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水晶玉と妖精さん

 王都の下町にある怪しい雰囲気の宝石屋には誰もお客さんがいなかった。いるのは(ほうき)で棚や床をファサファサはいている店主のおじさんだけだ。

 店内には明かりがついておらず、昼間だというのに薄暗い。


 窓越しから店内の様子を窺っていた私は、意を決して入口の扉を開き、おそるおそる店主のおじさんに話しかける。


「ごめんくださーい……」


 おじさんは背後から私の声がしたせいでびっくりしたのか、一瞬肩をびくつかせた。そして箒を近くの壁に立てかけたあと、眼鏡をかけてこちらを見た。


「いやあ、お客さんなんて滅多にこないもんだから驚いちまったよ」


「びっくりさせちゃいましたね。ごめんなさい」


 店内に入ったあと私はぺこりと頭を下げる。


 入口から入ってすぐのところにあるショーケースには、赤やら青やら黄色やらといった色とりどりの輝いている宝石が大切そうに小箱に入れられ置かれていた。


 ただ一方で、近くの床には乱雑に木箱が置かれていて、通路を塞いでいた。

 おじさんの言ったとおり、お客さんはあまりこないのかもしれない。


「謝らんくてええよ。で、何かお探しかい?」


「あの、このお店に水晶玉ってありますか? 私、どうしても水晶玉を買いたいんです」



 お店の前の看板には『水晶玉あります』と書いてあった。

 だからあるはずなんだけど、窓から店内を見ただけでは水晶玉を発見できなかったのだ。



「ああ、あるよ。ちなみに占い用かい?」


「そうですそうです!」


 私の返答を聞いたおじさんはにっこりと笑い「こっちついてきな」と、親指を立てた。


「お嬢さん、なりたての占い師だろ?」


「あ、わかっちゃいました?」


「バレバレだ」


 バレバレだったらしい。

 それから私が占い師になった経緯をおじさんに軽く説明。

 その間におじさんは私をお店の奥へと案内してくれた。



 お店の奥は外の光が射し込む入口近くより一段と暗かった。そんななか、棚には光り輝く水晶玉が何個も並んで置かれていた。



「綺麗な水晶玉ですね」


「そうだろう。わしが毎日拭いて綺麗にしておるのだ」


「なるほどー、どうりで綺麗だと思いました」


「よかったら触ってみるかい?」


「えっ、いいんですか?」


「もちろんさ、遠慮なくどうぞ」


 おじさんの許可が出た。

 ということでさっそく私は水晶玉に触れてみることにした。


 目の前にある水晶玉を指で一回、ちょんと触ってみる。



 うーん、もう一回触ってみるか。

 次は指先で水晶玉をコツンと突っついてみた。


「もっと触ってええよ。じゃないとフィーリングが合うかわからんだろう?」



 そうだった。

 水晶玉を選ぶときは、自分とのフィーリングの合う水晶玉を選ぶこと、と資料に書いてあった。おじさんの一言でそれを思い出した。



「ありがとうございます。では、お言葉に甘えて」


 棚の真ん中くらいにある水晶玉を慎重に両手で取った。

 水晶玉は透き通っているけど意外とずっしりしていて、本物の水晶玉なんだな、というのを感じられる重さだった。


 それから、水晶玉をだっこしてみた。

 なでなでしてみたり、よしよししてみたりもする。


「赤ちゃんじゃないんだから」


 私の水晶玉との触れ合いを見てか、おじさんが私にツッコミを入れてきた。


「あはは、ついつい」


 私はてへっ、と舌を出す。


「それにしてもこの水晶玉、ひんやりすべすべって感じですね。ずっと触っていたい気分です」


「そうかそうか、ちなみにしっくりくる感じはするかい?」


「んー、それはよくわかりません。もうちょっと他の水晶玉も触ってみていいですか?」


「もちろんさ」


 フィーリングの合う水晶玉選びがはじまった。

 棚に並べられている水晶玉をひとつひとつ手に取って、触ったときの感覚を確かめていく。あとついでになでなでしてみたりする。


「ふむふむ、なるほどー」


 なるほど、よくわからない。

 いくつかの水晶玉を触ってみたけど、フィーリングが合うっていうのが、いまいちわからない。


 てかあれだ。肉体的には疲れてないけど神経を研ぎ澄ませて水晶玉を触ってたから精神的にちょっと疲れてきた。ということでいったん休憩しようと、私は棚から離れる。

 そのときふと通路の隅を見たところ、蓋のない大きな木箱があった。興味本位で中を覗く。するとそこには水晶玉があった。

 なんでこれだけ棚に並べてないんだろう?


