流れ
無造作に置かれた五つの木箱。木、火、土、金、水と刻印された各々の木箱には片手袋が詰められている。この手袋には五属性それぞれの魔力強化術式が組み込まれた金属が手のひら部分に埋め込まれており、誰でも簡単に魔力を放出できるようにした品物である。属性にあった魔力が流れるとこの金属は柔らかくなり自在に収縮できるようになる。つまり手を握れる手袋があればその属性に適性があるということになる。ただし適性があれば良いというわけではなく、重要なのは『魔力量』と『結果を残せる素質』である。
「説明は以上じゃ。それでは適性試験を開始するぞ。まずは使える手袋を探すのじゃ」
インゴが魔導具についての説明を簡単に終え、希望者達が餌を求める蟻の如く木箱へと群がる。自分にあう手袋が見つからず落胆する者もいれば歓声をあげる者もいる。総じて希望者の年齢層が若いということは気持ちの問題だろう。
自分達の武力に自信のあるインゴは端からレイオンの支援など当てにしていない。むしろ国から面倒な事を押し付けられたとさえ思っている。武闘派のインゴには土国の文官らの思惑など興味はないのだから当然だ。さっさと終われと仏頂面を決め込んでいるインゴの元に、部下であり鉱族一の知恵者でもあるユリアンが苦笑いを隠し切れずにやってくる。
「もう少し表情を隠してもらえると助かりますが?まぁ態度は捨て置くとして。予想以上に適性者はいませんが、面白そうな人材も何人か見えますよ。どれだけ適応できるか楽しみです」
ユリアンの視線の先には手袋をはめ大きめの石を握り潰すヴァ―ノンと複数の手袋を手に入れたアマビスカの姿がある。
「ほう、素質持ちと複属性か。では剣と籠手を準備するのじゃ。使えるようなら模擬戦を行うぞ」
「流石に実戦部隊には組み込みませんよね?邪魔なだけです」
「何を言うか。奴らも戦士の端くれじゃ。戦場で死ぬなら本望じゃろうぞ」
「いやいや死なせちゃマズいでしょうよ」
「つべこべ言わず次の準備にとりかかるのじゃ」
ユリアンは苦笑しながら準備へと取り掛かる。
面倒な事は今回で終わらそうとするインゴと出来るだけ穏便に済まそうとするユリアン。ユリアンもどちらかといえば即席の支援部隊など当てにはしていない。ただ土国の損害を少しでも減らすために利用するつもりではある。そもそも自国の魔獣討伐で済む魔導具の実験を他国にまで出向く必要性は皆無で、根本は外交問題である。その本質を理解しているユリアンは『土国の魔導具技術力と戦闘能力の高さ』、『レイオンの適応者レベルの低さ』をあらわにすれば良いと考えている。言わばこの試験は魔導具を用いた戦闘を間近で見れる特等席抽選会である。
ユリアンの指示のもと手袋を見つけられた適性者は一列に並ぶ。目の前には台座に乗った水晶が置かれ、台座の先端には砲のような突起物がついている。砲が向く先には大きな岩盤がある。
「十二名ですか。我々の部隊と同じ数ですね。全員がこれから行う適応試験に通ったとしても付き添い個別指導が出来ますね」
「儂はやらんからお主が二人分受け持つのじゃぞ」
ユリアンはインゴの小言を無視して適応試験の説明を開始する。
「次に行う試験は魔導具の能力を発動できるかどうかの試験です。言い換えますと皆さんが保有する魔力量と才能の試験ですね。この水晶は皆さんの魔力を手袋を通して魔術に変換する魔導具です。十分な魔力量があれば勝手に発動しますし、魔力の流れを感知できる才能をお持ちであれば少量でも発動できる可能性はあるでしょう。どちらにも該当しない方は魔力を吸われ強い疲労感に襲われます。ご留意ください。質問がないようでしたら試験を始めます」
淡々とした説明を終え、一人ずつ水晶に手を当てていく。試験はあっという間に終わっていき、倒れ込む者が半数を超えた時に最初の発動者が現れた。と言っても火の手袋を使用した火起こしが出来るかどうかといった程度の火力だ。戦力には数えられないが今後の育成次第では化ける可能性はある。
「おめでとうございます。あなたを適応者と認めます。ちなみに私も火属性を扱いますので発動してみましょうか。参考になれば幸いです」
ユリアンはゆっくりと台座に近づきそっと水晶に手を乗せる。その瞬間、砲から比べようのない規模の炎が投射され、先にある岩盤に焦げ目をつけた。
「魔術士として私は半人前で戦闘では使い物になりません。あなたが魔術士を志すならせめて今以上の火力を補助具ありで発動させることが最初の目標ですね。頑張ってください」
優しく語り掛けるが、抑揚のない話し方と実力の差を見せつけるやり方のせいで最初の適応者クセニアは力なくうなだれる。美少女とは言い難い冴えない容姿の中で唯一印象に残る紫の瞳からは今にも涙がこぼれ落ちそうだ。そんな彼女の肩をたたき水晶へと近づくアマビスカ。彼が持つ手袋は五つ。稀にみるフルコンプだ。
