将来に向けて
レイオン国王ダニエルローレの私室にて、王妃マチルダと国王実弟クレイブ公爵との話を部屋の主であるダニエルローレは、椅子に座り肘をつきふてくされた態度でそっぽを向きながら聞いている。
駄々をこねるように可愛い我が娘を手元に置いておきたい兄を無視し、クレイブは義姉とコニィアの身辺警護について話を進める。
木国以外の各国がコニィアとの接触を試みる狙いは、魔導に関する利権とコニィアとの婚姻を結ぶための布石であるとクレイブは考えている。次期女王と結ばれれば国王にはなれなくとも利権争いにおいて有利になると浅はかな思惑が垣間見えている。これは兄が巻き込まれ通った道を間近で見ていた経験からだ。この事に関しては大した問題ではないとクレイブは気にも留めていない。
クレイブにとって一番の懸念は木国の思惑を確認する手段がないという事。現状で考えられる最悪の事態の一つに、コニィアが頼りとしている木国大使マインが実は間者で、コニィアの信頼を得たうえで木国の思惑通りに動かせる傀儡とすることである。それならば情報流出の危惧をするより寧ろ、こちらから各国へ情報を流してしまえばいいと判断した。そもそもレイオンが有益な情報を秘匿する必要性は全くない。レイオンに対する反感を買うだけで、もしかしたらその反感はコニィア個人に向けられてしまうかもしれない。
木国の懸念以上に最悪なことは、各国がコニィアを欲している現状でコニィアを手に入れられない国がコニィアを襲う暴挙に出る可能性だ。直近で起こる可能性はまずないだろうが、備えは早い段階から仕込むにこしたことはない。コニィアが信頼でき、コニィアを大切に思ってくれる人物。クレイブは真っ先に思い浮かぶ連中に対して、兄ほどではない子煩悩を捨て去る決意を固めた。
コニィアが魔導研究に奔走する中、シュテルンはクレイブの使いとして火国に滞在していた。レイオンの国王は代々他国の王家と婚姻を結んでいく。そのためコニィアには母筋に当たる火国の特異性である赤目と赤毛が顕著に表れていた。となるとコニィアの活性化も火国の『王家の秘術』が絡んでいるとクレイブは考えている。シュテルンに課された使命はこの秘術に関する情報を少しでも多く手に入れることだ。コニィアの幼馴染という立場は国に対する交渉事には役立たずだが、王族に対する人間関係の構築には意外と役に立っている。火国に来てから日課となった朝の体操相手との関係がまさにそれだ。
「やぁやぁおはようシュテルン君!」
「おはようございますガブリエラ様。今日も変わらずお元気ですね」
「いつになったらガブリンと呼んでくれるのかな?ちょびっと心が寂しいぞ」
火国外交官ガブリエラ・レンツィは唇を尖らせ不満をあらわにする。銀色の髪が朝日に照らされ、小柄な容姿と相まってある種の神秘的な雰囲気を醸し出している。王家特有の赤目なのは彼女の祖母が臣籍降下をした身の上のためだ。
シュテルンは彼女の邸宅を間借りし、あわよくば秘術に関して知識を深めようと試みる。だがそんな目論見は外れ、毎朝の運動に付き合う代わりに火国の魔法に関して少しばかりの手習いを受けることとなっていた。今も一緒に庭で筋力トレーニングに勤しみ汗を流し終えたところだ。
「ところでシュテルン君、君は火国以外の国に行ったことがあるのかな?」
「水国以外の国には行ったことがありますね。それが何か?」
ガブリエラは一本に編み込んだ髪を整えなおしながらシュテルンに問う。シュテルンはタオルを首に巻き水分補給をしながら上の空で返事をする。目下の関心ごとはこの後に行われる魔法の授業に関してだ。限られた時間で少しでも多くの事を身につけておきたいと思ってしまう性分は昔から変わっていない。
「おおー丁度いいね。今日の昼に水国から使者が来るんだよ。顔合わせしておくかい?」
「お邪魔でなければ是非ともお願いします。では本日の魔法講義はお休みですか?」
「んーそだね、軽く今までの復習といこうか。まずは火鳥生成からね」
