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酔っ払い、熱く語る

 王宮から半日も掛からない長閑な草原で、煌々と燃える松明が祭りでも行われているかのように辺りを照らす。

 軍事演習という名目が頭には無いかのように飲んで騒いでの宴が行われている。

 宴の喧騒とは逆に、アマビスカは幕舎の中で武具の手入れを行っている。

 そこへ酒と料理を載せた皿を器用に持ったグラム黒曜副隊長が無遠慮に入っていく。


「隊長も座ってないで皆と一緒に飲み食いされたらいかがです?皆もきっと喜びますよ」

「一応軍事演習なのですから僕ぐらいは飲まずにいますよ。グラムさんこそ気にせずにどうぞ」

「その口調、めちゃくちゃ私用モードじゃないですか。仕事中なら威厳たっぷりに。ほらもう一度」

「有事の際はここを任すぞ副隊長――って今まで副隊長って呼んだことありました?」

「言われてみればないですね。私としてはもう少し砕けた口調でも良いと思ってますよ。公私問わずにね」


 グラムは酒と料理を置き、去り際にウィンクをして退出する。

 アマビスカは微笑して酒を一口。


「砕けろって言われてもなぁ。いまいち良くわからんし。あ、このチーズうま」


 あっという間につまみと酒が無くなったアマビスカは幕舎を出る。


「あっ!隊長のお出ましだぞ!酒持ってこい!」


 アマビスカの姿を見かけた隊員が声を上げる。


「隊長こっちこっち!」

「ずるいぞ!こっちにはまだまだ飯もありますぜ!」

「だいぢょぉ~ざびじがっっだよぉ~」


 続けるようにあちこちからアマビスカを呼ぶ声が上がる。

 思考が回らず立ち尽くすアマビスカの横に酒を二つ持ったグラムがそっと横に立つ。


「落ち着け落ち着け皆の者。仕事が終わった隊長から皆へ話がある。少しの間黙って耳を傾けろ」


 グラムはアマビスカに酒を渡しながら周りを宥める。


「隊長のお言葉の前に俺から。今回の軍事演習は災害時での派遣活動である。明日は通常の訓練に加えて夜には救護活動と減災活動訓練を行う。明後日は軽めの訓練から始まり深夜には訓練開始となるため本演習内での実質最後の豪華な食事だ。飲んで食って大いに騒げ!」

「「おおおぉぉぉ!」」


 グラムは煽りに煽って盛り上げた後、恭しく礼を取りアマビスカに場所を譲る。


「隊長、敬語なし。全員を瑠璃の隊長と思って話してください」

「は、はい」


 グラムは顔を上げ、鋭い視線でアマビスカを見る。


「お、おぅ。善処する」

「た・い・ちょ!た・い・ちょ!」

「だいちょぉ~」


 酔っ払い達の手拍子コールが始まる中、アマビスカはグラムに渡された酒を煽る。


「おぉ!いい飲みっぷり!」

「た・い・ちょ!た・い・ちょ!」

「だいちょぉ~おぇ」


 空になった杯を横にいるグラムの前に差し出す。グラムが杯に酒を注ぐ間、アマビスカは声を上げる。


「グラム副隊長が隊長としての言葉を言ってくれた。だから俺個人としての想いを皆に伝える」


 グラムはアマビスカの杯を満たすと他の隊員同様にアマビスカと相対する。


「俺は良くも悪くも公爵だ。どんな時でもその面倒なものが付きまとっている。顔色を窺われ、気色悪い媚びを売られ、挙句に影では悪口言われ放題。今までの俺はそんな環境にうんざりしてた。でも今は違う。こんな俺を受け入れてくれた皆がいる。こんな俺を気遣ってくれる仲間がいる。泣いて笑って酒を酌み交わせる友がこんなにもいる。お前らに俺はどんなに救われていることか。本当にありがとう!」


