こんにちは太陽さよなら世界
閉じ込められる事には慣れている。物心ついた頃からそうだったから。
何も見えない暗い部屋だったり、明かりが強い真っ白な部屋に横にされたり。それに比べたら今はかなりマシな方だと思う。だって生きている内に外の世界に出られるなんて思いもしなかったのだから。
森に捨てられてからどれくらい月と太陽を眺めただろうか。どれくらい当てもなく彷徨っただろうか。
お腹が空き生きる為とはいえ、仲間達と似た姿の生き物を殺すことに抵抗を覚えていた頃が遠い昔の様に感じる。
襲ってくる獣達は怖かった。死ぬかもしれないと不安だった。でも身体を固定され一方的に苦痛を与えられていた実験場に比べれば、逃げたり撃退できるのだからなんの事はない。
だからだろうか、この変な人間に会っても恐れを抱かず平常を保っていられたのは。無条件に差し伸べられた手を恐れず、握り返すことができたのは。
混じり気のない純粋な手はとても、とても温かかった。
「というわけで何とか入国。青薔薇騎士団の宿舎に連行、いや軟禁か? まぁ一先ず身の安全は確保したわけだが……とりあえずそこの子、唸るのやめてもらってイイデスカ?」
クウという名前を貰ったこの子は昔と変わらず優しくて事あるごとに護ってくれる。少しだけ過剰な部分があるのだけれども。
「で、モーナとその子のなり染めを聞かせて貰ってイイですかな?」
「ふーんだ。私のこと信じてないんでしょ? しーらない」
「つれないこと言いなさんなって。あれはその場のノリ的なやつ。言葉のあや。あやだよお嬢さん。怒っちゃイヤ」
「べー」
「ったく。余計なこと覚えやがって。恨むぞエルフ嬢」
私のことをずーっと気にしてくれたマインお姉ちゃん。お姉ちゃんのマネをしてると不思議と楽しくなってくる。だから好き。
「王女様とは何話したんだ? 言いたくないならいいんだけどよ」
あの時はビックリしちゃった。あの場所のこと思い出しちゃったから。ああやって捕まえられた後はいつも痛いことばっかりだったから。だからあのお姉ちゃんは嫌い。
「しばらくの間、俺とお前は一蓮托生。守って守られ一緒に生きる。んで手っ取り早く、より良い立ち位置を確保したい。そのためにお互いの事をよく知っておいた方がいいと思うんだけど」
「そーやって私を騙すつもりなんだね。この鬼畜が」
「や・め・ろ」
マインお姉ちゃんの真似楽しい。
けらけら笑ってたら嫌いな方のお姉ちゃんがやってきた。
「すっごく楽しそうだねぇ。何話してたのかな?」
「これは王女殿下。なぁに単に戯れあってただけですよ。こんな所まで何用ですか?」
お姉ちゃんは私を見て笑う。笑顔が綺麗な人だ。けど私は騙されない。きっとこの人は悪い人だ。
「単刀直入に言うと、お仕事の紹介とお茶会のご招待です。住み込みですので宿の心配は要りませんよ。いかがですか?」
「願ってもない! 詳しくお話をお聞かせ願いたい」
「まずレイニーさんには商人として、とある騎士団の財政管理をお願いしたいです。前世の記憶とやらを大いに活用頂いてガッポリ儲けて本物だと証明してください」
「元手と商材次第でしょうが何とかなるでしょう。それでこの子には何をさせる気です?」
「モーナちゃんには私と一緒にとある魔法について研究してもらいます」
胸が苦しくなる。息が出来なくなる。やっぱり私はここでも痛い思いをすることになるのか。悔しい。
「私とモーナちゃんとクウちゃん、それとクセニアさん。クセニアさんのことわかるよね?」
「この子も一緒なの? 一緒にいられるの?」
「そうだよ。当たり前じゃん」
「痛い事……するの?」
「するわけないじゃん! みんなで楽しいことだけするんだよ!」
「あの撫でてくれたお姉ちゃんにも、いじめたりしない?」
「するわけないです! さっきのせいか……怖い思いさせて本当にごめんなさい。言い訳になるけど、モーナちゃんと私、もしかしたら同じかもって思っちゃってついね」
「お姉ちゃんと一緒? なにが?」
「私の癒し能力って珍しいらしくてさ。色んな所で実験されるのよ。血を抜かれたり、髪や爪、皮膚なんかも切られたり。嫌だけど、誰かの為になるかもって我慢するんだけどさ、なんか自分が人じゃないっていうか、皆んなと違う生き物なのかなって思っちゃったり?してさ。だからモーナちゃんも癒し能力あるって分かった時、とっさにあんな事を。本当にごめんなさい」
お姉ちゃんは長い間ずっと頭を下げてくれていた。
「お姉ちゃんも怖かったの?」
「うん怖かったよ。今もね」
「お姉ちゃんも不安になるの?」
「うん。いつも不安で不安で苦しくなっちゃう。だからね、一人は嫌なんだ」
「私も一人はきらい。一緒だね」
「うん。一緒。怖くなったり不安になってもみんなと一緒だから頑張れるんだ。だからさ、モーナちゃんも一緒に居てくれないかな。弱虫な私を助けて欲しいんだ。駄目かな」
「私もお姉ちゃん達と一緒だったら頑張れるのかな。この子も、クウも一緒にいてくれるのかな。私は要らない子じゃないのかな」
お姉ちゃんは走り出して私を抱きしめてくれた。
「モーナちゃんは私にとって大切な子だよ。クウちゃんもマインもクセニアさんも皆んなモーナちゃんのこと大切に思ってる。きっとレイニーさんも。多分」
「王女さんだからって私は怒りますよ? 身分なんてクソ喰らえ」
温かくなりすぎて胸が苦しくなった。
暗い部屋も暗い森も冷たい夜を照らす月も全部が一気に消え去って、目の前の明るい太陽が凍えた世界を照らしてくれる。
お姉ちゃんの肩越しに見えるお兄ちゃんもどこか嬉しそうに笑ってみえた。
「ごめんねお兄ちゃん。早速別行動になっちゃった」