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マエがある!  作者: ヒロエ凹道
2/20

G...ゴースト


開いた途端、霧の壁が崩れかかってきた。

踏み出した一歩な現実を踏み抜いてしまい、そこにはない場所に着地した気がした。

吸い込んだ霧が息を詰まらせるような感じがして、ゴトーは激しく咳込んだ。ショックで体が大きくよろめく。

呼吸を落ち着けて顔を上げると、目の前は5メートル先も見えない濃霧の世界だ。

進むにつれて道が開き、振り返ると背後では同じだけ空間が消え失せるのだ。


歩き始める前に過ぎった悪い想像に、ゴトーは今度こそ本当に振り返る。


そんな事はなかった。もっと酷い。もう既に消え失せていた。

「わが家」の扉も扉があったはずの壁も、嗅げも残さず消え果てしまって、ゴトーは何か大きな誤解の世界で生きてきたような気分になった。やはり自分の正気が疑わしい。


気を取り直して向き直る。振り返ったまま進むことさえ出来そうだったが、扉のようにけしさられてしまいそうでやめておいた。


「わが家」の外は屋外かと思いきや、またも洞窟内部。通路のようだ。

霧に満ちた奥は、暗視能力があっても見通せない。


奇妙なのは、これだけの濃度の霧が一向に衣服を湿らせない事だ。まるで巨大な生き物の白い影のように思えた。慣れたのか、もう息苦しさは感じない。


ゴトーはオカルト全般を信じないが、それは「幽霊を見たことがないから存在を信じない」といった類のもので、こうもあからさまに我が身に降りかかれば、もはや観察の対象でしかない。

そうなると、まずは足元の床に理不尽を感じた。「わが家」の床より整っている。


どうやら材質そのものも異なるようで、気になったゴトーは進行方向から何も現れないのを確認してから、壁際まで近寄ってみた。


>>ライター(LED/オン)を装備した。

青色のライトを壁に向けると、サイズに反して強い光が輪になって貼り付いた。「我が家」の黄色い壁とは明らかに違う。

似非ドワーフのゴトーにはっきりと判別はできないが、白い壁面は花崗岩のようだ。とても人の手で掘り進める硬さには思えない。


周囲から何の物音もしないまま暗闇に圧迫されていると、どうしても原始的な恐ろしさがある。

実際には直前より間違いなく明るいにも関わらず、明かりの無い方が安心感があるのが奇妙だ。

光から外れた傍の壁の凹凸まで、人の顔のように見えてきた。


――シュミラクラ現象とかいうやつだ。

3つの点が三角形に並ぶだけで、人間はそれを人の顔として認識するらしい。

その模様が、じっと自分を見つめている気がする。その顔は苦悶に満ちている。


――この症状は何といったか……。

精神的に追い詰められた者が陥る症状だったと思う。なんにせよヤバい。


>>ゴーストの攻撃。ゴトーにダメージ。

顔の模様の近くから生えた両手がゴトーの首を絞めた。おそろしく冷たい!


「ぐぅ……っ!?」


突如強い力で締め付けられ、何も声にならない。


「――――!」


亡霊を振り払おうと、ゴトーは全身を喉にした渾身の力で拳を叩きこむ!


>>ゴトーの攻撃。ゴーストにダメージ。ゴトーの攻撃。ゴーストにダメージ。


羽毛布団か風にあおられたカーテンのような手応えの無さだったが、首を絞めつける手はどうにか振りほどいて後ずさる。

さして効いていないのか、亡霊は壁からぬるりと全身を現すと、ゴトーの方を見もせずに、見当違いの方向に漂っていく。


興味を失ったかのような振る舞いに、逃げるか戦うかの葛藤が生まれ、ゴトーの体が硬直した。

視界の端で白い物がちらつく。


>>ゴーストの攻撃。ゴトーにダメージ。


「あ゛っ!?」


首を巡らせたところに鼻筋を強く打たれ、ゴトーの手からライターが離れた。跳ねる明かりが背後からにじみ出てくる亡霊の表情を一瞬だけ捉え、苦悶の表情と共に恐ろし気な咆哮が聴こえた。


――もう1体いる!

しかしライトの影響で瞳が切り替わらない!闇に紛れて亡霊の姿が見えなくなった。

さらに毛べから腕が伸び、恐ろしく冷たい手でつかみかかろうとしてくる。

――何体いるんだ!?

視界が利かないまま、ゴトーは光に背を向けて駆け出した。


服や腕を掴まれる度に手製の凶器(ブラックジャック)を振るい、肘で打った。

どちらも布団を叩いたような感触がして、日常の感覚と重なる事がたまらなく深い。それでも手は離れた。


微かな光を感じた目は、閉じているも同然のおぼろな視界しか生まなかったが、壁に激しく肩をぶつけながらも、なんとか闇の中まで逃げ込んだ。


暗視状態になり視野を取り戻しても走り続け、最初の曲がり角を俺、それでも止まらない。

いくつかのぶんキロも通ったが、幸運にも行き止まりには突き当らなかった。

扉もないが、道幅が膨らんで小部屋のようになった場所にたどり着くと、ゴトーはようやく足を止めた。中央に志願で荒くなった呼吸を整える。


何も見えない状態であちこちから手が伸びてきたのには、痴漢に遭ったみたいにパニックになり叫び出しそうになった。どうやら亡霊たちは思考が鈍いとみえる。

首を絞める手を振り払った直後にも関わらず、呆けたように明後日の方を向いた姿をゴトーは思い出した。


――幽霊の癖に、未来ばかり見ているらしい。

悔し紛れにそんな事を考えるが、そのおかげでどうにか切り抜けられた。

あの場から全力で逃げ出した事で、まずは一時的にせよ見失ったか、もしかすると忘れてくれたようだ。


しかしあまりの衝撃に震えが止まらない。壁抜けとは、初見殺しにも程がある。

絞められた際、自分の首にどれだけ指が沈むのか、したくもない発見をさせられた。


――あと幽霊は実在する。

……どうにも1本吸いたい気分になった。とはいえライターは落としてしまっている。

あれは本当は何なのか。疑問はあるが、問題は殴ってどうにかなるのかという事だ。

しかも奴等は複数いた。ライター1本を命懸けで取りに戻る選択肢は無い。


ログを読むと、相当な人数が似たような境遇に置かれ、既に死んでいる。

何かを間違えたり、失敗したり、そうでなくてもきっと殺られている。

断末魔が「俺の隠された力が……あれ?」だったヒューマンの事はさっさと忘れよう。


>>ゴーストの攻撃。ゴトーはライターを落とした。ゴーストは光に絶叫した。ゴーストの攻撃。ゴトーにダメージ。ゴトーの攻撃...


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