「あー君は確実に発動できるはずです。魔力量は有限なので一つ一つテストするより相性発動が出来るか確認しましょう。そうですね、利き手に火の手袋、反対は木の手袋をつけて左右同時に触れてみてください」
魔導の概念として五行には効果を増加させる『相性』、効果を減少させる『相克』というものがある。木は火を強め、水は火を消す。上手く発動できれば効率良く相乗効果が期待できる。だが何事もバランスが大事で、即座に出来るほど簡単ではない。
そんなことを知る由もなく、アマビスカは言われたとおり水晶に手を置く。案の定これといった変化はなく淡い光だけが垣間見れる。
「んーいきなりは無理でしたか。では木の手袋を外して火だけでやってみてください」
クセニアと同様に一杯食わされたアマビスカは内心いら立ちを覚えながらも無関心を装い素直に行動する。アマビスカの心情を表現するかのようにユリアンが発生させた炎以上の火力を見せつけた。辺りに熱風がほとばしり、岩盤は焦げ目をつけるどころか溶解すらしている。予想以上の出来事でユリアンをはじめとし鉱族の面々は呆然とする。ただ一人インゴを除いて。
「先ほどユリアン様が仰ってました最初の目標はクリア出来ましたでしょうか?それともまだまだ足りないのでしょうか」
一番びっくりしているはずのアマビスカはおくびにも出さずに平気を装う。応える声はどこからも出ない。静けさの中、堪えるようなインゴの笑いは次第に豪快になり今までの億劫な態度とは一変し上機嫌となった。
「充分じゃ!お主のことは儂が受け持とうぞ。ついてこい」
一同は意気揚々と去っていくインゴの後姿を呆気にとられながら見送る。我に返ったアマビスカは足ばやに後を追いかける。頬をかくユリアンはインゴの意外な行動に驚きつつ、やりすぎないか一抹の不安を覚えながらも発動試験を再開した。
軍議が終わった幕舎には青薔薇騎士団が詰めており武具の手入れを行っている。その奥で参謀補佐マテオに声をかけられたミーチャはやはり来たかと自分の考えを肯定するに至った。
「団長、やっぱりきな臭いです。余りにも都合が良すぎます。土国は事前に魔獣についての情報を仕入れていたと考えるべきです」
「その点に関して異論はない。ろくに調査もせず他国の援軍をいきなり投入するなんて普通は考えられない。あらかた調べ終わった上での編成だろうな。だが目的は何だ?土国に何のメリットがある?」
「推測の域を出ませんが最悪の事態は――」
マテオは辺りを見回し声を潜めて語り始める。
「レイオン兵の戦力を削ぎつつ土国の軍事力を見せつける策が思い浮かびます」
「突拍子すぎる気がするが」
ミーチャは自分の予測とは少しずれ始めたマテオの意見に疑念を抱き始めた。マテオは何かを感じ取ったのか、いたずらな笑みを浮かべて話を進める。
「あくまで可能性です。以前デエンキ連合研究所で確認した土国魔導具の能力は対魔獣戦においてだけで考えると青薔薇騎士団を遥かに凌ぎます。レイオン屈指の我々を支援要員とし、華麗に魔獣討伐を成功させる。ここまでは有りそうな話です」
ミーチャは無言のまま頷き話を促す。自分の考えを有りそうな話と断じられ、心情を悟られまいと必死に取り繕う。
「レイオンの政治体制に揺らぎが出始めていると師匠が出発前にお話しくださいました。その揺らぎがどういったものを示すのか分かりかねますが、仮にレイオンの中で現体制に反感を持つ一派が存在するならば他国を利用しレイオンの力を削ぐ行動に出ても不思議ではありません。だとしたら青薔薇が壊滅的な被害を受けるように仕向けることも考えられます」
「それでは援軍の到着を遅らせればいいだけの事。最初から行動することとは矛盾するぞ」
「その通りです。その矛盾について考えてみると、青薔薇の戦力は削ぎたいが実質的な被害は出したくないと見受けます。そこで鍵となるのが魔導具の存在です」
「参った。簡潔に頼む」
ミーチャは威厳を保つことを放棄し、マテオは遊び心を捨て話を再開する。
「端的に申し上げますと、魔導具に適性を見出した者達への危害と土国の魔導具が流通することにより利潤を得る存在の可能性です。今できることは前者に対して一兵も損じないことです。後者に関しては師匠が動いてくれるでしょう」
「今までのはベッテの見解か?」
「いいえ。師匠はご存知の通り非常に繊細で確証のない段階ではお話しくださいませんので」
「良く出来た師弟関係だな」
優しい微笑みを受けたマテオは恥じらいつつ頬をかく。ミーチャはマテオに青薔薇騎士団の全権を委託すると宣言し、適性試験が行われている場所へと向かうため幕舎を出る。その瞬間に受けた肌を焦がすような熱風に、新しい時代の流れを無意識に重ねた。