着せ替えの魔法
私も女の子だったってことだ。仕方なかった。これも一緒の魔法だったんだよ。
うん。きっとそうだ。
夜が明けるまでバカ騒ぎをしたその足でニアの所へ向かった。部屋に戻ったら約束の時間に間に合わせる自信はなかったから。
少し早いかもと思ったけど、ニアは朝食を済ましてお茶会の服を選んでいた。
仮眠を取る隙もなくニアの私刑が執行される中、頭の中はこの『女の子』の事で一杯だった。
何がこの子の足を止めるのだろう。
何がこの子を怖がらせるのだろう。
何がこの子の勇気を奪うのだろう。
その「何」が分かり排除出来れば、きっとこの子は幸せになれる権利を得られるんだと思っていた。
「やっぱりマインには緑が似合うね」
優に二十着は着回し、若干ヘトヘト感が漂いだした頃に私の服は決まる。
緑一色のレース生地のワンピースがベースになり、所々にある濃淡のアクセントによって体型のシルエットが強調される。
服にあったアクセサリーと化粧を施される。その鏡に映った姿が自分だとは全然信じられない出来であり、恥ずかしいのだが嬉しくもある。
「ちょっと色々詰めようか」
「うっさい」
一部分だけ残念な仕上がりになってるけどそれはエルフの宿命だ。その分可愛い笑顔が武器になる。
「ニアはどれにするの?」
メイドに胸周りを測られ、次々とパッドを当てがわれる拷問にも似た屈辱を味わう。仕事をやり切った満足感満載の執行人に、苦し紛れの強がりを醸し出しながら声をかける。
「ん。私はいつもの部屋着かな」
「待てこら。あんたもオメカシしなさい。メイドさん達も偶には全力を出し切りたいんじゃないですかな」
部屋にいる全メイドの瞳がギラつく。
この中では一番の古株と思わしきメイドがパチっと指を鳴らすと、各々が清く流れる川の如く最善かつ最短の動きで様々な道具が眼前に並べられる。
古株メイドに手際良く座らせられたニアは髪を整えられ、青い丸玉に赤い模様が入った髪飾りを刺し、黒みを帯びた深く艶やかな紅色を基調としたドレスを着せられた。
「あんたやっぱりお姫様だわ。詐欺にあった気分」
「うっさい」
仕上げとばかりにメイド達は見た目には全くわからないけど、色々な液体をニアに塗っていく。困り果ててどんどん疲れていくニアを見てると無性に弄りたくなる。
「せっかくここまでやってくれたんだから外に行く? いっそ今からお茶会しようか!」
「え?」
ニアの顔が瞬時に強ばる。それに気づかないフリをして話を続ける。メイド達もさりげなく仕上げにかかった。
「私はこの服装気に入ったけど、流石に夜までこのままって訳にはいかないでしょ。だけど着替えるのも勿体無いし、予定を変更して今からお茶会にすれば問題なし。美少女二人が突然来て喜ばない男子はいないっしょ」
視線が泳ぎ、身振り手振りが増え始めたところでメイド達は引き上げた。
「でもでもほらアービーは帰ってきたばっかだろうしまだ帰ってきてないかもだし急に押しかけても他の方に迷惑だろうしそもそも騎士団の宿舎はお茶する場所でもないしーー」
「ねぇニア」
話を遮りニアの頬を両手で掴む。
顔を背けようとするニアを無理やり正面に据える。それでもニアは視線を合わせようとはしない。
「なんで逃げるの?」
「別に逃げてるわけじゃないよ」
「じゃあ何が怖いの」
ニアは怯えを含んだ瞳で私を見つめる。
その表情はまるでーー
「なんでそんなに自分を責めるの? ニアを苦しめてるのは何? ニアは私に言ったんだよ。傍に居てって。助けて欲しいからそう言ったんじゃないの? 私はね、嬉しかった。頼られてるみたいで、ニアの支えになれるのかもって思えたんだよ。私はニアの特別になりたい。特別にさせてよ」
ニアは答えない。
静けさで気分が落ち着くに従い、自分の口から出た言葉が頭に何度もこだまして恥ずかしくなる。
「まさかーー」
そう言葉を詰まらせたニアの瞳から怯えは消えて、代わりに瞳の奥の泉から溢れた想いが形となって頬を伝う。その泉の水をそっと親指で優しく受け止める。
「まさかマインから告白されるとは思っても見なかった。大好き」
「茶化すな! バカ!」
ニアは額を私の胸に押し付け啜り泣きから徐々に大声で泣き始めた。
私はそっと頭を撫でることしか出来なかった。
ニアの抱きしめる力が強くなるにつれ『胸につまれた』様々なモノがポタポタと落ちていった。




