信じるということ、裏切るということ
「副団長失礼します。被害の状況が判明しましたので報告致します。まず懸念されていた外部による攻撃は確認できませんでしたので、時限式の工作あるいは内部による自爆攻撃だと思われます。所在不明の団員が18名。遺体による身元確認は出来ませんでしたが、最低でも8人が死亡。重軽傷者多数。人的被害は中規模の戦闘後を想定頂ければ宜しいかと。爆風の痕跡は12。複数の証言から12名の自爆攻撃により6名が巻き込まれたものと考えられます」
「18名の一覧を後でよこせ。また王宮への伝令と併せて任務続行不可能により帰還する許可を取るように。負傷者の手当てが完了次第撤退の準備に入る。それまで警戒態勢を怠るな」
「はっ!」
団員が敬礼し、グラムの後ろを不安そうに伺うも、グラムの突き刺さる視線に恐れ改めて背筋を正し幕舎を後にしる。しばらくの間グラムは周囲に人の気配がないか念入りに確認し、仕切りの奥へと移動する。
「団長、具合はどうですか?」
「申し訳ありません。もう暫く動けそうにな――ウップ」
「水を持ってこさせますね。表向きは私を庇って爆風に巻き込まれたことになってますので、決してここから出ないように」
「何から何までありがとうございます」
グラムは幕舎から顔を出し、少し離れて立っている見張りに医療道具一式を持ってくるように指示。指示された見張りも先程の団員同様アマビスカの容態が気になる様子で慌ただしく駆け出す。
「この度の一件、団長はどうお考えです?」
「その前にグラムさんは何処まで把握しています?」
「グラムで結構。私に限らず青薔薇からの後期移籍組は特に何も聞かされていません。強いて言えば土国から迫害を受け一族総出でレイオンに亡命したと記録通りに聞き及んでいるだけです。前期移籍組は何か含んでいるようですが」
「その含みはグラム卿から見て好感するものですか?それとも不快なものですか?」
対応を頑なに変えない若い上司に呆れるも軽い溜息で済ます。
「嫌なものなら許可を得ずともとっくに対処してます。違いは――そうですね。一言でいうと信頼できる仲間同士という感じですか。国も種族も違えど、命を預け合い、共に困難な局面を乗り越えた戦友。そう、戦友です。後発組が仲間意識を持っていないというわけではなく、共に戦場を駆け回った経験の有無が接し方の差となって感じているのかもしれません」
「なるほど」
うんうんと頷く戦闘を知らないはずのグラムへの評価を一段高く設定したアマビスカは頭痛と吐き気を耐えながら思案する。
頭に浮かぶは戯れるモーナとクウ、そしてその二人を見守るインゴの姿。
話すべきは他にもあるが、アマビスカの知る情報としてはこの三人についてがもっとも多い。
どこまで話すべきか考えていると見張りの団員が行方不明者一覧と医療道具一式を持ってきた。
水は処置で使うと思ったのか微温湯を桶で用意。アマビスカは手酌で口を潤し、洗顔も行う。
「行方不明者は鉱族12名、元青薔薇団員6名。6名全て後期移籍組です。爆発に巻き込まれて即死か或いは」
「逃亡か」
行方不明者一覧を眺めていたアマビスカから発せられた声が冷たく響く。
グラムは殺気にも似た冷たい気配を努めて無視するように呼吸を整える。
「目的が分からない以上は何もできません。王都から伝令が戻り次第、陣を払います。隊長、宜しいですね」
「おそらく王都から新たな指示が出るでしょう。帰還支度ではなく、直ぐに転戦できる体制を整えてください。それまでに私も準備をしておきます」
「はっ」
一瞬だけ訝しげな視線を送ったグラムは敬礼し幕舎を出て、アマビスカが目覚めたことを超え高に知らせ団員の士気を高める。
慌ただしい金属音が辺りに響く。
その音に搔き消えそうな、アマビスカを呼ぶ小さい、しかしハッキリとした声が幕舎の外から聞こえる。
「殿下、主より戦闘職は急ぎ王都へ帰還するようにとのことです。非戦闘員と私はここに残ります。また影は先行して情報を持ち渡し済みです。ご容赦を」
「王都でも何かありました?」
「私が出る前までの非公開情報ですが、柘榴部隊に何かあったようで、規模不明の魔物の群れが王都へ迫っています。そのための帰還命令です。またこちらが本題になりますが、アマビスカ殿下に謀反の疑いありとの噂が流されています」
「へ?」
「瑠璃部隊の保護対象が襲撃されました。その現場には黒曜部隊試作品の魔術武具が見つかっています。柘榴が魔物を用いて王都を襲撃し、混乱に乗じて黒曜が不利益をこうむる貴族を襲撃していると噂が流れています」
「柘榴も瑠璃もどうなってます? まさか」
「瑠璃は幸い行動を起こす前に騒ぎが起こったため、今は騒動を鎮圧するべく陛下の指揮下にあります。柘榴にはベッテ様が向かわれました。ベッテ様が仰るには柘榴が一番収めやすいとのことです。ですので殿下には後顧の憂い無く御父上と共に魔獣からの王都防衛の任についていただきます。恐らく一番危険が高いかと」
「承知しました。存分に暴れて疑いを晴らすに充分な戦果を挙げるとしましょう」
幕舎へ戻ってきたグラムに影を引き合わせ後事を託すと、アマビスカは幕舎を出て団員の様子を見て回る。
何が起こっているのかわからず怯えるような団員は流石にいないが、死傷者が発生した事による憤りや動揺は少なからずある。それは鉱族団員からの説明を求めるような視線からも明らかだが、手を止めることはない。
アマビスカは青薔薇だったらこうもならないのだろうなと思うと同時に、騎士としての心構えを骨の髄まで叩き込まれた訳じゃないしと納得もした。
騎士の見本のような青薔薇組と職人気質の中でも穏やかな部類の鉱族組。この二つを繋ぐものは魔術武具を通した武の極み。勝手にそう思い込んでいた結果、魔術武具の扱いに重きを置いてしまい、本来の剣技が疎かになってしまったこともあった。挙句、青薔薇との模擬戦では正しく『児戯に等しい』と評される程まで落ち込んだ。魔術武具はあくまで剣技を補助する付加価値であるということを団員一同再認識できたという見方もあるが。
そんな混成騎士団特有の悩みを考えながら、昨日最後の記憶を辿って目的地へとやってきた。
そこには小柄な鉱族ならばスッポリ入るほどの深さと横になれるぐらいの長さの穴が開いていた。
手に持っていた行方不明者一覧を握りしめた。
握りしめられた紙からはコキの名前が微かに見える。