火国魔法士としての初歩魔法と言われるものに手こずっている自分を再認識して、今日もシュテルンは生真面目に取り組み始める。
時を同じくしてアマビスカは国内での魔獣討伐の任に着いている。人里離れたエリアでは魔獣がはびこる無法地帯と化しており独自の生態系が構築されている。基本的には人里に降りてくることはないのだが、そのエリア内で居場所をなくし新天地を求める魔獣もいる。そういった魔獣は大抵飢えており、人里を見つけると必然的に襲い始め多くの犠牲が発生する。この頻度が多くなる原因として、隣接するエリアの生態系において偶発的に力を持った特異魔獣が君臨し、今まで力ある魔獣が他所へ移動する流れが多い。今回の討伐もその例にもれず、以前の生態系を取り戻すために特異魔獣を排斥する任務である。
そんな魔獣事情による被害を受けた村の復興支援を兼ねて討伐隊は先に出立した隠密部隊の情報を待っている。
「ようアマビスカ!やっぱりお前も来ていたか」
「ヴァ―ノンさん、相変わらず緊張感皆無ですね。傭兵部隊が追って合流すると聞いておりましたので覚悟はしておりましたよ。面倒起こさず、お手柔らかにお願いしますね」
「腫物みたいに扱うなよ。失礼だな。んで、尖兵隊はまだ戻らないのか?」
「本日中には戻る予定だとミーチャ団長は仰ってました。今日の夜には軍議が開かれるのではないでしょうか」
「あの暑苦しい青薔薇団長の取り仕切りか。こりゃぁ俺達の出番は少なく楽できるかもな」
傭兵を取りまとめるヴァーノン=スプリンガーは楽観した様子で語る。
正規の騎士団は国に属し、地方領主の補佐を行う意味合いが強く、基本的には管轄する領主の地域外には遠征しない。有事の際には傭兵ギルドを通して一定数の兵を用立て対処する。ちなみに傭兵ギルドの仕事は多岐にわたり、今回の災害時における復興支援はもちろん、買い付けを行う商人の護衛だったり鉱山掘りや森林伐採の手伝いなどもする。ヴァーノンはそんな役回りを担う元傭兵の上級軍人である。
「残念ですが、今回の任務で成果を挙げるには傭兵の方々が要になるとミーチャ団長は仰っていました」
「何させる気なんだよ。支援メインだと思って人員リストにすら目を通していないんだが?」
「ちゃんと仕事してください!ったく、そんな調子だから『傭兵上がりは役に立たない』だとか『無頼漢には務まらない』だとか『さぼり癖のある奴と関わると碌なことがない』とか言われるんですよ」
「……それホントの話?」
アマビスカは首を振りながら肩をあげて返事とした。
程なくして尖兵隊が調査から戻り軍議が開かれる。
「調査報告によると山奥には二等級並みの魔獣が複数体確認された。おそらく一等級もいるだろう」
広い幕舎に集められた兵士たちが騒めく中、青薔薇騎士団長ミーチャ=シュビンは尚も語る。
「戦力差としては多少心もとない。そして地の利もない。正直なところ厳しい戦いとなるだろう。今までだったらな」
含みを持たせてミーチャは語り続ける。屈強な体躯とは反する優しい瞳が場の雰囲気を和らげる。
「今回の任務では土国から援軍が来られた。それも魔導具という強力なオマケ付きでな。試作段階ではあるが戦力差を覆すには十分すぎる代物だと思っている」
ミーチャが右手を上げると、幕舎へ大小さまざまな武具が鉱族達によって運び込まれる。
「主力部隊として鉱族の方々には一等級の対処をお願いする。我ら青薔薇は先鋒として二等級以下の魔獣殲滅を第一とし、魔導具に適性を見出した団員は鉱族の支援に専念する。傭兵の方々は遊撃部隊とし、指揮はヴァーノンに一任する。大まかな内容は以上だ。魔導具についての詳細はインゴ=フォーベック鉱族戦士長から」
軍議はお開きになり、ミーチャに呼ばれたインゴは空になった木箱を台かわりに積み重ね、周りと視線を同じくして語りだす。話を聞き魔導具に興味を持った団員は適性があるかどうかを見極めるために外へと移動する。その中には目を輝かせ期待に胸を躍らせるアマビスカの姿もあった。