呪い・期待・祈り
シュテルン達が王都に戻った翌日の昼過ぎにアマビスカとグレタが王都に到着。
鉱族と青薔薇騎士団は半月程で合流出来る見込みだ。つまりは半月程で一氏族まるっと受け入れ体制を整えなければならない。
「んじゃ行ってくるね。アー坊は青薔薇をお願い。多分、夜には召集かかるから」
ひらひらと手を振りながらグレタは去っていく。一人残されたアマビスカは青薔薇騎士団の宿舎に戻る。宿舎には机に突っ伏したクセニアとシュテルンの姿があった。
「アマビスカ只今戻りました」
「おうおかえり。邪魔してるぜ」
「ヴァーノンさん、この二人は何してるんです?」
「昨日飲み比べで二日酔いだとよ。情けねぇ」
「あなたが無茶苦茶飲ませたんでしょうが……」
シュテルンの呼気からは遠くからでも分かるほど酒の臭いがした。
「相変わらずの強さですね。どれくらいまで飲んでたんです?」
「今日の日の出も綺麗だったぜ」
「そですか」
騎士見習いの若者がアマビスカに指示を仰ぎ荷を降ろす。
アマビスカはそのまま杯と水容器を取りに行き、三人の前に置いた。
「夜に呼び出しあるってさ。何か進展は?」
「あると言えばある。ないと言えばない。あ、マインから伝言。『時間作ってお茶会するぞ』だってさ」
「かなり嫌な予感がするんだが」
「ニアの我儘に付き合わされるんじゃないかな。うっぷ」
シュテルンは酔ってるせいで余力がないのもあるが砕けた感じで話をする。と言っても此処は青薔薇騎士団宿舎で一人の騎士であるアマビスカに幼馴染が敬語で話す必要はない。
部外者がいてもだ。
「さっきも言ったけど、おそらく夜にはタチップ叔父さんと父と愉快な仲間達らから呼び出しがかかる。その後に我儘娘達とお茶会じゃないかな。今のうちに休んどけよ」
シュテルンは机に突っ伏したままで手を振り返事とする。
周囲を見渡してもクウがいなかった為クセニアに声をかけるも返事がない。
用を足して戻ってきたヴァーノンが親指で仮眠室を指す。
「あそこに土国からの客人が二人いる。二人とも俺らにとっちゃ少しばかり面倒な客だ」
「面倒?」
「一人は土国外交官のレイニー。土国大使の弟だ。もう一人はモーナ。元医者でクウの元飼い主ってとこだ。二人とも土国から逃げ出してきたところ俺達が保護した」
「確かに誰かと交戦したって報告上がってましたね。てっきりヴァーノンさんが酔って暴れたんだと思ってました」
「よし。暴れてやろう。酒持ってこい」
どかっと椅子に座り杯に水を注ぎ一気に飲み干す。顎で空いている向かいの席を指しアマビスカを座らせる。
「帰りにな、俺とクセニアは訳あり姉ちゃんから誘いを受けた。お前を、そしてレイオン国を支えるチームとして雇われる気はあるかだとよ」
杯に水を注ごうとしたアマビスカの手が止まった。シュテルンもクセニアも机に突っ伏したままだが顔を上げ、ヴァーノンとアマビスカの話に注意を払う。
「訳あり姉ちゃんとレイニーは顔見知りだったようだし、モーナとクウも繋がった。コレは本当に偶然か? 都合が良すぎる。絶対に何か理由がある。土国とレイオン、鉱族とキメラ魔獣、魔導具と魔導知識。何が何だかサッパリだが、馬鹿な俺でも仕組まれてることぐらい薄々わかる。そんな状況下で碌に説明もなく雇われろって? 馬鹿にしてんのか」
自分の言った言葉が何処かおかしいと感じつつも、ヴァーノンは少しだけ目をキツくしアマビスカを睨みながら話を続ける。
「俺は貴族が嫌いだ。お偉いさんのムカつく態度が気に入らねぇ。だけど中には救いようのねぇお人好しで本気で平民の事を考えてる馬鹿もいる。俺はそう言う馬鹿の為なら命を預けても良いと思う。お前はどうだ?」
アマビスカはヴァーノンを見、クセニアを見、シュテルンを見た。三人ともいつにもなく真剣な眼差しだ。誰も言葉を発さず空気は張りつめる。静寂を破ったのは俯いたアマビスカの言葉だった。
「俺は……父さんのようにはなれない。外交も内政もてんでダメだ。グレタ姉のように奇抜な発想も出来ない。ニアやマインのように知識があるわけじゃない。俺には戦うことしかできない。訳わからない技を不慣れな剣で放つだけ。そんな中途半端な出来損ないにはーー人の命は重すぎるよ」
声が震える。
偉大な父と王家に連なる特別な血。そのせいでいつの間にか事あるごとに近寄っている下衆な思惑。ふとした瞬間にアマビスカを苦しめるそれらは積もり積もってアマビスカから自信を奪っていく。呪いにも似た境遇はいつしかアマビスカの手脚に錘となって思考も鈍らせる。
「母さんが亡くなった日、俺が青薔薇騎士団に初めて来た時、あの時から俺は何も変わっていない。震えながら抱きしめてくれた父さんの気持ちも、訳がわからず立ち尽くしていた俺を優しく抱きしめてくれたグレタ姉の気持ちも、ヴァーノンさんの、みんなの気持ちも、俺自身の気持ちさえも分からない。分からないんだよ」
ヴァーノンもクセニアも薄々感じていた疑惑を確信へとかえ、新たに決意した。己を愛せないこの優しい人は多くの人を幸せにするのだと。その為の力になろうと。
シュテルンは静かに目を閉じ祈る。古くからの友が幼き頃のシュテルンを助けた時のような強さを取り戻すことを。
それぞれの想いは交錯し再び沈黙が訪れる。
その沈黙を破ったのは悪ガキ三人衆最後のカケラ、紅く燃える太陽だった。




