ミイラ取り、焦る
柘榴の面々が研究所へ潜入したころ、王都の紅蓮華騎士団の宿舎では青薔薇騎士団の参謀補佐マテオとシュテルンが共にのんびりと過ごしていた。
「平和ですねぇ。マテオさん、お茶でも入れましょうか?」
「ありがとうございます。確かに貴族連中に動きがなさすぎです。撒き餌も充分に仕込んだのに食いつき悪いですしね」
「こちらの動きがバレてたかも知れません。それはそれで良いけん制になるのでいいのでしょうけど」
「何事もないとオロフ先生のイライラが大変なことになりそうですが」
「それを言うならうちの参謀もアワアワして面倒になりますね」
シュテルンは二人分の茶器を用意してテーブルに置く。
「お湯は創成でも良いですか?」
「お気遣いいただきありがとうございます。むしろお願いします」
シュテルンの魔力水で作った茶は疲労回復に効果があると一部の鉱族に根強い人気だ。マテオもその一派らしい。
シュテルンは苦笑しながら並び置かれた茶器の間にあるティーポットを魔力で作った二人分のお湯で満たす。
充分に蒸らし終えた後、それぞれの茶器に紅茶を注ぐ。
「頂きます」
マテオはまず香りを鼻で楽しむ。そして少量を口に含み舌で転がす。
シュテルンはマテオの似つかわしくない行動に少し驚きながらも横に並んで紅茶を啜る。
「平和ですねぇ」
「良いことです」
二人が一杯を飲み干した後、馬の嘶きが聞こえた。
「このまま続くと良かったのですけど」
「私はまだ諦めませんけど。それにお茶も残っておりますし」
マテオが二杯目を注ぎ終わる前に勢いよく扉が開かれ、あわただしく伝令が報告を入れる。
「失礼します!保護対象宅を含む複数の邸宅にて火災が発生しました。そのうちハイドロン侯爵家では賊との交戦が確認できております」
「ハイドロン侯爵家は僕が行ってきます。火災は傭兵ギルドにも要請のうえ瑠璃と青薔薇の両団員を用いて消火活動を。放火の可能性を念頭に置き、住民の避難誘導と犯罪抑止を第一に。両団員の采配をマテオさんにお願いします」
マテオは先程までの優雅な茶作法とは真逆に一気に飲み干す。
「ごちそうさまです。これで徹夜も耐えられます」
「こちらが落ち着いたらお茶を入れに伺いますよ。連日稼働も準備万端にしないと大変危険ですから」
マテオの軽口に乗っかるシュテルンにお辞儀をして宿舎を後にする。
マテオを見送ったのち、周囲に誰もいないことを確認して小声で語る。
「影の方、オロフさんに情報の伝達をお願いします。攻略対象は放棄、瑠璃の魔法士で他の保護対象者を護衛しますと。あと念のためグレタさん達の状況も探ってくださると助かります」
「承知」
姿が見えないどころか気配すらも感じない空間から返事が返ってくる。
蒼月騎士団と関わり始めの当初は薄気味悪いと感じていたこのやり取りに多大なる安らぎを感じながらも、身支度を素早く整え歩き出す。
「英雄は今回お休みだ。特大のアピールチャンス、逃がすわけにはいかねぇよな」
拳を掌に打ち付けながら決意を固め戦場へと赴く。
馬を走らせハイドロン侯爵宅へ到着するも賊は既に逃亡しており、侯爵家の人々は王宮の大広場へ避難済みだった。
「状況は?」
「侯爵への襲撃理由は不明ですが火災は賊の襲撃によるものと判断しました。そして賊が落としていったと思われるものがこちらです」
「こいつは――嵌められたのは俺達か」
王都民全員、小さい頃に教えられていた『自分の持物には名前を書きましょう」という教育に漏れず、その持ち物にはきちんと所有者の情報が文字通り刻まれていた。
「黒曜の魔術武具試作品か。流出困難な得物を選ぶとは参ったな。敵の狙いは濡れ衣を着せるだけじゃないわな」
