はじめてのお客さん
今日も夕方まで誰一人としてお客さんは来なかった。
ということで、いつもより早めにお店をクローズ。
こぶしほどの大きさの水晶玉と、水晶玉の下に敷く黒い布をローブのポケットに入れて、外に出る準備を整えた。
昨日寝る前に考えたように、出張占いをすることにしたのだ。
「酒場にでも行ってみよっと」
引越しで村にやってきたときに、酒場があるのを見た。
そこだったら、誰かしらお客さんになってくれる人はいるはずだ。
日が暮れたころ、村の中心地にある酒場に到着した。
ドアをガラリと開けて中に入ると、お酒が入って盛り上がっているお客さんが大勢いた。
ホールをぐるりと見渡して、空いている端っこのカウンター席へ近づく。
席の右横には、銀の鎧を着ている水色の髪のおにいさん。腰には剣がある。職業は戦士かな。
どうやら一人で来ているみたいで、グラスを片手に持って、ちびちびと飲んでいる。
「お隣いいですか?」
私が尋ねたところ、おにいさんは「ええ、もちろん」と言って、カウンターのテーブルに置いていた食器類を横にずらした。私のためにスペースを確保してくれたらしい。
席に座り、ちょびひげのマスターにアルコール入りのミルクを注文する。
お酒を飲むのは王都で踊り子をやってたとき以来だから楽しみだ。
「あまり見ない顔ですね。今日は旅か何かでここにやってきたんですか?」
おにいさんがこちらを見て質問してきた。
「いえいえ、旅ではなくて、私はこの村の住人ですよ。まあ、ほんの数日前に引越してきたばかりなんですけどね」
マスターから手渡されたお酒のグラスを手に取り、質問に答える。
見たところ、おにいさんは私と同じくらいの年齢に感じた。
「こんな田舎の村に引越してくるなんて珍しいですね。ちなみに以前はどちらに?」
「前は王都に住んでましたよ。おにいさんはずっとこの村に住んでるんですか?」
「ええ、俺は生まれて二十五年、ずっとこの村です。それにしても王都からでしたか。どうりで気品に溢れててお美しいと思った」
このおにいさん、ただのおにいさんじゃなかった。
私より年上かつ褒め上手で落ち着きもある、素敵なおにいさんだった。
こんなに素敵なおにいさんだから、きっと素敵な奥さんがいたりするんだろうなあ。と、勝手に夫婦の姿を想像。
「でもどうしてこの村へ?」
「それはですね、占いでこのヤムイ村が吉と出たからです」
「占いで?」
「そう、占いで」
王都でそのまま占い師をやることも、または故郷の町に戻って実家で占い師をやる選択肢も、はじめはあった。
だけど私は占いの結果を信じて、このヤムイ村に決めた。
私の占いを私自身が信じられずに何が占い師だ、ってね。
それから、私が占い師であることや、前に踊り子をやってたことなどをおにいさんに話してみた。するとおにいさんは興味を持ってくれたようで、いろいろと聞いてきた。
「へー、占いっていろんな種類があるんですね」
「そうなんですよ、占いにはいろんな種類があって、すごーく面白いんですよ」
微笑んだあと、お酒を飲もうとグラスを口につける。だけどいつの間にかグラスが空になっていた。
マスターに、おにいさんがいま飲んでるオレンジ色のお酒と同じものを頼む。
すぐにマスターはお酒を作ってくれて、私にグラスを差し出した。
「わー、このお酒おいしいですね!」
「でしょ? 俺のお気に入りなんですよ」
「お気に入りにしたくなるの、すっごくわかります」
ふふっ、とお互いに笑いあって同じタイミングでお酒を飲む。
なんだかいい雰囲気だなと感じた。
しかしそのあと沈黙。
でも話さないかわりに、おにいさんがこっちをちらちらと見てくる。
私に何か言いたいことでもあるのかな?
「どうかしました?」
「……あの、こんなところでお願いするのは恐縮なんですが、よかったら俺に占いをやってもらえませんか?」
あ、そうだった。
楽しくてすっかり忘れてたけど、今日私は出張占いをするために酒場に来たんだった。
「いいですよ。ちょうど水晶玉を持ってきてるので、水晶占いしますね」
そう言って私はローブのポケットから水晶玉と黒い布を取り出す。カウンターに布を敷き、水晶玉を置いた。
「どんなことを占ってほしいですか?」
「えっと、じゃあ、恋愛について」
おお、意外。
おにいさんには奥さんがいるものと思っていたけど、恋愛を占うってことは、奥さんはいないってことだよね。
なんかもうちょっと詳しく話を聞きたいな。
「もしかして好きな人でもいるんですか?」
「いえ、好きな人というか、その、素敵な人だなーと思う人がいて、その人との今後を占ってほしいなー、なんて」
「なるほど、わかりました。では今から集中に入ります」
目を閉じ、深呼吸。
集中力をじわじわと高めていき、目を開ける。
目の前の水晶玉を、じっと見つめる。
「色が、見えます。オレンジ色と、水色と、緋色、です。水色がだんだんと、緋色に近づいて……」
「近づいて……」
「えー、これで終わりです。いま見えるのはこれまでです。で、これからわかったことを話しますね」
ごくっと、おにいさんが息を飲む音がした。
私は水晶玉から視線を外し、おにいさんのほうに顔を向ける。
「これ、いまの私たちですよ。間違いなく」
「うえええっ!?」
ちょっ、おにいさん何でそんなに驚いてるの?
おにいさんは口をぱくぱくしている。
予想外の驚きっぷりにびっくりしたものの、私は話を続ける。
「だって、オレンジ色はこのお酒、水色はおにいさんの髪、そして緋色は私の髪、でしょ?」
「そ、そうですね……」
「つまり、失敗です。私、どうやら水晶玉に反射して映ってる色を言っちゃったみたいです」
私としたことが、失敗するなんて。
はじめて人の前で占いしたから緊張して、ちゃんと集中できていなかったのかなあ。
それともお酒を飲んだせいで、頭がぼーっとしているせいかなあ。
「あ、安心してください。お金は取りませんから」
失敗したのにお金を取るわけにはいかない。
その後はおにいさんと楽しく、楽しーく飲んで、楽しくおしゃべりした。