「「「おぉぉぉ!」」」

「ゔぉぉぇ」


 答える声の中にある異質な声を、一同は務めて無視する。


「俺はニアの様に破茶滅茶な行動力があるわけじゃない。テリーの様に優れた観察力があるわけじゃない。社交的でもないし、今も無理して声を上げている」


「知ってます!そんなこと!」


 相の手で笑いが起こる。

 アマビスカは声の主であるグラムを見つめる。

 グラムは素知らぬ顔で杯を掲げる。

 アマビスカは少しばかりの恨みと多めの感謝を胸に抱いて大きく深呼吸。


「皆のお陰で今の俺がいる!このアマビスカ・レイオン!皆の恩義に報いる為、皆を護る盾となり困難を切り開く矛となろう!この地レイオンで過去に類を見ない隆盛を共に極めよう!皆となら出来ると信じている!だから皆も俺を信じてくれ!」


「「「「「おぉぉぉ!」」」」」


 それぞれ一斉に杯を掲げて一気に飲み干す。

 アマビスカの話に高揚した隊員の中、疎に周りとの温度差がハッキリと分かる隊員の塊があった。

 グラムは逃さずそれらの隊員を頭に入れる。

 くたびれた様子のアマビスカがグラムの横に来る。


「これで満足ですか?」

「普通の部隊長としてなら及第点でしょう。公爵家の演説としてなら私にはわかりません」


 片目を瞑り話をそらした後、意味深な視線を送ってくる。


「今度は何です?」

「先程の演説で気分が高揚していない者たちを対処します。ついてきてください」


 隊員との隙間を縫うように歩くアマビスカにちょっかいを出してくる隊員をグラムは適当にいなし、時にはつまみと酒が入った瓢箪を強奪しながら目的の場所へと進んでいく。


「お前ら楽しんでるか?ほれ、追加だ」

「あ、ありがとうございます副隊長。えっ隊長?!失礼しました」


 勢いよく立ち上がり、アマビスカに礼を取ろうとする面々をグラムは制する。

 今までの流れでこの一団の雰囲気が異質だと感じないほどアマビスカは鈍くない。

 率先して声をかける。


「あなたは確か魔術紋章班の」

「はい。班長のコキと申します」

「ああ、あなたがコキさんでしたか。ヴァーノンさんが無茶な要望にも応えてくれて助かると話してましたよ」

「お褒めにあずかり光栄です」


 暗い雰囲気を更に強める固い交流にアマビスカは対処しきれずグラムを頼る。

 グラムも今までとは違って真面目な表情を浮かべる。


「君たちは確か、鉱族の中で最後に合流した面々だったな?」

「はい。村が盗賊に襲われ、私たち四人だけが生き残りました」

「紋章班ということは君たちの村には彫師が多かったのか?」

「ええ。私も鉱族随一の彫師に師事しておりました。全てを学べず多くの技を失伝してしまい申し訳ございません。師にも合わす顔がありません」


 すかさずアマビスカが口を挟む。


「そんなことはどうでもいいと思いますよ。失われた技術を悔やむより、更に良い技術を考え続ければいい。あなた達が生きていれば、仲間を忘れずにいれば、技も村も滅んでいないのだから。僕はそう思いますよ」


 アマビスカの言葉に四人は息をのむ。不思議に思うも気にしないふりをして話を振る。


「村での生活はどうでしたか?あ、話したくないのでしたら構いません。単なる興味ですので」

「隊長は素直じゃないですねぇ。みんなの痛みを分かち合いたい、人となりを知り苦楽を共に歩んでいきたいと。そう正直に話せばいいのに」


 わざとらしい演技口調で急に砕けた感じになったグラムに戸惑いつつも話を合わせる。


「こういう性格なんです。ほっといてください。ただ僕はみんなのことをまだまだ知らない。知ろうとしても距離を置かれてしまう。まるで見えない壁があるかのように近づけない。もし公爵としての立場がそういったものを作るのなら、僕しかそれは壊せない。今までの僕はそんな当たり前のことに気づかなかった。だからこれからは、みんなが許してくれるなら僕はどんどん近づいていきたい。そう思っています」


 四人はそれぞれ何とも言えない表情になり、次第に各々異なる行動をとる。一人は俯き泣き始め、一人は両手を組みガクガク震え始め、一人はコキを見て何かを言いたそうにする。

