森の仲間 人間ときつね坊
この悲しみを何に込めるべきか。
変えられないものへの執着。
透かし見える感情。
胸からせり上がってくる、この悲しみ。
ある晴れた日の昼下がり。
森の中には人間が1人、毛玉が1匹。
互いの行きつけの珈琲屋から相成った不思議な繋がり。そんな相手と、街の裏、森の中まで散歩に出ていた。
ー てこてこ、スタスタ ー
ー てこてこ、スタスタ ー
ー ぴた。ー
立ち止まるきつね坊に、開けた森の一角、薄緑が綺麗なこの原っぱが散歩の目的地なのだと知る。
ふと、息を吸う。
息を吐く。
肺に入った薄緑を纏った空気が気持ちいい。
横目で見ると、きつね坊はゆらゆらリズムを取りながら細い目で蝶を追っていた。
体の力が抜けてゆく。
しばしの沈黙ののち、口をひらく。
「悲しくてどうしたらいいのか分からない」
筋道など立てず、委細をなにも伝えず、今の気持ちを口にした。
それを聞いて目を瞬かせたきつね坊は、にんまりと口角を上げた。
「おいらが飴玉にして、食べてあげる」
そう言うや、ごそごそと首掛けのがま口ポーチを漁り、中から桃色のフィルムに包まれた飴玉を取り出す。そのままの手つきでフィルムを剥ぐと、澄んだ橙の飴玉が顔を出した。
きつね坊が、まるで毛玉の手で器用に飴玉を摘みながら、こちらににじり寄ってくる。
目の前で立ち止まると、摘んだままの飴玉をコツリと胸元に当てる真似をした。
「この飴玉が、その悲しみね。きれいな色だねぇ」
糸目をいっそう細め、ひょいと口の中に飴玉をほうり込む。
ー ぱくり、がりっがりっ、ごりごりっ、ごっくん ー
ちろっと赤い舌を見せると、
「ね?」
可愛らしく首を傾げた。
からだに巣食う悲しみが、溶けた気がした。
そんな人間ときつねのお話。