1 〜出会い〜
「吸血鬼ってどこにいるのかしら?」
美亜は見た目とは裏腹なまだ幼い声を小さく響かせた。
───ここは異世界。吸血鬼なんていくらでもいる。
まだ少々世間知らずの美亜にはそんな発想が無かった。
「よし…それじゃあ、行ってみましょうか!」
今度は元気な声をあげると、美亜は日傘を持ち、
「行ってきますわ、お父様。」
と一声、館から1歩踏み出した───
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「…なかなか居ないものねぇ。」
美亜は吸血鬼のたくさん居る街とは反対方向の森へと入っていた。
首をかしげながら深く森へ入って行く。
「おかしいわ…」
辺りが暗くなりだした。
懐中時計を見てもまだそんなに経っていない。
「これは…もしかして異世界でお決まりのあれが起きちゃう感じ…?」
不安げに声を出すと鳴き声が聞こえてきた。
恐る恐る後ろを向くと────
美亜は短い悲鳴をあげた。
──そこには、美亜を日から遮るようにフェニックスがそびえ立っていた。
もう一度フェニックスは鳴き声をあげる。
「…ですよね。」
美亜はしばし呆然とし、私はここで死ぬんだわと失神しかけた。
フェニックスはそのまま美亜を襲おうと────────
「…え?」
辺りが静まり返る。
目の前にいたはずのフェニックスは居なくなっていた。
目をぱちくりさせて美亜はフェニックスのいた場所を見る。
かさっ
森の落ち葉を踏む音がする。
今度は素早く立ち上がって美亜は足音のした方を見た。
「おやおや、そんなに身構えられても困るんだけどね。」
そこに立っていたのは黒い髪の少年だった。
「…助けて、くれたの?」
美亜は恐る恐る聞く。
「ああ。そんな身構えられるとは思ってもいなかったけどな。」
と、答えてそっぽを向く少年。
「ごめんなさい、ありがとう。お礼は何でもするわ。」
「いや、お礼なんていいさ。願いは1つだ。」
美亜は首を傾げるとある事に気付いた。
「…羽?」
少年の背中には羽が生え、更に牙まで覗いていた。
「…分かるだろ?俺は正真正銘の吸血鬼だ。」
少年はニヤリと邪悪な笑みを浮かべ続ける。
「知ってるか?吸血鬼ってのはな、若くて美人の血を好むんだぜ?だからお礼はそれで────」
少年は言葉を切った。
美亜は恐怖で震えて言葉も出ないよう
────ではなかった。好奇心を隠そうともせず目を向け、笑顔さえ見せていた。
「吸血鬼…吸血鬼なのね…!!」
「何だお前…吸血鬼だぜ?怖くねぇのか?」
少年は少し拍子抜けしたように聞く。
「怖い…?いいえ、怖くなんてないわ!殺してくれるのなら本望なのだけれど…」
美亜は少年に今度は打って変わって邪悪な殺意の目を向けた。
「吸血鬼なら、血、あるわよね?」
美亜はどこから取り出したのか鎌を構える。
少年は慌てて
「お、おい…何さっきから訳わかんないこと口走ってんだ?血があるだの殺してくれだの…まるで死にたがりじゃねぇか。」
美亜はその言葉に静かに目を向ける。
「死にたがり…?えぇ、そうよ。死にたがりよ。これが見えるでしょう…?」
美亜は初めて人前で包帯を外した。
そこには無数の傷があった。
…少年はそこに目を向ける。
「そうかそうか。じゃあ血もそんな純度が高くないんだな。悪いな、引き止めて。」
諦めたように少年は去ろうとする、が美亜の方が早かった。
「…逃がさないわよ?」
少年の首筋に鎌の先端を向ける。
「…悪かった。悪かったからその鎌をどけてくれないか?」
少し困惑したようだったが落ち着き払った様子で少年は言う。
美亜は嗤い声を上げた。
「いいわ。どけてあげる。その代わり…」
少年を正面から見すえ、美亜はこう続けた。
「私の家へ来なさい?」
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「おい…何で俺はここに連れてこられたんだ?」
困惑したような表情で少年は問う。
「あら、決まってるじゃない?この鎌なら貴方と対等に殺し合えるもの…ねぇ?」
妖艶な表情で美亜は呟く。
少年は更に困惑して
「まさか、俺と殺し合いでもする気か?俺は不死身、お前は人間だろ?」
と言うと美亜は今度は槍をどこからともなく取り出し少年に向け、
「私は美亜。白金美亜よ。お前なんて名前じゃないわ。」
と目だけを逸らした。
「あぁはいはい。悪い悪い。」
と少年は面倒くさそうに答える。それに美亜は少々拍子抜けした。
「私の名前…聞いてた?」
「ん?白金美亜だろ?聞いてたよ。」
少々心外といったような表情で答える。
「嘘ではないみたいね…白金って苗字、聞いたことない?」
「んあ?ねぇよ…大体あそこにしかいねぇし外の世界の事なんざ知ったこっちゃねぇ。」
「そう…」
美亜は微笑み槍を傍に置いた。
「気に入ったわ!殺し合いより先にまずは食事にしましょう?」
その美亜の表情は誰にも見せたことがない嘘偽りのない笑顔が輝いている表情だった。