軽く首を振り深呼吸。気持ちを切り替え指示を与える。
「全ての魔法士は残るターゲットの屋敷へ分散。複数で行動し、移動中にも出来ることは当たれ。これ以上の被害を増やすな。賊の捕獲を最優先」
希少な魔法士はこれ見よがしに水魔法を用いて消火活動をアピール。負傷者がいれば応急手当ののち傭兵ギルドからの冒険者へ引き継ぐ。しかし賊を捕らえるも証拠隠滅か、捕らえた直後に頭部が破裂し物言わぬ骸となる。ご丁寧に骸の懐には、これまた黒曜の魔術武具試作品。
「歯に爆弾でも仕込んでいるのか?賊を捕まえても逃がしてもプラスにならないとは」
時間が経つにつれ続々と紅蓮華騎士団が賊と関りを持っているという捏造証拠が挙がってくる。
火災騒動も収まり、負傷者と災害対応に落ち着きの兆しが見えたころ、避難場所の大広間には傭兵ギルドマスターとマテオが呆れた顔で証拠品を眺めていた。
「あんたらから救援依頼がなかったら大いに疑ってた。嫌疑が全て晴れたわけじゃねぇけどな。この上なくお粗末でわざとらしい証拠だけどな」
「確かに。でも黒曜部隊の独断犯行という可能性もあります。それか瑠璃だけ除者で知らされていないなど。幼馴染は上辺だけの付き合いだったのかもしれません」
「関係者の目の前で考察しないでください。それとマテオさん、遠回しにいじめないで」
マテオはシュテルンの訴えに苦笑しながら証拠品を手に取る。
「これらは本物ですか?」
「現在管理番号を当たってる最中です。武器庫に同じ番号があれば偽物。なくなってれば本物です」
「ちなみにその確認作業にはギルド員も立ち会っている。不正は出来ないと思っていい」
ギルド長の厳しい視線がシュテルンを射抜く。
「お恥ずかしい限りですが、ここまで周到に準備している輩ですので恐らく本物でしょう。盗まれたのか騎士団内部に賊の仲間が入り込んだか」
「いずれにせよ、このままでは後がないことには変わりないですね」
「短い付き合いだったな」
ギルドマスターはシュテルンの肩を叩き現場の指示に戻った。
「私も戻ってミーチャ団長と師匠に報告してきます。シュテルンさん、色々とお気をつけて」
マテオにそっけない態度をされ、乾いた笑いしか出ないシュテルンに追い打ちをかけるよう、背後から蒼月の影が報告をする。
「研究所にてスタンピードが発生。一部が王都へ向かっております。その規模は不明。クレイブ公も指揮系統に加わるとのこと」
「かなりの大事になっちゃってます?」
「はい。姫が他国と手を組んで反乱を起こしたと一部の貴族が声高に騒いでおります」
「ニアも担ぎ出されたか。アービーはどうしてますか?」
「未だ報告が挙がってません。恐らく遊撃に回るかと思いますが、何か仕掛けられているかもしれません」
「確かに」
目の前にある証拠品の管理者は黒曜だ。黒曜にも何かが仕掛けられていると思った方が良い。
「マインを魔獣対策に向かわせてください。青薔薇も動き出すはずですので一緒に行動するようにと」
「承知」
受け答えからさっきと同じ人なのかと疑問を抱いたが、考えても意味ないことと頭を振る。
「魔術武具の確認作業が終わったらこの場をギルドに任せるべきか。小父さんが出るならグレタさんの指示を待つべきか。いや蒼月は蒼月で動くのか?んー、とりあえず目の前のことを着実にだな」
こちらの動きが事前に察知されていることを前提にすると、監視対象であった貴族達に動きはないものと考えていい。ならば紅蓮華騎士団にとってコニィアとアマビスカがマイナスの要因となっている今、シュテルンがプラスを稼げばいいという考えに至るにそう時間はかからなかった。
そして青薔薇に令旨が出されることにもそう時間はかからなかった。