「おじさん、この水晶玉は?」


 私は木箱から水晶玉を取り出した。よく見るとこの水晶玉には小さなキズが複数ついていた。


 いつの間にか再び箒で棚や床をファサファサしていたおじさんが、ちらりとこっちを見る。


「ああ、それか。その水晶玉はだな……」


 言い淀んだかと思えば、おじさんの顔が渋くなった。なんか怪しいな。


「もしかして、呪われた水晶玉とか?」


「いや、呪われてはいないが……。色々とついてる()()()()んだ」


「ついてる?」


 どういうことだろう?

 私は首をかしげる。


「そうだりゅ。ついてるんだりゅ」


 そのとき突然、女の子と思われる高い声がどこかから聞こえた。


「こら、リュリュちゃん! お客さんの話に反応しちゃいかんと言っただろう!」


 おじさんが木箱のほうに向かって叱る。


 私は木箱の中を、今度は隅々まで詳しく覗いてみた。そしたら左端のところに、白い羽の生えた栗毛色のリスみたいなもふもふがいた。もふもふは私のほうをじっと見ている。


「……魔物?」


「魔物じゃないりゅ! 水晶玉の妖精やってるリュリュっていうりゅ!」


「うわ、しゃべった!」


 リュリュとかいうもふもふが羽をパタパタさせて木箱から飛び出し、空中に浮かびながら自己紹介してきた。てか、普通にしゃべれるんだ。


 いきなりの不思議生物登場で理解が完全に及んでないけど、とりあえず私ももふもふに自己紹介をする。


「アルテアさんですね、よろしくお願いしますりゅ。リュリュのことはリュリュちゃんって呼んでくださいりゅ」


 もふもふ、改めリュリュちゃんはご丁寧に私にお辞儀した。


「ところで、いまアルテアさんが持ってる水晶玉はどうりゅ?」


「どうって?」


「フィーリングが合うかどうかりゅ」


「フィーリング……あっ」


 フィーリングのことを言われて気づいた。

 この水晶玉を持ってると安心感があって落ち着くような気がする。それと手になじんでいる気もする。なんとなく。


「安心感はあるような気がするけど……」


「ふむ、どうやらフィーリングが合ってるみたいだな」


 おじさんが頷いた。

 どうやらこの感覚がフィーリングが合うってことらしい。


「やっとご主人様が見つかったりゅ」


 そしてリュリュちゃんは安堵したみたいで、ほっと一息ついた。



 あ、なんか私がこの水晶玉を買う流れになっている?


 うーん、と私は頭を悩ませる。


「悩む必要はないりゅ」


 私の様子を見たリュリュちゃんが、腕組みをして自信ありげに言った。


「悩む必要はないってどういうこと?」


「この水晶玉はラッキーアイテムなんだりゅ。この水晶玉を持ってると、ついてついてつきまくるんだりゅ。それと水晶玉を買ったらリュリュもついてくるから、リュリュをもふもふできる権利もついてくるんだりゅ。これがさっきリュリュが言った、ついてるの意味だりゅ」


「いまの全部ほんと?」


「ほんとだりゅ」


 リュリュちゃんはハッキリキッパリと言った。こんなにハッキリキッパリと言ったんだから、きっと本当なんだろう。


 まあ、この水晶玉はフィーリング合ってるみたいだし、他にいい水晶玉もなさそうだから買っとくか。あとリュリュちゃんがもふもふしててかわいいし。もふもふしたいし。


「私、この水晶玉買います」


 私はおじさんに購入することを伝えた。


「お金はいらんよ。貰ってくれ」


「えっ?」


 お金はいらない?

 それに貰ってくれだって?


「ついてるラッキーアイテムかは知らんが、キズがついてたりリュリュちゃんがついてたりして、とても売り物にはならんかったからな。だからその水晶玉は貰ってくれ」


 なるほどなるほど。

 この水晶玉は売り物にできずに放置されてたのか。だから木箱に入れられていたと。

 なら私がタダで引き取っても問題ないよね。


「おじさん、ありがとうございます」


 リュリュちゃんに倣って、私はおじさんに丁寧にお辞儀した。

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