ゴトーの攻撃。ゴトーの攻撃。ゴトーの攻撃。ゴトーの攻撃。...
ゴトーの心配は無用となった。
とうに小悪魔は息絶えており、なおも振り下ろされた棍棒は地面を叩いた。
気が付けば、霧が更にに濃く立ち込めて、周囲を白い壁が取り囲んでいる。
霧に溶けるように、死骸の神格がうすれていく……。
霧はやはり服を濡らさず、ゴトーの体もすり抜けながら渦を成す。そして徐々に濃度と勢いを増した。
小悪魔の痕跡を隠しきる頃には轟音を伴って光輝いた。
この光景を半ば呆然と眺めていたゴトーは、脇腹に激しい痛みと熱を感じた事で、その轟音が自分の口から出る叫び声なのだとようやく気付いた。
――……めが……ぜんぶ……おか……い……!
渦に巻かれて思考が千切られる。
半ば無意識となりながらも、腰の高さでいまや白い雲海と化した地面、渦巻くその中心から、何故か目が離せない。
ゴトーは覚醒と無意識のはざまで揺さぶられながら、その雲の中に無造作に右腕を伸ばした。
――雲を掴む。
今ならそれが出来ると、抑えきれない衝動と確信に突き動かされて。1秒が16分割された思考と、遅々として進まない右腕がその正しさを証明している気がする。
まだ脇腹は痛むし絶叫を続けてもいたが、それは無視した。
次の1秒で胸が刻んだ鼓動は4.5回。脈拍270。絶好調だ。あと5秒で死ねる。
掌が渦の中心に触れる。手首まで沈む。前腕、肘、その厚みを超えてもなお地面に着かぬまま、二の腕……肩。
――あった。
指先に硬い物が当たる感触。その小さな何かを掴み取り、ゴトーは腕を引き抜いた。そして引き抜いたまま、奇妙な表情になった。
>>ゴトーはレベルが上がった。【あさましきわざ】を覚えた。ライター(LED/オン)を取り出した。
本日ここまでとなります。
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