どうぶつクエスト 〜ネズミにぬすまれた食材を探す〜
太郎はタブレットの電源を入れた。
黒い画面がぱっと明るくなって、そこに色取り取りのアイコンが並ぶ。
この機械は学校で配られたものだ。だから中に入っているのは、授業で使うようなアプリばかり。
どことなくセンスのないアイコンが多い。
太郎は、その中の一つ、動物のキャラクターの顔をタップする。
アプリが起動する。
「どこまでやったんだっけ」
画面の中に、地図のようなものが表示される。
指を当ててスライドさせると、地図がスクロールして、目的のキャンプ場のアイコンが現れる。
太郎は、そのアイコンをタップする。
『こんにちは』
『あっ、太郎来た。おそいよー』
『こんにちは、太郎』
『おそくないよ。ゲームばっかりやってられないよ』
チャットであいさつすると、すぐに返信がある。
キャンプ場にいたのは二人。ウサギのキャラクターとウシのキャラクター。
『今ね、ネズミにぬすまれた食材を探してるの。太郎も手伝って』
『えー。昨日ちゃんとしまったじゃん。なんでないの』
『うるさい。ゲームばっかりやってられないの』
口が悪いのはウサギの方で、さっきからしゃべっているのも、そのウサギ。
太郎と同じクラスの優花だ。
『全然見付からない』
そうぼやくウシは、樹。三人は同じクラスの仲良しグループだ。
『ちゃんと探してよ』
『探してる。見付からない』
『あのさ、巣に持ち帰ったんじゃない?』
ネズミの巣。キャンプ場の外の、どこかにある。
『そうかも。じゃあ太郎、探してきて』
『えー』
『フクロウなんだから早いでしょ。こっちは料理の準備をしておくから』
*
このゲーム。インターネットを通して友達と遊ぶ、オンラインゲーム。
「めんどくさいなー」
なぜ授業用のタブレットにゲームが入っているのか。
先生の説明によると、ゲームを作った会社が、タブレットを作った会社の子会社であるらしい。
くわしいことは分からないが、とにかく色々と事情があるらしかった。
「この辺かな……」
フクロウのキャラクターで、キャンプ場の外、森の中を飛び回る。
当てずっぽうに探しているわけではない。巣の場所は大体決まっている。
「ここかな。きっとそうだ」
木々の間にかくれた、岩のかべ。その真ん中に、黒々とした穴が空いている。
地面には何かの足あと。それと、ぬすまれた食材の一部が落ちている。
太郎は、持ってきた毛糸を近くの木に結んだ。目印にするのだ。
それから、一度周りの様子を見回して、すぐにキャンプ場へと引き返した。
*
『ここね』
『うん』
太郎は、他の二人を連れて、どうくつの前にもどってきた。
これから穴の中にふみこんで、ネズミとの戦いだ。
『かくごなさい、どろぼうネズミ』
『勝てるかなー』
『めんどくさい』
『樹、あんたがたよりなんだから、しっかりしてよ』
ウサギもフクロウも、モンスターとの戦いでは強くない。じょうぶで力の強いウシが、一番の戦力だ。
穴の中に入ると、画面が暗くなる。フクロウは夜目がきく設定になっており、暗い場所でも、周りの様子がはっきりと表示される。
太郎は、他の二人の先に立って歩く。
『優花、前に出ないでよ』
『だって二人がおそいんだもん』
しばらく進むと、せまくて静かなどうくつの中に変化があった。
『音がする』
『音楽だよ。さっきから聞こえてたよ』
ウサギは耳がきく設定だ。
『聞こえてたなら言ってよ』
『何も聞こえない。あ、聞こえた』
さらに進むと、とても広い空間に出た。外と同じように明るく表示されるが、ここはどうくつの中だ。
『おどってる! どろぼうたちがおどってる!』
そこにはおどろきの光景が広がっていた————
ウタエ ネズミ オドレ ネズミ
ヤサイ オニク ナンデモ タベル
ニンジン タベル ピーマン タベル
タマネギ カブ ナス ブロッコリー
ナンデモ タベル
数え切れないほどのネズミたち。
そのネズミたちが、陽気なリズムに合わせて、楽しそうに歌い、おどっている。
ブタニク トリニク ギュウニク チュウ!
