封印の儀
再び飛行が始まったが、体の力の入れ方というものを意識すると先ほどまでに比べるとあまり疲れずに乗ることが出来、殿下も「うまくなったな」と声をかけてくれた。
少しして、私たちは山間にある大きな洞窟の前に到着した。馬に跨ったままの騎士たちが入っていけるほどの高さで、横も数人が並んで歩くことが出来るほどだ。
おそるおそる中へ入って進んでいくと、暗いじめじめした空間で、歩いていくにつれて外からの光がなくなっていく。するとケイロンが体から白い輝きを発した。おかげで私たちの周りだけは明るくなり、ごつごつした岩場の足元もよく見えるようになる。何度かつまずいてしまったが、そのたびに殿下が体を支えてくれて赤面してしまった。
さらに進んでいくと、邪竜が封印されている場所に近づいてきたからか、嫌な気配が濃くなってくる。精霊たちもその気配を感じるのか、顔をしかめている。
さらに洞窟の奥からは蝙蝠や小鬼のような魔物が出てきたが、私たちの前に現れるなり騎士たちの剣が一閃して死体になる。さすがに殿下の護衛を任されるだけあって騎士団はかなり強かった。
「そろそろだな」
嫌な気配も一段と強くなったところで殿下は馬を止める。
行く手は少し開けた空間になっており、下は巨大な穴のようになっていた。だがその下からは嫌な気配が溢れてくる。さらに封印が解けかかってくるせいか、時折何かがうごめくような音も聞こえてくる。
よく見ると、穴の四隅には石像のようなものが置かれている。どれも欠けたり汚れたりしているが、ノーム・ウンディーネ・イフリート・シルフをかたどったものに見えなくもない。かすかにではあるが、石像からは魔力を感じる。
「よし、これより私が封印強化の儀式を執り行う。皆の者は周辺への警戒を頼む」
「はいっ」
騎士たちは私たちを円形に取り囲むように陣を敷く。そして守護獣から聖なる光が発され、私たちを包みこむ。
(これでよほどのことが起こらない限り安全なはずだ)
「ありがとう」
これで私たちの周辺はかなり安全になったはずだ。私たちが狼から降りると、殿下が説明を始める。
「邪竜の封印はこの穴の四隅にある石像から発される魔力により維持されている。だから今から私は順番に魔力を込めていく。そなたには私に魔力を分けてもらいたい」
「それはどうやればいいのですか?」
「私の手を握って欲しい」
そう言って殿下は左手を差し出す。
「分かりました」
私は殿下の右手をそっと握る。その手は思ったよりも固くてごつごつとしていた。
すると私の心と殿下の心が繋がるような奇妙な感覚に包まれる。それは単なる比喩ではなく、実際に私の魔力が殿下に向かって流れていくのを感じる。そして代わりに、殿下の思考の一部がこちらに流れてきys。
(ああ、シルア殿の手は何と柔らかいのだろう。しかし彼女の手を握るのは緊張してしまうな)
え、殿下? てっきりこれから行う封印強化の儀式のことを考えているのだろうと思った私は予想外の殿下の思考に不意打ちを受ける。
きっと今頃自分の顔は真っ赤になっているのだろうと思ったが、幸か不幸か殿下が頑なに私の方を向いてくれなかったのでばれることはなかった。
「こほん、では儀式を始めよう」
「は、はい」
殿下は正面に向かって右手をかざす。
「まずは地属性の魔力が欲しい」
「分かりました」
殿下の声に応じて私はノームを呼ぶと、左手からノームの魔力をもらい、右手から殿下へと魔力を流す。すると殿下の手から発された魔力が次々とノームの石像へと流れていく。
一度にそそぎこむ魔力が多すぎれば魔法は決壊するし、少なすぎれば魔法が終わってしまう。その調節には細心の注意力を要した。しかし殿下と心を一部共有している私は何も言われずとも適切な量を送ることが出来た。
儀式が進んでいくと、薄汚れてぼろぼろになっていた石像はみるみるうちに新品のようになっていき、やがて光り輝くまでになった。
私の傍らにいるノームもうまくいった、というように頷く。
「よし、次だ」
そしてこれと同じ要領でウンディーネ、イフリート、シルフと順番に魔力を送っていく。
途中、邪竜のなけなしの抵抗なのか穴の中から蝙蝠が何匹か飛んできたが、騎士たちが全て斬り捨てた。一匹だけ、騎士たちの間をすり抜けるように私を狙って飛んできた蝙蝠もいたが、ケイロンが目にも留まらぬ動きで叩き落した。
儀式が終わるころには四体の石像が光り輝き、周辺に漏れていた良くない気配はすっかり消滅しており、むしろ呼吸をするだけでいい気持ちになる清涼な空間に変わっていた。
「ふう……終わったようだな」
さすがの殿下も少し疲れたようだった。私も、儀式中は緊張で疲れを感じなかったが、終わった瞬間にどっと疲れが押し寄せる。人目がなければ間違いなくその場に座り込んでしまっていただろう。
「成功したようで良かったです」
「おお、さすが殿下!」「シルア殿もありがとうございます!」
周りにいた騎士たちも儀式の成功を見て歓声を上げたり、私たちに頭を下げたりしている。相変わらず私は精霊たちの魔力を流しただけなので自分で何かをしたという実感はなく、感謝されると恐縮してしまう。
「いえいえ、皆様が守ってくれたおかげです」
(うむ、さすがは守り手の末裔と精霊の姫。お二人がいれば我が国は安泰だな)
ケイロンも表情を綻ばせる。私は騎士たちと殿下が話していて見られていない時を狙ってこっそり彼の背中に顔をうずめた。
この時、私は疲れていてケイロンや殿下が私を見つめる視線が変わっていることに気づかなかった。
「シルア殿、疲れているところ申し訳ないが、明日の夕刻、重要な話がある。よろしいか?」
「分かりました」




