特別な感情
色恋に疎い親子と娘への愛が深過ぎるあまり思考が停止した国王は、身内最後の一人で最も頼りになるであろう王妃の元へ向かうことにした。
「あらあら。レイオンの男達は揃いも揃って乙女心がわからない体たらくでしたのね」
「何を言うマチルダ。俺ほどコニィア愛に溢れる者はいないぞ」
「受け手が嫌がっている時点でダメなのですよ」
何処かでヨーグが悲鳴を上げているような感覚を受けたアマビスカが話を始める。
「マインとテリーの恋心は本人達の努力に任せるとして、問題はニアです」
「シュテルンも問題だろ」という国王の言は無視して話を続ける。
「一国の王女が、それも次期女王に最も近い者が同性に恋をする。一部のお堅い連中が騒ぎ出す事は明白です」
「考えすぎですよアービー。もし騒いでも放っておくか、狭量の一言に尽きるだけです」
「ですが義姉上、人の心は自分が欲するものだけをみるのですよ」
「それが狭量なのですよ。論より証拠。少し私についてきてください」
王妃は部屋を出て歩き始める。小間使いに女官達が多く居る場所を聞き向かう。
男衆は黙ってついていく。
「この王宮に男女の出会いというものはそうそうありません。ですが生命力溢れるうら若い乙女達が触れ合っていれば自然と生命を育む感情が芽生えます。それが必定」
お付きの小間使い達が揃って頷く。
女官が休息している部屋や仕事場を除いては様子を伺い、小間使いと目線を交わし意思疎通を図る。お目当のものになかなか会えないようだ。移動中にもマチルダの講釈は続く。
「愛の形は男女のものだけとは限りません。戦場に出て命を預け合う仲間達にも特別な感情はありませんこと?」
アマビスカ親子はゴクリと生唾を飲み込む。
「それがこの王宮内では度々、いや頻繁に発生します。殿方の目にどう映るか定かではありませんが」
夕食に向けて準備をしている広間へ到着。場を仕切っている様子の執事が声をかけてくる。
「これは妃殿下。お茶をご所望でしたら部屋を用意させますがいかがしましょう」
「いえ。それには及びません」
マチルダはお付きの小間使いに目配せをする。適当な者が見つかったのか、小間使い達は清掃をやめて礼を尽くしている二人の女官のもとへ赴く。二人の女官の顔が強張り、お互いの手を絡め合う。
「アマビスカよく見ておきなさい。今あの二人は私を恐れる余り身近な人物の手を握りしめ恐怖心と戦っています」
マチルダは合図を送る。小間使いは頷き、微笑みながら謝罪を込めて二言三言耳打ちすると女官達は安心したように頷きあう。
「ここは王宮です。良くも悪くも身分という存在によって弱者と強者がはっきりとしています。非が無くとも弱者は事あるごとに強者に怯えてしまうのです。先ほどのように」
国王とクレイブは苦い感情を隠しもしない。まるで自分に責があるかのように感じている。小間使いに連れられて女官達は一行の前で礼を取る。
「無礼を承知で尋ねます。貴女達はお互いの事を好ましく思っていますね」
「はい。私はお姉様をお慕い申し上げております。身も心もお姉様のものです」
お姉様と呼ばれた女官は頬を赤らめ下を向くが握った手は反して強く絡み合う。
「結構です。お仕事の邪魔をして申し訳ありませんでした。貴女達はこの二人の手伝いを」
小間使いは二人の女官を連れ立って仕事に入る。声をかけてきた執事は素早く簡易ではあるが着席する場を設け、国王夫妻を案内する。小間使い達が女官達の遅れを取り戻すまでの間、マチルダによる恋愛座学講習が始まった。