コメ ムギ ジャガイモ サツマイモ チュウ!
ヌスンダ ヤサイ ヌスンダ オニク
ハライッパイデ ダイショウリ————
『こらー!』
優花がネズミたちの前へと進み出た。すると音楽がやみ、明かりが消える。
『うわ、こわいね』
『にげたい』
『にげるな! 戦うの!』
何百ものネズミの目が光る中で、ひときわ大きなかげが立ち上がる。
『余ハ、ネズミノ王デアル。ドロボウタチヨ、カカッテコイ』
その一言で戦いが始まる。
『むかつくネズミ!』
『どろぼうは自分たちなのにね』
『帰りたい』
小さなネズミたちは部屋のすみへ、三人は広場の中央へと、勝手に移動される。
『あれ、操作できないよ』
『ほんとだ! ネズミ!』
チャットは入力できるが、キャラクターの操作がきかない。
『笑ッテハイケナイ勝負ダ』
ネズミの王がそう言うと、小さなネズミたちが何かを取り出した。
キノコだ。
ネズミたちがキノコをゆらす。
「なんだこれ……」
キノコからは、けむりのようなものが出てきた。それが広場をおおう。するとおかしなことが起きた。
『太郎、樹、なんで笑ってるの!』
『自分だって笑ってんじゃん』
画面の中の三人が笑い転げている。太郎も他の二人も、そういう操作はしていない。
『オ前タチノ負ケダ』
ネズミの王の言葉と同時に、画面が真っ暗になった。
*
『今の何? わけ分かんない』
三人はどうくつの外に放り出されていた。
『バグとかじゃないよね?』
太郎にも、何が起こったのかよく分からなかった。
『ワライタケ』
樹だ。
『何それ?』
『さっきのキノコがワライタケなの?』
『そう』
『ちゃんと説明してよ』
優花がそう言うと、少し間を置いてから、樹が続ける。
『ワライタケの解毒薬がないと、笑ってしまう。解毒薬はワライタケから作る』
『どういうこと?』
『ワライタケはどこで採れるの?』
『森のどこか』
『どういうこと? 意味分かんないんだけど』
太郎が整理して、優花に説明する。
『さっきネズミたちが使ったのはワライタケ。解毒薬がないと、笑ってしまって、勝負に負ける。解毒薬を作るには、ワライタケが必要。ワライタケが生えている場所は分からない』
『何それ! だめじゃん!』
『あの』
また樹だ。
『何よ!』
『ワライタケ、ない。でもいい物がある』
*
『マタ来タカ、ドロボウタチヨ。サア、カカッテコイ』
『こんなので本当に効くのですかにゃー?』
『どうしたの優花ですにゃー』
『うわ、何これですにゃー!』
『チャットがこわれてますにゃー』
『これがヘルメットの効果ですにゃー。AIですにゃー』
『オ……オ前タチ……』
太郎たちは太郎たちで混乱したが、樹の言う『いい物』は、ネズミたちを相手に————
『チュウ!』
『ニゲロ!』
『ハシレ!』
『オイ! 王ヲ置イテニゲルナ! 待ッテクレ! オイ!』
————とてもよく効いた。
ネズミたちは消えてしまい、太郎たちは食材を取りもどすことに成功した。
*
『ネコミミ族のヘルメット』
かぶるとAIでネコミミ族になるヘルメットですにゃー。
頭が良くなって、にゃーにゃー言いますにゃー。
ネズミ相手には無敵ですにゃー。
*
太郎たちはキャンプ場までもどってきた。
『じゃあ料理する!』
『うん』
『お願い』
優花のキャラクターには『シェフ』という職業が設定されている。
『出来た!』
『早いね』
『早い』
設定すると、このゲームの中で、料理が得意になる。
『食べよう!』
『うん、食べよう。いただきます』
『いただきます』
料理を食べると、キャラクターが強くなる。
強くなったら、モンスターと戦ってもいいし、何もしなくてもいい。
さて、次は何をしようか。そう太郎が思った時。
「太郎、晩ご飯よー」
母から呼ばれた。
太郎は、別れのあいさつをして、タブレットの電源を切った。
そうして、自分の家のキッチンを見に行った。