愛の逃避行
「死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬって! いい加減諦めてくれ! あぶね! ヤバイって! うわぁっ!」
森を抜けてかなり走っていると思うが、あいつらはしつこく追ってくる。どうしても俺達を殺したいらしい。見ちったものは仕方ない。俺だって別に見たくて見たわけじゃねぇし。兄貴の馬鹿野郎。
「おいおい嘘だろ……」
前から馬に乗った連中が剣を抜いてこっちに向かってくる。立ち止まったら挟み撃ち。即終了。
「ここは突っ走るしかねぇ!」
覚悟を決めて、今まで散々鞭打っている愛馬を更に追い込む。
「スズカお前だけが頼りだ。愛してるぜ」
スズカはチラッと視線をよこし『煩い』と言わんばかりに頭を振る。その時、水鉄砲のようなものが頭上を放物線を描いて超えていく。一拍置いて悲鳴と馬の鳴き声が後方から聞こえた。前に向き直すとこっちに向かってきた騎馬兵は左右に分かれて速度を落としており、まるで護衛が殿を務めるように左右斜め後ろを並走し始めた。
「さっきのは援護? それとも誤射? いいやどっちでもやることは変わらない。スズカ、ゴー!」
スズカは勢いよく鳴き速度を上げる。
ついさっき水鉄砲を放ったと思われる人物がじっとコチラを伺っている。警戒はしているが敵意はないようだ。近づくにつれ、名前は出てこないがどっかで会っている感じがどんどん強くなっていく。そしてすれ違い様に従者と思しき人物と目が合いその感情はピークに達した。
「絶対どっかで会ってる。あのいけ好かない顔は忘れねぇ。何処だっけかなぁ」
意識がブレそうになった瞬間、矢が馬車を貫通し特徴的な長鼻族自慢の鼻を掠めた。馬車には顔の直ぐ横から後ろが見える程の穴が空いていた。
「嘘だろこの威力……普通の弓じゃねぇって。やっぱり鉱族絡みか?」
思い返せばあの時からだ。
兄ロニーと火国で偶然出会った時、横には特徴的な黒革の鎧と手甲を着けた鉱族らしき人物がいた。出国前の商人ギルドで手配書を流し見していると良く似た容姿の人物が目に入った。念の為、軽い気持ちでギルドに人物紹介をした後から変な視線を感じ始めた。ギルドでこの人物について訊ねなければ今頃は……
「悔やんでも仕方ねぇ。ゴールまで目の前だ。ラストスパートォ!」
火国をレイオン一向と一緒に出て直ぐ野盗に襲われ、森に逃げ込むも魔獣に襲われ、ビクビクしながら里におりて行商人を装いレイオンに向かうも襲撃。今に至る。
んで横には謎の兵士っと……
「レイオン所属青薔薇騎士団クセニア! 所属開示を求む!」
「土国外交官レイニー! 襲撃に遭い逃走中! 護衛は――全滅!」
「……全滅?」
間違っちゃいない。数日前に土国で潰走してから消息知らずだ。
「荷台に移ります! 王都へ近づけば諦めるでしょう! 進むことだけ考えてください!」
「ちょっ!」
返事を待たずに器用に馬から飛び移る。
そして同時に叫び声が響き渡る。そりゃ突然乗り込まれたらそうなるでしょうよ。
空いた穴から中をチラ見する。物が勢いよく吹っ飛んでいく中、高価な物は無かったなとか思う辺り俺は根っからの商人気質なのだろう。多分。
そんな事を考えていたら中は静かになり、賊との戦闘もいつに間にか終了していた。
「レイニーさん。賊は退けました。このまま王都に入ってください。私は仲間の援護に戻ります」
「おい! 待って!」
あっという間に馬車から飛び出し視界から消える。穴から後ろを見ようとすると、ヌッと牛のような角を持った動物が顔を出す。
「ふぃっ?!」
「うぉーーん!」
スズカが声に驚きバランスを崩す。手綱を操り落ち着かせる。その間に俺の心も落ち着いてきた。クセニアを確認出来る頃には既に馬に乗って駆け去っていた。
「コイツはなんなんだ? 余計なもの置いてきやがって!」
「レイニーさんごめんなさい。この子は私の知り合いです。暴れないので安心してください」
「お前の知り合いって言われても、俺はお前を信頼なんかしちゃいねぇよ」
「そんなぁ……」
森を離れ人里に行く途中で、この女モーナに出会った。
村人が迷子になったと思い打算的な考えで保護したものの、村人でも何でもなく妖怪のように一人で森に住む女。少女というには無理があるが女性というには幼い雰囲気は、どこか長命種族を連想させる。
そんな存在の知り合いが、それもよりによってわけ分からん動物を新たに同行させるなんて、襲撃から逃れられた安心感を遥かに凌駕し上書きする不安で胸が苦しくなった。
そして城門が見え、見張りの兵士達が集まり出し絶望を感じた。
「クセニアとやら! こんな不審な状態で入国できるわけないでしょうが! ちっくしょうぉぉ!」




