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 この世には知らなくてもいいこと、知らない方がいいことなんて沢山あると思う。

 私は知りたくもなかった。

 知らなければ今もきっと昔のままでいられたはずだ。

 知らなければ罪を罪として認識しない最低な悪人としてでも友達として関われたはずだ。

 それはそれで問題だが、罪を犯して平然としている悪人もいるのだから、それも一つの形なのだろう。


 だけど知ってしまった。あの日私は自分が罪人なんだと自覚した。

 罪人である私は彼の傍にいてはならないはずだ。

 彼は傷ついた分以上の幸せを手に入れる権利がある。

 いや絶対に幸せにならなくちゃいけないんだ。


 どうすれば私は罪を償えるのだろうか。

 どうすれば私は彼から許されるのかな。


『知りたくもない』、『知らなければ良かった』と思ってしまう時点で許される権利なんてないはずだろう。それなのに、そんな罪人にさえ救いの手はやってくるのに、彼にはまだ訪れていない。

 私だけ救われるわけにはいかない。

 それなのに救いの手は何度も何度も差し伸べられる。


 私は『私だけの特別』に救われても良いのだろうか……




 ※     ※




 王宮に併設された離れで久しぶりの一家団欒夕食会を開いた。名目は魔法武具開発機関の順調な滑り出しを祝してだ。といっても設立がいつかもわからないし、主だった活動もまだしていない。つまりは集まる理由なんて父上にとってなんだって良かったのだろう。


 食後に出されたママのアップルパイは冷めてもとっても美味しかった。このアップルパイに合う紅茶の種類はなんだろうとか、焼き加減を変えたらどうだろうとか、ママとばっかり喋っていたら、父上は拗ねて椅子の上で膝を抱えていた。王である父上をパパと呼ばなくなったあの時から、父上は時々寂しそうにする。

『家族三人の時ぐらいパパと呼んで』とみっともなく娘に懇願してくる王様なんてきっとこの国ぐらいだろう。


 そんな拗ねた父上をため息混じりに連れ出していったクレイブ叔父様の表情はいつにも増して険しかったのを覚えている。


 夜も更けて眠気が来た頃、充てがわれた寝室へ向かう途中に叔父様の声が聞こえた。

 おやすみの挨拶をしようと何気なく歩いていく。

 次第に会話の内容が鮮明になると徐々に足が止まっていく。興味本位ではなく、緊迫した雰囲気からだ。


「鉱族の村での戦闘において、傭兵ギルド及び関わったと思わしき貴族についても進展はありません。また青薔薇内にも触手は入り込んでいるものかと思われます。不穏分子があるかもしれぬ為、あそこは拠点として使えません。大至急新たな拠点を作る必要があります」


 青薔薇という単語がアービの所属する騎士団を指すと分かったのはしばらく経ってからだった。


「何より今回の陽動部隊が襲われた痕跡と四年前の妻が殺されたあの夜の痕跡は酷似しております。また鉱族の村での戦闘においても同様の流砂を用いたーー」


 この時までアービーママ(叔母様)は庭の手入れ中に毒蛇に噛まれて亡くなったって聞かされていた。でも実際は違かったんだ。叔母様が亡くなった前日に私達は晩餐会を楽しんでいた。食後のデザートに叔母様特製のケーキを食べようとしたところ誤って落としてしまい私だけ食べられなかった。

 泣いて悔しがってダダをこねて、見かねた叔母さんは明日の朝に作って持っていくと私の頭を撫でながら約束して、準備のため一人だけ先に帰っていった。その叔母様の優しい笑顔が私の見た最後の微笑みだった。


 思い返せばあの夜は騒がしかった。叔母様が帰って暫くしたら衛兵が叔父様を呼びに来て、アービーにお休みも言えないままママと私は二人寝室へ。部屋から出る時の父上は立派な国王になっていて、叔父様は国王の懐刀になっていた。そしてアービーはーー


 私が駄々をこねなければ叔母様は一人お屋敷に戻ることはなかった。

 あの騒々しい暗闇の中で叔母様が亡くなられたのならば私のせいで、私のわがままのせいでーー

 アービーから母親と、家族との時間を奪ってしまった。叔母様が亡くなってすぐにアービーは騎士団に入った。それから私達は三人で居られることは殆どなくなった。


「今際の際に妻は願ったそうです。あの子に一つでも多くの笑顔が、幸せが訪れるように、と。その為になら私は如何なる手段を用いる所存です」


 叔父様の力強い言葉に私の身体も心も凍りついた。そしてヒビが広がっていくのを感じながらおぼつかない足取りで寝室へ向かったはずだ。覚えていないけど。


「アービーかっら、笑顔も、幸せ、も奪ったのは私な、の。血筋に嫌気が、さしている、のも、毎日、毎日ボーッと、無気力に過ごしているのも、全部、全部! 私のせいなのっ!」


 みっともなく泣きじゃくりながらも、マインの優しく撫でる小さな手のおかげで落ち着きを取り戻す。


「コニィア様、あなたは真実を知る覚悟がありますか?」


 いつの間にか部屋に入っていたグレタさんが珍しく、真面目な顔して凛として佇んでいた。

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