 コキは両手に持った少しも減る気配のない酒が入った杯を見つめている。

 アマビスカは大きく深呼吸して徐に喋りだす。


「僕は酔うと独り言をいう癖があるのかもしれません。それも本当か噓かわからない妄想じみた独り言です。ですので独り言は気にせず忘れて頂いて結構です」


 そう言い、コキが持っていた杯を奪い一息に飲み込む。さらにはグラムが調達した瓢箪を乱暴に掴みごくごくと口をつける。


「以前ヴァーノンさんと一緒にインゴさんに稽古をつけて頂いたことがあります。熱が入り過ぎてボロボロになりましたけど。その時インゴさんは昔のことを話してくれました。鉱族の事、鉱族の土国における立場、そしてビルと魔獣との関係について」


 四人は一斉に立ち上がる。グラムは反射的にアマビスカを護る体勢に入ったが、アマビスカがグラムの肩を叩いて警戒を解かせる。グラムは何かを察しそのまま立ち去ろうとしたが、アマビスカはそれも制して横に座らせる。


「インゴさんはそれまで頑なに口を閉ざしてました。一人で悩み孤独に耐えながら、目の前にいる仲間が今も傷ついていると分かってるのに何も出来ない自分を憎みながら、一歩一歩手探りで明かりも入らず目の前に立ちはだかる壁を少しずつ壊していく。壊す方向が正しいかもわからずに。壊すことが正しいのかもわからずに。何が正しいなんて僕にもわからない。でも彼の行為の手助けは出来る。彼の道具を手入れしたり、足元の瓦礫をどかしたり。本当はもっと違う形で手伝いたいけど、彼が望まないのであれば仕方ないです。僕には彼を手伝う資格がないようだから」


 アマビスカは瓢箪に残った酒を一気に全部飲み干す。焼ける喉の痛みと比例するように瓢箪を勢い良く地面に叩く。拍子に瓢箪がグラムの膝に飛び、強烈なアルコール臭が漂う。鉱族だけが好んで飲むメチャクチャ強い火酒だと気づくには時既に遅すぎて、素面を過ぎた状態のアマビスカはコキを睨む。


「貴方達も同じですか?貴方達も僕を信じられないですか?僕には手伝う資格はないですか?頼れない奴だと、身分を笠に着てる坊ちゃま貴族だと思ってるのでしょうが!」

「団長どうどう」


 グラムは酔っぱらった同僚を介抱するようにアマビスカの肩を抱く。アマビスカの酒臭い呼気に顔をしかめながら鉱族の面々を順に見渡す。


「俺は団長ほど鉱族の事情を知らない。だがお前達が他の鉱族以上に何かを抱え込んでいて、今も苦しんでいることぐらい分かっているつもりだ。それを俺達が解決できるなんて大それた事は思っちゃいない。だが少なくとも俺はお前達を大切な仲間だと思っている。仲間が苦しんでいたら力になってやりたい。そう思うぐらいは許して欲しい。駄目だろうか」


 グラムの肩に頭を預け目を閉じるアマビスカの代わりに想いを伝える。魔術紋章班員らはそれぞれの想いを胸に秘めながら俯くコキを見つめ言葉を待つ。周囲の喧騒とは真逆の雰囲気が六人を包む。寝息を立てそうなアマビスカを放っておくわけにはいかないグラムは痺れを切らし、アマビスカを肩に担いで立ち去ろうとする。


「今すぐではなくていい。お前達が納得して、俺達を信頼出来ると判断したらその時に話を聞かせてくれ」


 グラムがゆっくりと歩き、近くにいた若い従者にアマビスカの寝床を手配するよう指示する間、魔術紋章班員らのコキに訴える声が聞こえる。動きがあるかもと踏んだグラムはその場に留まり、酔いつぶれたアマビスカを出しに団員らと交流する。

 視界の端に入ったコキがコチラに歩いてくるのを確認したグラムが振り返ると異変は起きた。

 連鎖するように響き渡る驚愕の声。

 なにが起こっているか分からない故に生じた恐怖と不安が波のように広がっていく。

 酔い潰れているアマビスカと始まりから終わりまで全てを見ていたグラムを除いて。

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