動物たちの凶暴化
045
「一応、山は越えたか?」
さっきまで、とても荒い息をしていた。汗をかき、ずっと震えていた。
「もう、大丈夫……かな?」
今は、落ち着いた規則的な呼吸をし、すやすやと眠っている。
「一時はどうなることかと思った」
「そうだね。あの時、お兄ちゃんが居てくれなかったら、やばかったね」
俺だって、ずっと諦めていたんだから、人のことは言えないんだ。まあ、でも、次何をするべきなのか、わかったから。
深鈴が、ニトの額に置いてあった、布を取り、水で洗った。
ニトは……どうしていきなり、倒れたんだろう。ただ単に、風邪を引いただけだとは考えにくい。
「……なあ、深鈴」
「なに?」
深鈴は、背を向けたまま返事をした。
「ニトみたいに、体調がおかしくなることは、この世界じゃ、よくあることなのか?」
「……お兄ちゃんは知らないか」
「どう言うことだ?」
「今、ヒルムでも、この世界レイリムでも、動物の凶暴化が、起こっている」
動物の凶暴化? いやいや、嘘だろ。ニトは、凶暴化するのか! じゃあ、これは、その前兆!?
「どうだろうね。今までに、こんな例は上がってないよ」
「違う可能性も十分あるんだな!」
「ハッキリとは答えられないけどね」
そう言って、ニトの額に布を戻した。
凶暴化は、理性がなくなるとか、そう言うことなんだよな。まだ、可能性はある。ニトはちゃんと考えがあって、自分の事をちゃんと考えている。凶暴化は、きっとしない。
ニトに影響がないように、凶暴化したやつがいたら、片っ端からぶっ叩いてやる!
「……? じゃあ、この世界には魔物はいないのか?」
「うーんと。それも知らないのかな」
え、えぇっ!? 知ってて当然なの? それすらも知らない俺って、何なんだよ!
「……2年前くらいから急に、魔物が姿を現さなくなったのよ。今まで、そんなことはなかったそうよ」
魔物が、姿を……? 俺、魔物と戦ったことなかったよな。魔物って、強いのか?
「そうか……魔物が姿を現さなくなったのと、動物が凶暴化したことには、関係があるのか?」
「確か、ほぼ同時期だった気がする」
「なんかひっかかーー」
ふいに、視界の端に、黒い影が映った。
なんだ?
「お兄ちゃん? どうしたの?」
地面に影が写っている。今、視界に入って来たのは、これか。と言うことは、空か!
そう考えて、空を見上げた。そこには、長く大きい蛇のような、何かが飛んでいた。
「深鈴、あれ見えてるか?」
「……? 何の事? 何もないけど」
そうか! あれは、竜なんだ。魔法の属性を3つ以上持っていないと、見えない。だから、深鈴には見えない!
……竜。まさか、クロヒ、じゃないよな。どうにかしてみる。とは言っていたけど。そんなに早く来れるわけじゃないだろうし。
「ねえ、お兄ちゃん。大丈夫?」
「あ、うん。平気」
あの竜は、白っぽかった。光属性の竜なのか。一体、どこに向かっていたんだろう。
「ねえ、お兄ちゃん」
「ん?」
「これから、どうするの?」
それは……
少し迷った。これから帰る。そう言っても良かったのだが、ニトをこのまま置いてくわけにはいかない。どうするのが、一番いいんだろう?
「……俺は。俺は、帰りたい。母さんが待っている。学校生活もまだ終わってないんだ」
「そう、お母さんがいるのね。私もできれば帰りたい」
できれば。深鈴も考えていることは一緒か。
……ニトを、連れていくことは、まず出来ないと言っていい。ニトは、こっちの住民だから。そのくらいは分かる。
なら、一人でこの世界に残すか? 無理だ。凶暴化する魔物たちが、沢山いるのに。……確か、ニトには家族がいたよな?
「そうだ! それだ!」
きょとんとしている深鈴に、一体何のことなのか、ライルは説明をする。
「へぇー! 良いじゃん! 家族いたんだ」
「じゃあ、旅を続けるってことでいいよな!」
「うんっ!」
今日は、夜が近いので、出発は明日にすることにした。
深鈴が夕飯の支度をして、ライルがニトの看病をする。スースーと寝息をたてる、ニトはとても可愛らしかった。
「……お前、そう言えば何で旅をしてたんだ? 家があるなら、そこにいれば良かったのに」
聞こえてないよな。こんなこと言ったら、バカにされる。
ニトは、寝返りをうった。
ニトは起きていた。ライルの言ったことも聞いていた。何をしようとしているのかも、見当がついていた。
「(俺には、帰る場所なんか無いんだ)」
心のなかで、そう言った。
「……ニト?」
ニトは声に出していない。でも、ライルは、ニトが何かを言っているような気がした。
ニトはまた寝返りをうった。
スースーと寝息をたてる。寝たふりをして。
「おやすみ。明日には、元気になってよ」




