戻ってきました。まだ休めそうにありません。
070
「ーール、ーイル、ライル!!」
「ん、んん……」
「あ! ライル! 大丈夫? 痛いところとか無い?」
久々に聞く声だ……懐かしい……お母さん……?
視界が開ける。見慣れた、数年前まで、ずっと見てきた天井。木の匂いが暖かい。窓から入ってくる風が心地良い。
「ライルー? 思い出に浸ってる場合じゃないよ。痛いところがないか聞いてるのよ。まあ、その調子じゃ、大丈夫そうね。よかった……」
母が、静かにそう言う。涙を堪えている弱々しい顔が俺を見ている。
正直、まだ頭がぼんやりしている。
……そうだ。確か、誰かに、魔方陣で送り返されて、ここにいて……深鈴、クロヒ、クラハは!? 無事なのか!?
「……っ!?」
からだを起こそうとして、激痛が走った。この調子だと、しばらくは動けなさそうだ。
「まだ動いてはダメよ。あ、そうそう、きっと一緒にいた人たちの心配をしているのね。みんな無事よ。竜が二頭に、女の子が一人。なに? その女の子は彼女? 可愛いわね~」
「……ち、違う。妹」
はじめの声を出すのに時間がかかってしまったが、とりあえず、伝えることはできた。
「へえー、いもう……妹!? いや、私、産んだ記憶無いのだけど。今、お腹のなかに男の子がいるけど……この子で二人目よ? 妹……? やっぱり頭でも打ったの?」
「いや、打ってないから。って言うか、弟って、あとどのくらいで産まれるの?」
あ。と言う顔を母がした。
なんだ。まだ言うつもりじゃなかったのか? うっかり口が滑った的な?
「はぁ。もうこうなったら言う。あなたには、弟が出来たの。もう少しで産まれるわ」
弟……前世でも、今までで、始めての弟。なんだかワクワクしてしまう。
「……お母さん。俺にはやることがあることを思い出した」
「俺……?」
いきなりのことに、ポカンとする母。
「ああ。まずは、レミスに会いに行かなきゃ行けない。あとは、あのくそ女神に、仕返しに……」
「待って、ライル……今は外に行かない方がいいわ。王都が、その……魔術師、魔法使いを、国の防衛のために、集めてるのよ。表向きは、ただ衛兵が足りないって言っているみたいだけれど、本当は、魔物たちだけじゃなく、動物たちの凶暴化のせいで、前線が危険だからなのよ。王都の危険を防ぐために、地方からどうでも良いやつを、引っ張ってこようとしてるのよ! 行っては駄目。絶対、行かせないわ。帰ってこなくなるなんて、もう二度とごめんよ!!」
はぁ、はぁ。と息を切らす母。すぅ。っと、母の頬に涙が流れる。
知っていた。今世界が大変だと言うことを。知っていた。俺は、そのために帰ってきた。
でも、自分のために、こんなに心配してくれる人が、今目の前にいる。だからと言って、、いや、その気持ちを侮辱したいわけでは無い。でも……
「王都が、危険なんだろ? これでも、魔法科学校を、卒業してるんだ。お世話になったぶんだけ、返さないといけない。気持ちは伝わったから、ちゃんと帰ってくるから。今回は心配させないから」
精一杯の気持ちを込めて、母を見つめる。心配そうな表情が少し緩んだ。
少し、暖かい風が、家のなかを流れる。
「お願いします。行かせてください」
深く、深く頭を下げる。
「……わかったわ。無理はしないこと。いい? 無理だと思ったら、帰ってきなさい。いつでも、温かいご飯と、サンドイッチを用意して待ってるわ!」
「サンドイッチ……!! ……あ、うん。ありがとう!」
つい、サンドイッチに反応してしまう癖をどうにかしなければ……
「まだ、可愛いままじゃない。すっかり、大人になっちゃったのかと思った。頑張ってね!」
そう言って母は、笑顔で送り出してくれた。




